第28話 戦闘指導

 防勢行動の主眼は、地形、周到な陸軍作戦教範る準備、待ち受けの第七章利用によって勢力の劣勢『防御』を補い、的確な火力及び逆襲第二節よりの発揮により、敵の攻撃を破砕するにある。


「じゃあ始めようか、状況は敵の先遣隊――あるか分からんが、とCOP戦闘前哨が接触したときからね、1中長」


 中隊長の分析を指導・承認して2日。戦闘団本部を開設し、戦闘指導を行うために中隊長を集めた。


 戦闘指導とは、英語でブリーフィングとか言う、要は作戦前擦り合わせのことである。指揮官の意図は、何もしなければ指揮官の頭の中にしか無い。それを表現したものが作戦計画であり、方針であるのだが、それだけでは不十分だ。

 それを埋めるのが、戦闘指導である。


 戦闘団本部は鉱業地域の横、BP4に置いた。

 BP4は、BP5隘路出口の予備陣地と相互に連携できる距離にあり、かつ、BP5からの陣地転換が容易で、BP1ドーベック西及びBP2ドーベック南西への鉄道機動も可能だからだ。3Co第三中隊の態勢が完了するまでの間に1Coと2Coの防御を突破された場合、速やかにHQCo本部管理中隊はBP1に展開する必要があるが、ココは非常にその便が良い。

 HQCoをBP4に展開させ、本部はドーベック市街に置くべきか悩んだが、今の我々に部隊間で連絡を取り合い、有機的に連携する能力はない。(となるとBP5も十分選択肢に入りうるのだが、それだとBP5が突破された場合CT戦闘団の組織的戦闘能力がおしまいになってしまう)


「はい、先遣小隊の射撃により、敵先遣隊を撃破或いは制圧します」

「その目的は?」


 そんな連隊本部の奥、本来なら幕僚組織G1~G4があるべきところに、砂盤と折りたたみ椅子を何個か置いて、戦闘指導をする。

 幕僚組織は私が兼任人手不足しており、天幕内にスペースが余っていたからだ。


戦闘団CTに接敵を速報する一方、我の戦闘地域の前縁FEBAを欺瞞すると共に、敵部隊を混乱させ、かつ、遅滞させるためです」

「そのためには何が必要だ?」

「敵を先んじて発見することが必要です。そのため、1Coは偽装した監視哨を利用します」


 COP戦闘前哨に1中隊を割り当てたのは、実戦経験豊富な者が多いことと、常備部隊であるため、自転車機動・偽装といった我の戦術に習熟した者が多いからだ。

 正直、1中隊以外は2中隊の本業が警察、3中隊が予備役動員部隊という有様なので、1中隊には戦闘間、戦場中を駆けずり回ってもらうことになるだろう。


「敵がなお前進を継続した場合は?」

「先遣小隊を後退させ、1Coは遅滞戦闘を展開します」

「その際、何に留意する?」

「はい、障害と地形を利用することと、情報を収集するため、眼鏡によりよく敵方を監視する一方、機動・射撃を分担、連携させることに留意します」


 いくら隘路とはいえ、1コ中隊ができることは限られている。

 部隊が携行できる弾薬には限りがあるし、何より、隘路ということはこちらが準備できる陣地や障害も小さいし、敵も戦力を集中するのだ。


「その通り。遅滞の時期は12時間を目標とするも、もうヤバいと思ったら一報の上、中隊長所定中隊長の判断で後退して良いからな」

「その際には煙幕を展開して後退します」


 R3は、商取引にも使っている重要な街道だ。本当は道を尽く爆破して「もう通れませーん!!!」とやりたかったが、もし勝ってしまった・・・・ら後が厄介である。COPは、鉄条網や軽易な地雷など、後片付けが簡単な手段しか使うことができない。しかし、もし煙中を強行突破しようとした場合、軽易な障害と言えどその効果は強大なものとなる。


「それでは、COPが離脱して隘路出口からBP5へ向け前進したとき、2中長」

「中隊は臼砲小隊と連携して攻撃準備破砕射撃を実施、攻撃目標は判別できた場合敵指揮部隊を優先とします」

「敵部隊が突撃を開始した場合は?」

「はい、暫時小銃・機関銃側防火器により突撃破砕射撃を実施する一方、発煙により黄色信号を発信します。陣地正面の主障害帯を敵が突破した場合、準備した障害爆薬を起爆します」

