第4話

まず、高等魔術学院に入らなければ精霊の卵を育てることなんてなくなる。


つまり、高等魔術学院に入学しなければいいんだと言うことに気がついた。


ただ、高等魔術学院は魔力を持っている貴族はもれなく入学しなければならないという規則がある。


これを破ったものは、この国に逆らったと同意とされ、国を追われる。


私だけならまだいいのだが、これは一族が追放処分となる。


私を育ててくれた両親が追放されるのはかなり堪える。


それに、私の屋敷に勤めてくれている侍女たちも居場所を失うだろう。


だって、うちの侍女たちはほとんどが元孤児なのだ。


他の貴族の家で職を得るのは厳しい道かもしれない。


でも、このまま私が邪竜を育ててしまえば、同じく一族追放になる可能性がある。


まあ、この辺は乙女ゲームでは語られてなかったので、ハッキリとは言えないけれども。


世界を破滅に導く存在を育ててしまったのだ。


追放されても、他の国でも受け入れてくれない可能性の方が高いだろう。


むしろ、処刑されてしまうかもしれない。


それならば、まだ高等魔術学院に入学しない方がマシなのではなかろうか。


そう思い至り、父に相談しに行くことにした。


この屋敷の中でも一番奥にある部屋。そこに父の書斎がある。


だいたいはいつもそこで父は職務をおこなっているのだ。


「お父様、折り入ってお話があるのです。入ってもよろしいでしょうか。」


私は父の書斎のドアをトントントンとノックしながら中にいるであろう父に向かって問いかけた。


すると、中からすぐに返事があった。


「可愛いエメロード。入っておいで。なにがあったんだい?」


優しい父は私をすぐに書斎に招き入れてくれた。


私は書斎に入ると父の元に駆け寄った。


「おやおや。僕の天使。そんなに急いで転んでしまったらどうするんだい?さあ、ソファに座りなさい。」


父は駆け寄る私を抱き止めると、書斎の中に用意されているソファに誘導した。


私はふかふかなソファに腰かける。するとすぐに、父も私の隣に座った。


「さて、そんなに急いでどうしたんだい?」


心配そうな瞳が私を見つめる。その視線がくすぐったくて思わず首をすくめる。


前世の私は家族に恵まれなかった。


母や私に暴力を振るってばかりの父。父の顔色を伺うばかりで、私が父に暴力を振るわれていても、助ける素振りすらみせない母。


ゆえに、独り立ちできる年になるとすぐに家をでたものだ。


それからは実家には近寄ることもしていない。


それほど希薄な親子関係だった。


だから、今のこの優しい暖かな親子関係がとても眩しいのだ。


「お父様、私高等魔術学院に入学したくないのです。」


私の急な発言に父はびっくりして目を丸くした。


「ど、どうしたんだい?昨日まで高等魔術学院へ入学するのを楽しみにしていたではないか?なにがあったんだい?」


父は心配するように私の肩をつかんで、私の顔を覗きこんだ。


「私、高等魔術学院で精霊の卵を貰うのですが、邪竜が産まれてきてしまうのです。そうなれば、お父様もお母様も、この家に尽くしてくださっている使用人のみんなも、路頭に迷ってしまいます。それならば、わたしが卵を受け取らないように、高等魔術学院に行かなければいいと判断したのです。」


「ちょっと待ってエメロード。どうして、邪竜が産まれてくるとわかるんだい?それに、だいたいは火の精霊や水の精霊など生活を助けてくれる精霊が産まれてくるだけだよ。邪竜だなんて、そんな存在が産まれたという記録は残っていないよ。」


確かにお父様の言うとおりだ。


今まで邪竜どころか普通の竜ですら産まれてきたことはないのだ。


精霊と言っても産まれてくるのは生活に役立つのがやっとな下級精霊のみ。


戦闘力を持つような上級精霊などまず産まれてはこない。


仮に産まれてきたとしても、100年に一度あるかないかの出来事だ。


ましてや、邪竜が産まれたという記録などはまったく残っていない。


だから、父が言うように考えすぎだというのも一理ある。


だが、ここが乙女ゲームの世界ならば私は邪竜の卵を育ててしまうのだ。


そして、世界が混乱することになる。


「だって、邪竜が産まれてしまうんですもの。私、未来を知っているの。」


どうか、邪竜が産まれてこないように、私を高等魔術学院に入学させないようにと父に懇願する。


しかし、私に甘い父だがこの件に関しては首を縦に振ることはなかった。


「エメロード。大丈夫だから。そんなに心配するようなことではないよ。それに卵は育てた者の感性を吸収して育つのだよ。エメロードはとっても優しい良い子だ。エメロードが邪竜を育てたところで、その邪竜はとても良い子になるだろう。もしかしたら同じ竜でも聖竜かもしれないよ。」


「でも!!」


「エメロード。エメロードが人の道を踏み外そうとしているとわかったら、私たちが止めてあげるから安心して暮らしなさい。エメロードがエメロードである限り邪竜など産まれてこないのだから。」


父の言葉にそれ以上反論することはできなかった。


こうして父を説得することは失敗に終わったのだった。


まあ、邪竜が産まれてくるなど誰にも信じられない話だと思うから仕方がないとは思うけれども。


父がダメなら母はどうだろうか。


私は次に母にお願いすることにした。

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