この間勇者にプロポーズしてOKもらえたから、世界征服すんのもうやめるわ

戯 一樹

第1話



 その日、魔王の側近は頭を抱えて悩んでいた。あろう事か我が魔族の王が世界征服をやめると――それどころか魔王をやめると言い出したのだ。わけがわからないよ。

「あの、魔王様……?」

 ズキズキと痛む眉間を指でほぐしつつ、側近は眼前の玉座でふんぞり返っている魔王に、おそるおそる声を掛ける。

「それは本気でおっしゃっているんですか? 冗談の類いなんかではなく?」

「え、本気だよ? 本気と書いてボッキ」

 それを言うならマジだ。

「ちょっと何とんでもない事を口走ってるんですか魔王様! 仮にも魔王である貴方が敵である勇者の女にプロポーズするだなんて前代未聞ですよ!」

「仕方ないじゃん。だって好きになっちゃったんだもん。会った瞬間ビビビって来たんだもん」

「松田聖子ですか。しかもいちいち例えが古いんですよ」

 あと、二メートルを超す良い歳したオッサンが『もん』とか子供っぽい口調を使うな。なんかイラっとする。

「それより、いつの間にそんな関係になっていたんですか。私が知る限り、魔王様も勇者も会う度戦っていたじゃないですか」

「そりゃ皆の前ではイチャイチャしたりせんよ。絶対お前とかにぎゃあぎゃあ文句言われるに決まってるし。だから隠れて愛を育んでましたテヘぺロ☆」

 どうしよう。全力でぶん殴りたくなってきた。殴りてぇ。超殴りてぇ。

「一体あんな子娘のどこがいいんですか。理解に苦しみますよ」

「はぁ!? 何を言う早見優! あんな愛くるしい美少女の良さが分からないなんて、お前頭おかしいんじゃね?」

 それはこっちのセリフだ。

 まあ確かに、自分の目から見ても、あの勇者は美しい部類に入るとは思う。線は細いし、長い黒髪は艶があって綺麗だし。

 しかし性格は粗忽。口調は乱暴。しかも会う度悪口雑言を吐くという極めつけだ。まあ自分が知らないだけで、魔王とは甘い言葉を囁き合っていたのかもしれないが。うん、考えただけで反吐が出そうだ。

「まあ何にせよ、勇者とはきっぱり別れてもらいますよ。魔王をなんてやめるなんてとんでもない。一時の気の迷いに溺れて自国を疎かにするなど、決してあってはならないのです。さあ、今ならまだ間に合います。遺恨が残らない内にさっさと勇者に別れを告げて――」

「いや、さすがに我も少しは悪いなーとは思ってんだよ? 急に魔王をやめるなんて言っちゃってさー。でも我の決心も固いのよね。なんせ……」

 と、側近の言葉を途中で遮り。

 魔王は実にあっけらかんとした調子で、あっさりこう告げた。



「勇者たん、この間妊娠しちゃったって言ってたし」



「……………………妊、娠?」

 一拍置いて、魔王の言葉に顔面を硬直させて虚ろげに呟く側近。今なにか、とんでもない事を聞いてしまったような気がするが、空耳だろうか。

「あのー、妊娠ってどなたがでしょうか……?」

「いやだから、勇者たんがだよ」

「…………誰の子供を?」

「んなもん、我のに決まってじゃん」

「えっ」

「えっ」

「…………」

「…………」

「バカじゃねぇの」

 衝撃の事実に、思わず敬語すら忘れて魔王を罵倒する側近。海より広い側近の心も、ここらが我慢の限界だった。私、堪忍袋の緒が切れました!

「なにやらかしてんですかあんたはァァァ! 遊びにしろ本気にしろ、あれほど避妊だけはしとおけって言ったじゃないですかァァァ! それも勇者を孕ませるだなんて、こんなの絶対おかしいよォォォ!」

「いやちゃうねん! ちゃうねんて! 我も最初はちゃんと避妊しようと思ってたんだよ? でもついつい勇者たんと盛り上がっちゃって、その、つ、ついね? まあ仕方ないね。仕方ない。こうなっちゃあ仕方がない」

