お兄ちゃん、妹と濃厚接触しよっ♪

吉乃直

お兄ちゃん、妹と濃厚接触しよっ♪

「お兄ちゃーんっ♪」



 リビングのソファーで休憩していると、突然後ろから抱きつかれた。


「こら佳南かなみ、やめなさい」


 俺は後方に手を伸ばし、妹──佳南の頭を撫でてやる。


 すると後ろから「んふ~♪」とご機嫌そうな声が聞こえてきて、肩に感じていた重みが遠退く。


「お兄ちゃん、ひま?」


「暇じゃない」


「そっか。じゃあ私と遊ぼー♪」


「聞いてた? 暇じゃないって答えたんだけど」


 隣にやって来て俺の腕を引っ張る佳南に、思わずため息が溢れる。


 俺の妹、佳南は今年受験を控えている中学三年生だ。


 身長は同年代と比べて低いが、長く艶のある黒髪と少し大人びた瞳がチャームポイントである。


 中三といえば、年齢的にも精神的にも大人に近づいてある程度落ち着きを得る頃だろう。しかし佳南はいまだに能天気で子供っぽい。


 普段から俺にベタベタしてきて、隙あらば甘えてくるほどの子供っぷり。しかも最近は某ウイルスのせいで外出自粛を強いられて一日中家にいるので、ウザいレベルで構ってくる。


「だってお兄ちゃん、本当に暇じゃないときって部屋に引き籠って出てこないじゃん」


「それは修羅場のときだけだ。今はちょっと息抜きしてるだけだよ」


 そう返すと、佳南は少し考える仕草を見せ笑顔を浮かべた。


「じゃあ息抜きに私と遊ぼ♪」


「佳南と遊ぶと、なんやかんや疲れるから息抜きにならないんだよ」


 某配管工おじさんのレースゲームや様々なゲームのキャラが集まる格闘ゲームなど、佳南とプレイしたゲームは多いが、佳南が暴れるせいで終わる頃にはいつも疲れ果ててしまうのだ。


 今の俺は、朝五時に起床してから六時間ほど作業を続けて疲れている。そのため佳南に付き合う体力など残っていない。


 そう伝えると、佳南は納得半分、残念半分といった感じで「そっかぁ」と呟いた。


「……あと少ししたら終わるし、そのあとなら遊んでもいいよ」


「ホント!?」


 しゅんと縮こまった佳南の姿に良心が痛みそう提案すると、先程の落ち込みぶりが嘘のように笑顔を咲かせた。


 まったく。


 俺は瞳を輝かせている佳南を置いて、自室に戻った。




     《          》




 それから一時間ほど集中して作業に勤しみ、完成したモノを保存する。


 なんとか終わった。


 俺は息を吐いて、リビングに向かう。



「あっお兄ちゃん! 終わったのー?」


「あぁ、今終わった。それで佳南はなにをしてるんだ?」


 扉を開けてすぐ、台所のほうから佳南の明るい声が聞こえてくる。


 そちらに目を向けてみると、エプロン姿の佳南が台所に立ってなにかをしていた。


「お昼ごはん作ってたんだよー。お兄ちゃんの好きなきつねうどんー」


「それは嬉しいな」


「でしょー? お兄ちゃんはお箸並べておいてー」


「わかった」


 言われた通りに箸を並べると、佳南が二人分のきつねうどんを持ってくる。


「「いただきます」」




 それから談笑を交えつつ佳南の作ってくれたきつねうどんを食べ、俺はまたソファーでくつろいでいた。


 もう残りの時間をすべてこうしていたい。


 ソファーの背もたれに背を預け、全身から力を抜く。


 父親が『どうせ使うなら良質なモノ』主義で、リビングに常設されているお高いソファー。さすがの座り心地である。一生座っていたい。


 そんな夢心地に浸っていると、「お兄ちゃーんっ!」というハツラツとした声と共に突如覚えのある重さが腹部を襲った。


 瞼を開けると、案の定俺の上に佳南が乗っかっていた。もう見慣れたよ、この光景。



「食後にそれをするんじゃない。せっかくの昼飯をリバースしてしまうだろ」


「そのときは私がちゃんと責任持って洗ってあげるよー」


 いや、どちらかというと俺よりも佳南のほうが汚れそうなのだが……。


 それはともかく。


「佳南、退いてくれ。重い」


「それはお兄ちゃんへの愛なのです~。んふ~♪」


 ちょっとキツい言い方をしてみたのだが、佳南は笑顔でそれを受け流す。


 というかちょっとドキッとするから、そういう発言は是非ともやめていただきたい。いや別に俺は兄妹恋愛という禁忌に触れるつもりは一切ないし、佳南に恋愛感情を抱いているという事実はないが──閑話休題。


