劣等種の建国録〜銃剣と歯車は、剣と魔法を打倒し得るか?〜

日本怪文書開発機構

プロローグ

第0話 プロローグ

 古来から、戦場には浪漫があった。


「射角387、方向右へ126、装薬黄5、小隊集中、観測射撃始め」


 一対一で、或いは多数対多数で、何れもそれぞれの交戦勢力が誇りを持ち、戦い、傷つき、そして浪漫の下死んでいった。


「5、4、3、2、1、弾着、今!」

〈効果あり!〉

「諸元そのまま、瞬発10発、小隊効力射始め!」


 その浪漫は魔法の登場により、更なる栄華を極めた。


〈目標、完全に沈黙〉

〈新たな目標、一コCo中隊規模の軽騎人兵〉


 エルフによる精霊魔法とワイバーン、ケンタウロスによる機動戦は、それ以外の種族を戦場から駆逐し、そして彼らを頂点とした社会を築いた。


KZキルゾーン5に侵入〉

「計画射撃発動、5号」


 圧倒的機動力の優勢は、他の種族の上に立ち続けるのに十分な力を彼らに提供し、ある程度の安定性を以て存続していた。


「用意、撃てぃ!」


 そんな機動力が鉄条網に引っかかり、一直線に並んで機関銃の的になる。

 細い針金とそれに付いた針。まさかその程度で自慢の機動力を奪われるとは思わなかったケンタウロス騎人。体を刺すソレから何とか逃れんとジタバタと暴れる彼らとその間を、銃弾と砲弾片が音速の三倍以上の速さで吹き荒ぶ。