「よし」


 我の勝ち目は、BP5に構築した巨大かつ周到な防御陣地と、障害、特に大量の鉱業用爆薬を用いることができる点にある。

 幾ら旅団と言えど、これを強行突破した場合、絶対に無傷では済まない。


「発動にあたっては味方に巻き添えが出ないようにする一方、過早な発動はしないようにな」


 理想的には、障害の発動を以てF-TFの攻撃を破砕できれば良いのだが、そうはいかないかもしれない。


「2中隊は障害発動後もなお敵勢力を押し留められない場合はBP4へ撤退。1Co、2Coは渡河直後の敵を撃破すべく戦闘を展開する。できればココで敵の行き足を完全に潰したいな」


 R3上で爆薬を使えないように、橋を爆破して落とすことも、できればしたくなかった。どれだけあの橋を架けるのに苦労したことか!


「3中隊はCTからの信号を受信したらどうする?」

「はい、3中隊は後備中隊としてドーベック市内の警備及びBP1、BP2での防御戦闘を準備する一方、鉄道機動を準備します。CT戦闘団からの通信により、鉄道機動及び防御陣地の使用その他の行動は変化します」

「その通り。できれば3中隊の戦闘参入は逆襲発動時まで控えたいが、臨機の対応を行う可能性があるから注意してくれ。但し、警戒中ドーベックへの敵襲らしい兆候を発見した場合、中隊長所定でBP1・2での防御を行って良いから、その際は信号を発信した上で中隊長判断を優先」


 3Coは、いわゆる『予備部隊』だ。

 予備部隊を最後の砦として運用することは本当は控えたかったが、陣地BP5を信頼してこのような作戦を起案した。この通りいくことを願うしか無い。

 当初の構想では2Coをこのような運用に任じ、3Coを陣地に展開させようとしていたが、3Coの錬成状況、動員状況は、残念ながら芳しく無かった。(そんな部隊を下手すりゃ臨機に運用するのだ。最悪である)


「逆襲発動時には、警戒部隊を除きCTは主力を以てR3を回復すべく攻勢する。この際、地面は滅茶苦茶になっているだろうから特に不発弾等に注意」


 更に、臼砲弾も一応は完成したものの、腔発大砲ごと吹き防止飛びたくないを重視するあまり、前世の基準からすれば不発率が信じられないぐらい高かった。

 この後も、敵の可能行動ECOAや敵が航空攻撃を仕掛けてきた場合の対処、対空隠蔽・掩蔽の要領やら、敵味方の識別やら、合言葉やら何やらについての確認が続く。


「最後に、一番大事なことを言っておく」


 中隊長が疲れ始めたのを感じる。

 注意を砂盤からこちらに向けさせる。


「敵は、戦闘は、生物ナマモノだ。殆ど確実に、こちらが思う通りにはいかないし、ならない」


 今までやってきたことが全部無駄になることだってあり得るのだ。

 というか、作戦計画、戦闘指導の通りにコトが運ぶことの方がおかしいとさえ言える。そんなことが起こるほうが珍しいのだ。

 だが、それはそれで良い。論より証拠、勝てれば任務を達成できれば良いのだ。


「諸君らも分かってると思うが、正直、厳しい戦いになると思う」


 おおよそ1コ旅団規模の攻撃を、だいたい1コ連隊で受け止める。

 方面上級部隊から戦車や火砲D/S、ネットワーク戦能力や航空支援CASを配当してもらって初めて可能になる芸当だ。狼煙とかラッパとかでやることでは無い。

 中隊長を見渡す。皆、表情は無かった。


「だが、我々はやるしか無い。そのための準備はしたし、勝ち目も無いわけでは無いが――、あんまり劇的に勝ちすぎると、もっと強い敵が来ちゃうかもな」


 少し場を和ませようとしたが、逆に固くなった。

 各中長の戦闘服は、滲み出した汗で変色している。


「これが終わったら、戦闘団の全員に一杯奢るよ」


 負けられない、勝つしかない。その意思の硬さだけは、負けないという自信があった。

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