第16話


「さて、アクア嬢とエメロード嬢は寮に戻っておくように。私はやることがあるのでな、送っていくことは出来ぬが気を付けて寮に戻るのじゃぞ。」


トリードット先生はそう言って治癒室から出ていこうとする。


私は慌ててトリードット先生に声をかけた。


「トリードット先生!私もご一緒させてください!」


このままだとシルヴィアさんに会えないような気がする。


これは私とシルヴィアさんのことなのに。


当の本人である私がいかなくてどうするというのだ。


「エメロードちゃんが行くのなら私も一緒に行くわ。」


アクアさんがそう言って私の手をぎゅっと握った。


「アクアさん・・・。」


これが友情ってことだよね。と、嬉しくなる。


思わず感激で涙が溢れだしそうになった。


「それに、シルヴィアから害を受けたのは私よ。エメロードちゃんじゃないわ。一番の当事者は私なの。」


アクアさんは、真剣な表情で私に伝えたくる。


アクアさんの気持ちは痛いほど私に伝わってきた。


「・・・ダメじゃ。危険なんでな。二人は寮から出ないことじゃ。」


「危なくても私がいかなきゃ!」


「エメロードちゃんが行くのなら私も一緒に行くわよ。」


トリードット先生が私たちを説得しようとするが、私たちは首を縦にふらなかった。


すると、トリードット先生は大きなため息をひとつついた。


「はあ。」


「トリードット先生!」


「お願いします!」


「とても危険なんじゃ。相手は邪竜の可能性が近い。正直、高位精霊を従える者を何人用意すれば邪竜を抑え込めるか判断がつかぬのじゃ。なんせ、邪竜なんて伝説でしかきいたことがおらぬ。」


トリードット先生が苦悩の表情を浮かべながら告げる。


まだ邪竜は卵から孵化をしていない。それならば、まだ邪竜を抑え込める可能性がある。


そう判断して高位の精霊を従えることの出来るものを集めるらしかった。


でも相手は邪竜だ。


高位の精霊だけで敵うとは思えない。


「トリードット先生。私の精霊の卵は聖竜の可能性があるのでしょう?それならば、私が行けば邪竜を抑え込めるかもしれないわ。」


「それは・・・そうなのじゃが・・・。生徒を危険にさらすことはできぬよ。」


アクアさんの、説得に苦い顔をするトリードット先生。


つまり、アクアさんの言う通りなのだろう。


むしろ聖竜じゃないと邪竜を抑え込むことができないというのが正しいだろう。


邪竜も聖竜もまだ卵から孵化をしていない。


その状態でどちらが有利になるのかはわからない。


けれど、やるしかないのだ。


でも・・・乙女ゲーム通りなら私の持っている精霊の卵こそが邪竜の卵なんだけどな。


もし、シルヴィアさんの持っている精霊の卵が邪竜ならば、いったい私が持っている精霊の卵からは何が生まれてくるのだろうか。


まさか、もう一匹邪竜が生まれてくるとかじゃないよね・・・?


『トリードット先生っ!トリードット先生っ!至急、職員棟へいらしてくださいっ!!』


緊迫した声が治癒室に響き渡った。


声からして、どうやらジェリードット先生のようだ。


とても焦っていることが声に表れている。


ジェリードット先生は、シルヴィアさんを探しに行ったはずだが何があったのだろうか。


もしかして、もう邪竜が生まれてしまっていたとか・・・?


「何があったのじゃ!!」


トリードット先生も緊迫した声で叫んだ。


だが、その後ジェリードット先生からの返答はなかった。


「くそっ!なにがあったというのじゃ!」


トリードット先生は慌てたように叫ぶと、治癒室からスッと消えた。


どうやら転移したようである。


残されたアクアさんと私は互いに顔を見合わせた。


そして、どちらともなく小さく頷く。


私たちはスカートの裾を翻しながら、一緒に職員棟に向かってかけだした。


「ジェリードット先生になにがあったのかしら?」


「わからないわ。無事だといいのだけれども。私も転移の魔法を使えたら一瞬で職員棟まで行けたのに。」


悔しそうに唇を噛み締めてアクアさんが言う。


私も同じ気持ちだ。


転移の魔法が使えれば一瞬で職員棟までつけるのに。


今は裾の長い高等魔術学院の制服を着ているため、走るのが辛い。


気を抜くとスカートの裾を踏みそうになるのだ。


「・・・エメロードちゃん。私がお姫様抱っこしてってあげようか?エメロードちゃんってば走り方が危なっかしいわ。」


何回もスカートの裾を踏みそこなっているのを見られていたらしい。


アクアさんが、そう提案してきた。


でも、アクアさんは非力な女性だ。しかも乙女ゲームのヒロインでもある。


そんな彼女にお姫様だっとかさせられないっ!


「だ、大丈夫ですわっ。ぜえ・・・はぁ・・・。」


しかし、アクアさんは全速力で走っていても息すら乱れないだなんて、なんて基礎体力が高いのだろう。


世のお嬢様というのは、ここまで体力があるのだろうか。


それともアクアさんが、異常なのだろうか。


「息もあがっているし、走る速度も落ちてきてるわね。ほら、お姫様抱っこしましょう。」


私の今の状態を確認して、にっこりとアクアさんが告げた。


「えっ!?・・・はぁはぁ。でも・・・アクアさんの負担になって・・・ぜぇ・・・はぁ。」


「うふふ。強がっちゃって。手も足もフラフラじゃないの。エメロードちゃんお姫様抱っこしましょうね。」


アクアさんは、そう言うと私の返答を待たずに私の身体をひょいっと抱き上げた。


おかしい。


私、アクアさんよりも体重が重いはずなのに、どうしてこんなに軽々しく持ち上げられるのだろうか。


私はアクアさんにお姫様抱っこをされて職員棟へ向かうのだった。


ちなみに、アクアさんは私を抱き上げた後からさらに走るスピードをあげた。


どうやら、今まで私にあわせて走る速度を加減していたようだ。


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