第8話


「姉が失礼いたしました。エメロード嬢。私はアルティマ・ディバーズと申します。いごお見知りおきを。」


そう言ってシルヴィアさんの弟であるアルティマさんが綺麗に腰を折って謝罪をおこなった。


「あの、いいのです。私たちが騒いでいたのが悪いのです。シルヴィア様は悪くありません。」


「エメロード嬢はお優しいですね。我が姉にも見習っていただきたいものです。」


「アルティマ!」


「・・・失礼いたしました。」


ディバーズ姉弟の力関係はどうやら姉であるシルヴィアさんの方が強いようだ。


シルヴィアさん、弁がたちそうだもんね。


「エメロードさん。今後は気を付けてくださいね。貴女の行動が貴族令嬢すべての言動と思われてしまわないように気を付けてくださいませ。」


キッと目をつり上げながらシルヴィアさんは私を睨み付け釘を刺してきた。


でも、そのままシルヴィアさんは踵を返して教室内に用意されているシルヴィアさんの席に優雅に座った。


「貴族の令嬢って煩わしいのね。」


その後ろ姿を見送ってアクアさんがぽつりと呟いた。


「アクアさん。私たちもそろそろ座りましょう。」


一度、教室内で点呼を取り全員がいることを確認してから入学式が行われる広間に向かうことになっている。


今は点呼を待っている状態なのだ。


教室内にはもうほとんどの生徒が席に座って待っていた。


それからしばらくして、先生がドアを開けて入ってきた。


「うむ。全員いるようだな。じゃあ行くか。」


あ、あれ?


点呼しないんですか?


教室内に入ってきた先生は辺りを見渡してそう告げた。


入学前の説明では点呼があると言っていたがそうではないらしい。


それとも、この先生だけが簡略化したのだろうか?


まあ、いっか。


それから私たちは入学式が開かれる広間に向かった。


そこでは特になにもなく恙無く入学式が執り行われた。


確か乙女ゲームでは遅刻してきたヒロインが広間に急に入ってくるっていうシーンがあったんだけどね。


どうやら、そのシーンはカットされたらしい。


まあ。アクアさん、ここにいるしね。


遅刻してないもんね。


入学式は問題なく進んだ。


生徒会長であるランティス様の祝辞が始まる前までは。


「新入学生の皆さん。入学おめでとうございます。この高等魔術学院には貴族の中でもよりすぐれた魔力を持つものが入学を許されております。皆さんは選ばれた者たちという自覚を持って学院で生活をしてください。」


あれ?


貴族の子息が全員通うんじゃなかったの?


父も母も貴族の子息は16歳になったら必ず通わなければならないと言っていたのに。


「それから、中央の列の前から二番目のベビーブロンドが美しい女性は私の婚約者です。ゆえに彼女のことを良く手助けしてあげてくださいね。」


はあ!?


ランティス様ってば、何を言っているの!?


そんなこと今、ここで言わなくてもいいのに。


さっきまでアクアさんに熱をあげていたのはランティス様でしてよ!


ランティス様の婚約者発言に広間にいる全員の視線が私に集中するのがわかった。


あちらこちらから「・・・あれが・・・?」とか、「え・・・?」とか戸惑ったような声が聞こえてくる。


怖くなってぎゅっと目を瞑ると、右手が温かな感触に包まれる。


びっくりして恐る恐る目を開けば、アクアさんが私の手を優しく握っていた。


そうして、私と目が合うとにっこりと微笑んだ。


「大丈夫だよ。私はエメロードちゃんの味方だからね。」


そう言って優しく微笑むアクアさんは天使のように見えた。


「アクアさん・・・。」


アクアさんの言葉と笑みに安心して思わず涙が出そうになる。


うるうるとした瞳でアクアさんを見つめればアクアさんの頬が赤く染まった。


「ちょっと!どういうことですの!?ランティス様は私と結婚するのですよ!!」


「シルヴィア!」


アクアさんの優しさにふれ、いたく感激していると急に怒声が降ってきた。


シルヴィアさんのようである。


アルティマさんが必死にシルヴィアさんを止めようとしているのが見えた。


って、ランティス様とシルヴィア様がご結婚される予定というのはどういうことでしょうか。


まさか、ランティス様はシルヴィアさんのことも口説いていたということだろうか。


思わず眉間に皺がよってしまう。


「シルヴィア様もランティス様と婚約を結んでいるのですか?」


アクアさんがにっこりと笑ってシルヴィアさんに確認する。


その笑みは笑ってはいたが、目は全然笑っていなかったので、凄味があった。


「こ、婚約はしていなかったけど、ゆくゆくは私と婚約をするはずだったのよ!」


シルヴィアさんの怒声がヒートアップする。


ランティス様。


ランティス様はどうして、そんなに女性が好きなのでしょうか。


シルヴィアさんとご結婚したいのならば、私との婚約をさっさと破棄すればよかったのに。


シルヴィアさんも私も同じ伯爵令嬢。


乗り換えたってさほど支障はないはずなのですが。


「・・・シルヴィア嬢。私は君と婚約する気はないよ。だって私はエメロード嬢と婚約をしているからね。さすがに二人は妻を持てないよ。」


壇上から、ランティス様が声を発する。


さすがに見かねて助け船を出してくれたようだ。


ちょっと遅いような気もするけど。助けてくれたランティス様に感謝する。


「ランティス様っ!でも、ランティス様は私と!!」


なおもいい募るシルヴィアさんをランティス様はにっこりとした笑みでかわす。


「私が君になにか言ったかい?」


「ランティス様は私に微笑んでくださいましたわ!そうして、素敵なドレスですねと、言ってくださいましたわ。」


シルヴィアさんが壇上のランティス様に向かって叫ぶ。


そうか、ドレスを褒められたのね。


まさか、それだけでランティス様と結婚をするつもりだったわけじゃないよね?

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