第70話 調査研究

 鼓笛隊が「灯火行進曲」を奏でる中、儀仗隊が行進する。

 競り立てられるような、それでいてリズミカルな太鼓が打ち鳴らされる度、照明に照らされた鼓笛隊の白手袋がスッ、スッと一斉に上下する。


儀仗隊ぎじょぉうたぁ~い、止まれ! 立て銃たてぇい、つつ

「左向けむけぇいひだぁり! 右へ、倣え!」


 執銃中なので二挙動一挙動一秒0.5秒で各動作が行われ、予令と動令とが短節に発せられる。

 右手によって担われていた床尾板が地面に着けられ、チャッ、という音が統制の下鳴る。


直れなおれぇい!」


 消炎器と剣留めを摘むようにして、ゆっくりと床尾板下端の位置が右足小指横へ補正される。


「首相閣下に申し上げます。儀仗隊は受閲準備を完了しました。巡閲をお願いいたします」

「はい、ご苦労」


 巡閲行進曲のファンファーレを受けながら、儀仗隊を巡る。


 国家市民軍航空軍。後に『万民の翼』と呼ばれる軍隊の創設記念式の最終項目であった。




 まず、我々は案の定関税交渉で揉めた。

 双方ともに相手方首都に大使館を作ってどうのこうのというのは現実的に困難だった為、軍事境界線上にあるレスペギャン現地語で『危機の無い』という意味合いという丘――『ここまで大穴の脅威が来た』という伝承がある――に双方の大使館施設を置き、ヴィン―ド間共同宣言第七条の規定によってその安全を其々保証するという形が取られた。

 最初の1、2回は彼らの言う所の『劣等種』が列席していたので交渉が成り立たず、3回めにしてようやく彼らも『慣れ』て、各種交渉が行われたのだが、カタリナ氏が珍しく直接指示を出した為正直交渉にならなかった。


 この世界の慣習上、交渉が妥結するまで関税を掛けないというのは常識的措置だったが、こと工業が発展し暴力的な生産力を持つドーベックに対しても惰性でこの条項を設けたのはカタリナ氏の面目躍如というやつだろう。正直政治的ウンタラカンタラを除けばこの条項のお陰でドーベックは息を吹き返したと言って良い。

 そんなこんなでゼロ関税を謳歌しつつしていたところ、彼ら帝国はワイバーンで行ったり来たりするようになった。『移動』のためなら良いだろうという解釈をしやがったのだ。当然抗議したが、彼の国は聞く耳を持たなかった。

 じゃあ、我々も空を飛んでやろう。そういうクソ単純な発想と見切り発車で一応整備された枠組みの中で最初にフルスペックを発揮したのは、ダブっていた軍楽隊志願者航空軍音楽隊と動員解除の後も尚軍に残ることを希望していた歩兵達航空軍警備科であったのだ。


 尚、昼間に行われた新型内燃機関レシプロエンジンのお披露目では、見事に内燃機関が大破炎上して航空機開発の幕が上がったことは今後の歴史の中で特筆されることになるが、それはまた別の話。



****



「君が奴らについて知っていることを教えてくれ」

「……」


 ドーベックから返還された捕虜は、皇宮病院に収容されていた。

 皇宮病院で収容できる22名程度しか、生き残っていなかったのだ。


 捕虜の殆どは廃人と化していた。

 全身に火傷を負い、或いは耳目を喪い、四肢が無事な者は殆ど居なかった。空からドーベックを見たことがある爵領庁の翼竜騎士を探したが、翼竜基地の生存者は厩務員が一人で使い物にならなかった。


 しかし、劣等種の津波12連隊による突撃を受けた者の中に、たった一人生存者が居た。


「……」

「分かった。ヨシ、じゃあ、覚えていることを最初から教えてくれ」


 取り敢えず報告書は埋めなければならない。そういう官僚的態度が生存者を責め立てる。

 幸いなことに、この『生存者』は内務職員だったから、その事情を汲む。


「――まず、翼竜が落とされたと聞いたんだ。それで、前日に『甲冑』が投入されたんだ」

「うん、アレか」


 甲冑。

 バカデカ培養槽で育成し、ある程度育成した段階で脳幹を引っこ抜いて外挿的魔法介入器でそれを入れ替え、皮膚を剥いで金属甲板で覆い、これまた別に培養した魔法器を無理やりくっつけて殆ど地上に於いて無敵と言える存在であると言われたアレ。体液が絶えず漏れるから、栄養補給を兼ねて大量の輸液が必要であるアレ。

