隣の席の中二くんがいつも何だか忙しそう……

さっちゃー

第1話 1話 表

 ※注意事項 この世界には伊集院光が存在しないため、「中二病(ちゅうにびょう)」という単語は存在しません。

(「中二病」は伊集院光のラジオ番組「深夜の馬鹿力」の1コーナーで発生した単語です。)



 ■並日 道子 視点


 私の名前は並日なみび 道子みちこ 、15歳。

 成績は悪くはないけど特に抜きん出るところもなく、運動神経もそこそこ。自分で言うのもなんだけど、どこにでもいるごく普通の女子だと思う。

 そんな私も、この春からいよいよ高校生。一緒に進学した友達と同じクラスだといいな、とか、部活は何にしようかな、勉強はついていけるかな、とか。きっと日本中の新1年生のほぼ全部が同じように抱いているであろう期待とちょっぴりの不安で、胸を膨らませていた。


 その高校の入学式の日。私は、とんでもない人に出会ったのだ。



 式が終わって体育館から教室へ戻ると、ホームルームが始まった。入学案内を何度も読み返し、忘れ物がないかチェックしていて寝るのが遅くなってしまった私は、着慣れない制服での式の緊張からやっと解放されて、ちょっと放心していた。そんな私が、隣の席に座るその人の特異さに気付いたのは、新しいクラスで始まった自己紹介の最中だった。


 自己紹介っていうのは、いつも緊張する。小学校の頃からずっと普通の成績、普通の運動神経で、特にアピールすべきものを持っていない私は、「噛まずに無難にこなす」ことに注力していた。どうにか終えてホッとしながら席につくと、隣のその人は立ち上がったのだ。


中二なかふた やまいです。よろしく。」


 聞こえてきた声に顔を上げると、とんでもない個性の塊がそこにいた!


 うなじのあたりまで伸びた髪は、綺麗な銀髪。左目はカラーコンタクトを入れているのか、瞳が真っ赤だ。

 右目には眼帯をしていて、長く伸ばされた前髪が、眼帯を覆うようにかかっていた。

 中性的で整った美少年、といった顔立ちだけど、表情や声の調子は同い年の新入生とは思えないくらい暗い。

 左手はケガをしているのかな。包帯を巻いているのだけど、その包帯はやや汚れていて、お墓でたまに見る、あれ、えーと……梵字だ! その梵字が、びっしりと書き込まれていた。そして右手には、革製っぽい指ぬきグローブをはめていた。

 要するに、一般的な高校生のイメージとはちょっと、いや、だいぶかけ離れた格好をしている。ものすごく個性的……でも、普段着も髪形も我ながら無難で、特に注目されることもなく生きてきた私から見れば、髪形や服装で個性を主張できる人というのはちょっと憧れでもある。


「オタクか?」「バンド?」「ビジュアル系?」


 といった声が、クラスのあちらこちらから聞こえてきた。


(あー、そっか! バンドやってるんだ!)


 私はほとんど聴かないけど、仲の良い友達が追っかけしているビジュアル系バンドの人は、確かにこんな雰囲気の格好をしていた気がする。


(すごいなぁ……高校ともなると、将来に向けていろいろ頑張っている人がいるんだなぁ……。)


 席が隣ということもあり、中二なかふたくんのことが気になった私は、それとなく観察するようになった。

 授業中の中二なかふたくんは時折、小声で「ジャガンが!」と呟いては眼帯の上から右目を覆ったり、「腕が疼く!」と言っては包帯の巻いてある左手を押さえ込んでいる。それでいてノートを真面目にしっかり取っているので、彼の右手はかなり忙しそうだ。


 また、中二なかふたくんには天気を読む才能があるようだ。

 ある日、購買から帰ってきた中二なかふたくんは、焼きそばパンの袋を破きながら「嫌な風が街に入ってきやがった……」と独り言ちていた。その日はとてもよく晴れていて、予報も降水確率ゼロパーセント、朝のニュースではお天気のコーナーで「穏やかで絶好の洗濯日和」と言っていたのを覚えていたし、そんな風が吹いているようには思えなかった。しかし、その日の夕方、何と! 急に雲行きが怪しくなり、雷を伴う雨が降ってきたのだ。

 その日以来、私は彼の不定期な天気予報を気にするようにしている。聞き洩らさなかった限りでは、今のところ全く外れがない。これってもの凄い才能だと思う。せっかく才能があるのだから、バンドやるよりも気象予報士とか、そういう省庁の職員とか目指した方が良いんじゃないかな、なんて考えてしまう。