 緻密に計画されたそれらが威力を発揮する度に、悲鳴、血飛沫、肉、骨、代々継がれてきた武具、そして誇りが完全かつ的確に破壊されて宙を舞い、土と混ざった。


〈目標群後退――敗走した〉


 硝煙、砲声を基調とする中、歓声が鳴った。


〈……敵航空騎兵1、方位040!〉


 前進観測班FOからの緊迫した声に、歓声が止む。

 美しい容貌と長寿、獰猛なワイバーンさえ手懐ける精霊魔法。


 この世界の支配者、エルフである。


 彼らは精霊魔法とドラゴン、そして長寿から来る知恵を活かし、この世界の頂点に長年君臨し、その他の種族を劣等種と呼び忌み嫌う一方で、搾取を続けてきた。

 その圧倒的実績と、空を飛んでいるという優越感。

 それらに由来するであろう自信によって、彼の顔は完全に得意になっており、敗走する味方騎人兵に侮蔑の視線さえ送っていた。


「聞け! 劣等種共!」


 精霊魔法によって増幅されたその声は、戦場の隅々に――最寄りの村にまで届いた。


「貴様ら叛徒は、今日!この時を以て灰燼と帰す!」


 自信に満ち溢れたその声を聞き、髭と脂肪と面の皮をよく蓄えた砲兵が笑った。


「へっ、オタクの騎人兵はココの肥料になったが?」


 美しい得意顔が歪み、少し紅潮する。


「それはコイツらが無能だからだ。まさかお前ら、私を倒せるとでも思っとるのか!? ワイバーンも無しに! ハハ! めでたい!」


 わざわざ精霊魔法を使って砲兵の野次を聞いていたエルフ。しかし砲兵の野次は彼が期待していた言葉とはおおよそ異なっていたのかもしれない。


「射角433、方向左へ22、時限青4、装薬黄10、中隊集中、用意、撃て!」


 そんな彼の目前に、両用砲の迅速射撃と、その結果曳火が呈示される。爆轟と、空気を割いて猛進する破片に脅されて、彼のズボンは変色した。


「ウわぁ!?」


 炸薬の威力に脅された情けない声。それを戦場の隅々まで響かせ、ドッと笑いが起こる。

 それと同時に人間から沸き起こった数々の野次と侮辱は、エルフが長年培ってきた自尊心を刺激するのに十分であった。


「貴゛様゛ら゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛」


 彼に後光が差し、ワイバーンが急降下する。

 長年虐げられてきた人々は、そのあまりに神秘的な光景に笑いを止め、圧倒された若い兵士の「ヒュ」という肺から空気が絞り出される音が静かに鳴った。


 得意になったエルフは、『劣等種』を一掃しようと魔法の発動を試みた。いつもの通りに。


「馬鹿野郎テメェら戦え! 対空迅速射、急ぎ撃ち方ぁ!」


 しかし、対空砲、機関銃、小銃が、彼を指向して一斉に火炎を吹き、暫くしてドサリという音と共に土地を肥やした。




 今日、戦場から浪漫が消えた。

 遅かれ早かれあったのかもしれないし、悪いとは言わない。

 しかし、今日確実に、戦場から浪漫が消えたのだ。

 代わりに産声を上げたのは効率。

 金属塊に注入された化学エネルギーCEを以て、人馬を殺し、精霊をねじ伏せ、計算と統計、研究により無制限に改善可能な科学が、戦場から浪漫を奪い去り、勝敗の決するところを効率地獄に置き換えた。

 何故そんなことをしたのか?

 『神にも精霊にも愛されなかった者達は、普遍の原則たる科学に縋るしか無かったのだ』と簡単に纏められるが、以下の物語を読めば解るはずだ。


 これは、戦場から浪漫を駆逐し、支配者を蜂の巣にし、巨人の肩にタダ乗りフリーライドし、科学を普及させ、三重結合を切断して人口を爆発させ、種族間格差の根本的解決を図り、諸民族が共生する超大国を築いた男。

 その男の、功罪の物語である。



****



「リアム、おい、リアム!」


 父親が僕を叩き起こす。

 僕の名前はリアム・ド・アシャル。アシャル家の三男だ。

 兄は二人居るが、片方のクレイグ兄さんは風邪をこじらせて死んだ。

 母は前回の飢饉の時に死んだ。


「お兄おはよう」

「おはようサシャ」


 そしてこのちっちゃい金髪が我が妹サシャ。歳は12、特技は口笛。


「おはようお兄さん」

「おはようリアム」


 そしてロックリン兄さん。ハンサムな長身で、盗賊から村を守る自主警備もやっている。


 僕はと言うと、幼い頃にあった飢饉の影響で十分に背が伸びず、兄のように長身では無かったし、顔中にニキビがある。

 父はそのニキビは体が大人になっていく証拠だと言っていたが、本当だろうか。


 朝食は質素なモノで、黒パンと牛乳に、納税に使えない屑野菜だ。

 味は殆ど無いが、それらを無理矢理牛乳で流し込む。


 朝食が終われば仕事だ。今日は秋にライ麦を撒く為の土地をプラウで耕さなければならない。

 我が家のプラウは車輪が無いので、畑をズルズルと引きずって移動しなければならない。面倒だが、エルフ様のこの偉大なる発明によって、人では無く牛に畑を耕してもらう事が出来るのだ。感謝しなければならないし、年ごとに畑で作る作物を変え、休耕地に牛を放つ事で土地が回復するというのもエルフ様の発想だ。


 僕たち人――劣等種は、そうしたエルフ様の知恵と、精霊魔法によって生かされている。

 エルフ様はドラゴンを乗りこなし、精霊魔法を使える。

 その力は、ケンタウロス様さえも凌駕する。

 一度だけ、前にお目にかかった事があったが、とても美しく、胸がドキドキした。


 自分がもしエルフに生まれていたら、今頃何をしているだろうか等と思いつつも、牛を導いてプラウを牽かせ、畑を耕――





 ――突如、爆音が響いて世界が真っ白になった。

 どれぐらい倒れていたのだろうか、全身の痛みに堪えつつ、土から起き上がる。


 周囲に父と兄の姿は無い。村を見ると、煙が上がっている。

 何とか歩き出し、気付けば走っていた。


 胸騒ぎがする。

 村に近付くと、鼻を突く様な煙の匂いと、悲鳴が渦巻いていた。

 蹄が地を駆ける音と、家が燃えるパチパチという音、そして人が殺される時に発する全ての音が混合して耳に入り、自分が発する早い鼓動と呼吸のベースに載せて、狂気的な合奏をしていた。

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