 魔法では無く、古代遺物を使っているから禁忌で無いという理由屁理屈実用正当化されたアレを、各貴族が魔法使いの鎮圧・ないし工事用に一体持つか持たないかというアレを、内務卿は複数体投入していた。それほどに今回の『徴収』は肝煎りだったのだ。


「で、それが付帯部隊ごと撃滅されたって聞いたのが前日の夜で――俺達は後尾の方だったから――


 生存者の息は震える。彼は頭を抱えようとして自分の左腕が無いことを思い出しぐう、と呻いた。


――そこら中で爆発があったんだ。多分何かが降ってきて、それが爆発した」


「成程」


 聴取を行っている職員は、特にメンタルヘルスとか、そういった方向の専門家では無かった。休憩は挟まれない。


「肉が降ってきた。肉が」

「何の?」


 インタビュアーを責める訳にはいかない。

 肉が降ってきて、それが爆発したように最初理解したからである。


 呼吸が荒くなり、右手から止め処無く涙が零れ落ちて病床を濡らす。

 それで初めて、インタビュアーは机上から顔を上げた。


「同僚のだよ。ああ、クソ袋とその中身……クソも一緒に降ってきた」

「そうか、ふむ。じゃあ――何故君は生き残ったんだ?」


 最悪なことに、インタビュアーの興味は『何故生き残っていたのか』という点にあった。

 それは生存者が抱える潜在的罪悪感を逆撫でしてしょうがなかった。


「誰かが穴を掘ろうと叫んだんだ。穴を。それで魔法を使って穴を掘ったんだ」


 ただ、義務感だけが生存者を動かしている。


「それで、それは有効だったのか?」

「ああ、随分有効だった。アレの直撃や至近弾は受け止められんが、土木片の飛散に対しては随分有効だった」


 爆発は、それを巻き込んで飛翔せしめた土木ですら致死的。そのように調書へと記述される。


「爆発は朝から夜まで続いた。その度に誰か死んだ。眠れなかった」


 ポツ、ポツ、そんな感じで情報が齎される。


「いつ爆発は止んだんだ?」

「……払暁の頃、日の光が空気を照らすだろ。あれぐらいの時になって、勢いが増した。その隙に奴らは穴の傍まで来ていた。奴らがこちらに駆け寄り始めるほんの少し前、爆発が止んだんだ」

「待て、そいつらが爆発を起こしていた訳では無いのか?」

「分からない。俺達はそれすら分からなかったんだ」

「……そうか、続けてくれ」

「奴らは――まず前方に居た同僚達の穴一つ一つに飛び込んで、短槍から煙を吐いて、或いは突き殺して回った」


 この頃になると、生存者は離脱感を感じていた。口調から現実味が抜ける。


「やられる。そう思って俺達も攻撃したが、奴ら、早いし多かった」

「君は――「殴られた。短槍で。気付いたら捕らえられてた」――分かった」


 皮肉なことに、職員が聴取内容を書き付けていたのはドーベックから輸入した紙であった。

 得体の知れない、ものづくりが得意な連中。それだけならどれだけ良かったか。


「今日のところはこれで終わろう。お疲――「なぁ」


 立ち上がろうとした聴取員を、生存者が引き止めた。


「あいつら、何のために死んだんだ?」

「……国のため、かな」

「俺には、俺には――奴らドーベックを起こしちまったようにしか思えん」




一、奴らは、劣等種に統率された劣等種の群れである。

二、奴らは、昼夜天候に関わらず行動する。

三、奴らは、魔法を使わない。

四、奴らは、火を自在に操り、火を以て攻撃してくる。

五、奴らの火の威力は、爆裂を以て空間中に投射される。

六、奴らは、空を飛ぶことができない。

…………

……


 内務卿は、地道にして壮絶な情報収集を経て、ミクロ戦術的にはドーベックが劣等種に使用させている武具――『火器』というらしい――を克服しなければならず、マクロ戦略的にはこの国に散在する戦力の統合が必要であると理解した。

 彼は、帝国経済を救うためにメウタウダムを占領しようとした程には慧眼であったから、帝国が直面している危機を鑑みて、改めてドーベックに立ち向かったとき、ある気付きを得た。


 ヴィンザー帝国われわれは、ドーベック公国に習わなければ歯が立たない。



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