 バンドといえば、あの恰好だから学校内でとても目立つようで、不良に絡まれるのか、怪我をして休むことが多い。実際私も、何度か中二なかふたくんが強面の先輩方に呼び出されているのを目撃している。


 中二なかふたくんと同じ中学校だったという子がそれとなく話してくれたところによると、彼の半生は波乱万丈だった。

 何と、幼い頃にご両親が何者かに殺され(殺人事件!)、その時の犯人に妹さんを連れ去られているらしい(誘拐事件!)。事件はまだ解決しておらず、犯人は捕まっていないという……驚いて、何も言えなかった。もし身近でそんな酷い事件が起きたら、私だったらどうするだろう……。

 学校では1人でいることが多いみたいだけど、そういう事情なら、まだまだ悲しかったり不安だったりで、誰かと過ごす気になれないとしても不思議はない。

 現在は叔父さんと2人暮らしだそうで、その叔父さんはこの街にある立願寺というお寺の住職をしているらしい。



 そんなこんなで、入学してから2ヶ月が経った。休み時間、中二なかふたくんについて分かったことをノートにまとめてみる。


 ・銀髪(こまめに染めているようで、プリンになっているのを見たことがない!)

 ・右目に眼帯

 ・左手に包帯

 ・右手は指ぬきグローブ

 ・赤い目(カラーコンタクト?)

 ・美少年……でも表情はいつも暗い

 ・ご両親を早くに亡くしている

 ・生き別れた妹さんがいる

 ・犯人は捕まっていない

 ・ケンカをよくしていて怪我が絶えない

 ・気象予報士の才能がある


 他に何かなかったかな? とペンを手に考えていると、ふと顔を上げて窓の外を見据えていた中二なかふたくんが、静かに呟くのが聞こえた。


「嵐が……来る!」


 え!? 嵐? 今日の天気予報も晴天って言ってたけど……しかし、彼が嵐と言うのなら嵐になるのだろう。『嫌な風』程度であれだけの雷雨だったのだ。


(……これは、とんでもないのが来そう!!)


 そう思った私はスマホを取り出し、放課後迎えに来てもらうよう、お母さんに連絡を入れた。


 ――放課後


「凄い嵐ねぇ。こんないい天気の日に嵐が来るなんて信じられなかったけど、道子みちこ、よく分かったわね。」


 お母さんが車を運転しながら聞いてきた。ワイパーがひっきりなしに動いている。雨音が凄いから、私も大きめの声で答えた。


「えっとね、隣の席の中二なかふたくんが教えてくれたの。すごーく天気予報当たるんだよ。」


「あら? もしかして、道子みちこの彼氏?」


 お母さんがニヤっとしながら聞いてきた。


「もう、そんなんじゃないよ。……中二なかふたくんはね、ご両親を小さなときに亡くしてて、妹さんも誘拐されていて、何か、大変そうなんだ。」


「まだ高校生なのに……そうなの……。」


 母は一転、気遣うような表情へ変わった。


「うん……でも、優しそうな人だよ、中二なかふたくんは。ちょっと変わったところもあるけどね。」


「そうなのね……道子みちこは、仲良くしてあげるのよ?」


「うん、勿論――って、あれ?」


 車が市内を流れる大きな川の土手に差し掛かると、河川敷に中二なかふたくんらしき姿を見つけた。

 強風と豪雨の中で傘もささず、踊るように飛んだり跳ねたりしている。


中二なかふたくん? 何をしているんだろう? 独り、だよね?)


 見ていると、中二なかふたくんの衣服が突然、弾けた。右側の上半身があらわになる。


(わ、何!? あれかな? 何かのアニメで見た、力入れた筋肉で服が「ボン!」って破れちゃうやつ。見かけによらず筋肉すごいんだな~中二なかふたくん。)


 その中二なかふたくんの右肩に、何か模様が見えた。


(痣……かな? もしかしてタトゥー? だとしたら校則違反だよね。あ、でもバンドマンっておしゃれなタトゥ―とか入れているイメージがある……ひょっとしたら、校則違反って知らないのかも。明日、学校で会ったら伝えたほうがいいかな。)