「仕方なくないですよ! まだ勇者じゃなかったらどうにか言い訳できたかもしれないのに、敵を孕ませたなんてどう下の者に説明したらいいんですか!」

「いいじゃん別に。勇者かそうでないかなんて、ぶっちゃけピーコとおすぎの違いでしかねぇんじゃん」

「ちげーよ!? スネ夫とスネ毛ぐらいちげーよ!? ていうか何その開き直り様!」

 全く悪びれてもいない様子の魔王に、側近のツッコミも勢いを増す。まさか上司に対しここまでツッコミを入れる日が来ようとは。まあ、普段からアレな言動ばかりする人ではあったが。

「大体、世界征服するという夢はどうなったんですか! あれだけ『やっぱ魔王つったら世界征服っしょ!』とか言うからここまでやってきたのに、一体あれは何だったんですか!」

「んー。なんつーか、ノリで?」

「ノリで!?」

 そんな薄らぼんやりとした理由で、自分達はこの魔王に今まで従ってきたというのか。どうしてこうなった。

「いやこの際、五十歩どころか一万光年歩譲って魔王をやめるのだとしても! 後継者は一体どうするんですか! それが決まっていない以上、魔王をやめるだなんて許されませんよ!」

「あ、それなら大丈夫。ちゃんと決めておいたから。カマーン! 二代目魔王!」

 魔王の高らか呼び声と共に、背後の大扉がギギギと仰々しい音を立てて開く。

 果たして現れたのは、全身スカイブルーのぶよぶよとした粘膜状の生き物だった。

「ブルースライムじゃないですか……」

 一回言って、

「ブルースライムじゃないですか!」

 と、大事な事なので二回言う側近。

「ていうかザコモンスターじゃないですか! 下級中の下級じゃないですか! あんなんでどうやって部下を統率しろっつーんですか!」

「いやいやいや。ブルースライムなめちゃいかんよ? あれレベルが99になると『しゃくねつのほのお』覚えんだよ? 火系統最強の技だよ?」

「……じゃあ今のブルースライム、レベルいくつなんですか」

「2」

「なめとんのか」

 なおさらそんな状態でどうしろと言うのだ。

「もっと真面目に考えろよアンタ! これじゃあギャグじゃん! 負けフラグ必死じゃん!」

「んな事言われてもさー、我も勇者たんから急に妊娠したって聞かされたからさー。色々と新婚生活の準備とかあって時間が無かったんよ。そんでたまたま通りがかったブルースライムに声掛けたんだけど、まあ別に今からレベル上げといたら問題なくね?」

「今攻められたらどうすんですか!」

「あー。まあそん時はそん時じゃね?」

「軽っっっ!」

 無責任にもほどがある発言だった。お前は世界の中心か。

「選ぶならもっと他にいたでしょう!? もっとちゃんと考えましょうよ!」

「例えばお前とか? ないわー。それはないわー。だって我、お前の事あんま好きくねぇし」

「えー……」

 思わず面食らう側近。あんまりだ。そりゃ少しも期待してなかったと言ったら嘘になるが、さすがにそれはあんまりだ。せっかくここまで頑張ってきたというのに。

 いや、ここで折れては駄目だ。このままだと本当に魔王城は終わってしまう。魔王の右腕的存在と言われている自分が何とか軌道修正しなくては。

「魔王様、貴方少し疲れてるんですよ。しばし休まれてから、改めてよく考え直してですね……」

『まーくん電話だよ♪ まーくん電話だよ♪』

「あ、ごめん。電話だわ」

 不意に響いてきた勇者の声に、おもむろに懐からケータイを取り出して耳にあてがう魔王。というかこの人、勇者の声を着信音にしてたのか。どんだけバカップルなんだこいつら。

「もしもし我だけど。あ、勇者たん? 今? うん全然平気〜。じゃあ今からそっちに行くね。うんうん。我もチョー愛してるよ勇者たん、チュ♪」

 会話の最後にキス音を響かせて、魔王はケータイを閉じて懐にしまった。

「マジごめ〜ん。用事ができたから我もう行くわ。あとはシクヨロ〜」

「なっ!? シクヨロって、まだ話は終わってませんよ! って魔王様なにマジで出ていこうとしてんすか鼻歌口ずさんでじゃねぇよしかも坂本冬美の『また君に恋してる』とか古いんだよそれより待てってちょっと!!」

「サラダバ〜」

 バタンっ、と大扉が閉まる音と共に、完全にいなくなってしまった魔王。今ここに残っているのは、人語を話せないブルースライムと側近だけ。

 一気に静まりかえった謁見の間で、側近は清々しいほどの笑顔を浮かべてこう言った。



「うん。魔王城オワタ」

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