 俺は何度か深呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻す。


 ふぅ、相変わらず俺の思考は俺の意思に反してよく暴走するものだ。



「ところで、いつになったら退いてくれるんだ?」


「えー? 退かないとだめー?」


「むしろなぜ退こうとしない。猫なの?」


「私はどっちかと言うと犬だと思うなー。わんわん♪」


 はい可愛い。──違うそうじゃない。


 たしかにこうして甘えてくるところや、見かければ迷いなく突進してくるところなど犬っぽいかもしれない。忠犬かな公といったところだろうか。


 頭に犬見を乗せ尻尾をプロペラのように振り回す佳南……容易に想像できる。



「ねぇねぇ、お兄ちゃん」


「ん? どうした佳南」


 ふと、仰向けになって俺を見上げている佳南に呼ばれた。



「私と濃厚接触、しよっ♪」



 ──────────────────


 はっ、ちょっと意識が飛んでた。


 一瞬ナニかの隠語に聞こえたが……なに、佳南のことだ、どうせニュースで聞いたのを適当に言っているのだろう。


 けしてナニやらアレやらを想像したわけではない。違うからな。


「佳南、それ意味わかってる?」


「えー? わかってないよー!」


 ここまで無知を明るく話せる人など、そういないだろう。


「……濃厚接触の条件の一つに、二メートル以内の接近があったな。そういう意味なら、もう十分濃厚接触してるな」


「えー? そうじゃなくてー、遊んでよー」


「はいはい、わかったよ。約束したもんな」


 俺は両手を伸ばしてくる佳南の頭を撫でて頷く。


 まったく、しょうがないやつだ。




「ところでお兄ちゃん」


「なんだい妹よ。盤外戦術ならやめてくれ」


 レースゲームで競いながら話しかけてくる佳南に、俺は視線をテレビから外さずに答える。


「お兄ちゃんは外に遊びに行ったりしないのー?」


「佳南よ、それはお兄ちゃんにウイルスにかかってこいと言ってるのか?」


「今じゃないよー。ほら、お兄ちゃん普段から部屋に籠りっきりじゃん? 唯一外出する切っ掛けだった高校も卒業しちゃったし」


「まぁ、そうだな。けど部屋に籠ってるのも必要なことなんだよ。休校でだらけてる佳南と違って」


「むー、私だってだらけてるだけじゃないもんっ! 学校から追加の課題とか送られてきて大変なんだよー? だからお兄ちゃんには疲れた私を労る義務があるのです」


 そう語る佳南に俺は内心で「俺も疲れてるんだけど、労ってくれないの?」と心の狭い愚痴を溢す。


 いや、本心ではないけど。冗談だよ冗談。


「それにダラダラしてるのはお兄ちゃんのほうじゃん。課題もないし、毎日絵を描いてるだけじゃんー」


「こらこら、失礼なことを言うんじゃない。俺はただ遊びで絵を描いてるわけじゃないんだぞ。仕事なんだよ」


 自慢ではないが俺はイラストレーターとして活動している。ラノベの表紙や挿絵、ソシャゲなどなど。


 自慢ではないが、それなりに稼いでいると思う。当然、先人ほどではないが。


 だから俺はただ引き籠っているわけではない。仕事をしているからだ……半分は。



 それからしばらくゲームをして、飽きて、別のゲームをして、飽きる。その繰り返し何度か経て──



「お兄ちゃん、ひまー」


「さんざん遊んだじゃん」


 気づけばもう夕方。窓の外から射す光がオレンジに変わってきた。


 ほぼ休憩なしでゲームをし続けそろそろ休みたいのだが、それを察してなのか佳南は俺の上に座り退路を塞ぐ。


「お兄ちゃん」


「なんだね佳南」


「好きー」


「はいはい、ありがと。俺も大好きだよー」


「もー、適当だなー」


 そんな他愛もない会話をしながら、無為に時間を潰す。


 まぁ長い時間ゲームして手も目を疲れたし、こうしていたほうが楽だな。


 正面で抱き合うカタチになって、佳南の体温がひしひしと伝わってくる。


 これはあれだな、俗に言う『密です』ってやつだな。


「えへへ。濃厚接触、だね」


 だからちょっと気恥ずかしそうな声音でそういうこと言わないの。意味深に聞こえるでしょ。


「はいはい、そうですね。よかったね」


「もー、お兄ちゃん塩対応ー」


 そうして気づけば佳南は俺の上で寝ていて。母親が帰ってきて佳南を引き剥がしてくれるまで、俺は動けずにいるのであった。


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お兄ちゃん、妹と濃厚接触しよっ♪ 吉乃直 @Yoshino-70

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