 バンドマンって考えると、雨の中で踊っているのも理解できる。嵐の中でもびしょ濡れになりながら野外ライブとかやっているイメージがある。バンドマンっていうのは、きっとそういうところで演奏するのが当たり前な人達なんだろう。


 翌日。学校へ行くと、私は中二なかふたくんの席へ向かった。

 中二なかふたくんは怪我をしたのか、頬にガーゼを当てている。

 昨日、踊ってて転んだとか、強風で飛んできた物でも当たったのかもしれない。うーん、バンドマンって大変なんだなぁ……。


中二なかふたくん、おはよう!」


「……えっと、隣の席の……並日?」


 入学から2ヶ月経つのに疑問形なのはちょっと切ないよ……でも、隣の席とはいえそんなに話したこともなかったから仕方ないか。私は鞄から有名なチョコのお菓子を取り出して、中二なかふたくんの机に置いた。


「昨日は、嵐になることを教えてくれてありがとうね! おかげで濡れネズミにならずに帰れたよ~。」


「……教えた? あ、声に出ていたのか。」


 中二なかふたくんはハッとした表情を浮かべた。おお……意識してなかったんだね。


「気づいてないかもしれないけど、天気のこと結構、口に出てるよ? 『嫌な風が吹いている』とか。でも私、それでいつも助かってるんだ。だからこれは、そのお礼です。嫌いじゃなかったら、食べてね。」


「……あぁ、ありがとう。」


 中二なかふたクンはちょっと驚いた表情を浮かべながらも、お礼を言ってくれた。


「あ、それでね、中二なかふたくん。右の肩にタトゥーとか入れてる?」


 私は声を落とし、周囲に聞こえないようにして尋ねた。

 中二なかふたくんは右肩をバッと押さえ、周囲を窺うようにしながら声を落として聞き返してきた。


「……まさか、透視か? 聖痕の事を知っているとは……いや、お前、どこの機関の者だ?」


「……うん? 『すてぃぐま』? って、タトゥーの事? 期間て……機関? よく分かんないけど、昨日、河川敷にいたでしょ。嵐なのに何してるんだろうって気になったから、ちょっとだけ様子を見てたの。その時、服が破けて肩が見えちゃって……なんかごめんね。でもタトゥーは校則違反だから、見つからないように、気を付けたほうがいいと思う。もうすぐプールの授業始まると思うし。」


「あ、……あぁ、そうだな。ありがとう、気を付けるよ。」


 あからさまにホッとした様子で、中二なかふたくんはまたお礼を言ってきた。うん、やっぱり校則違反って知らなかったんだな。

 中二なかふたくんのタトゥーには”すてぃぐま”って名前があるらしい。タトゥーにも名前をつけるものなんだ……あとで中二なかふたくんノートに書足そう。


「ねぇねぇ、中二なかふたくんって普段は家で何しているの? テレビとか何見てる? やっぱり音楽番組が多いのかな?」


「いや、うちにテレビは無いんだけど……何で音楽番組?」


 中二なかふたくんは訝し気な表情で聞いてきた。


「だって、バンドやってるんでしょ、中二なかふたくんは。……あれ、違うの?」


「バンド……あ、なるほど、だから音楽番組か。」


 うーん、まぁ、と小声でもごもごしている。目が泳いでいるけど、照れてるみたい。

 そんな恰好していて、バンドやってるって周りが気づいてないとでも思ってたのかな? 中二なかふたくん、案外天然なとこあるのかも。


道子みちこ~、ちょっといい? 手伝ってほしいことがあって。」


 中二なかふたくんと話していると、クラス委員の友達から声がかかった。


「いいよー、すぐ行く。じゃ、中二なかふたくん、またね!」


 そう言って、私は友達の元へ向かった。



 学校が終わり、晩御飯を食べて、お風呂に入り、寝る準備をする。

 ……あ、そうだ。寝る前に中二なかふたくんノートを更新しておこう。


 ・銀髪(マメに染めているようで、プリンになっていることを見たことがない!)

 ・右目に眼帯

 ・左手に包帯

 ・右手は指ぬきグローブ

 ・赤い目(カラーコンタクト?)

 ・美少年……でも表情はいつも暗い

 ・ご両親を早くに亡くしている

 ・生き別れた妹さんがいる

 ・犯人は捕まっていない

 ・ケンカをよくしていて怪我が絶えない

 ・気象予報士の才能がある

 ・肩にタトゥーがある。名前はすてぃぐま NEW!!


「これでよし、っと! おやすみなさい!」


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