第3話 はじめてのクエスト~キラービーの蜂蜜採集~
私、
今は私を助けてくれたエルモードさんと一緒に、ゲストとして他の冒険者パーティーに加わってはじめてのクエストに挑戦している。
私がはじめてということで、冒険者さんたちが気を遣ってくれて、難易度が低めのクエストに連れて行ってもらった。
その名も、『キラービーの蜂蜜採集』。
「キラービーは獰猛な魔物だからまずは彼らを
キラービー。ゲームでも戦ったことはあるけど、毒を持っている以外はそんなに強い魔物ではない。
……ただ、攻撃力のパラメータが1しかない私では勝てないだろうけど。
私は運のパラメータがカンストしている『極運』と呼ばれる人間だ。運のパラメータが高いと、この世界ではドロップアイテムや経験値、マニーがたくさんもらえたり、レアアイテムがドロップしやすくなるという言い伝えがあるらしい。
だから私は戦わず、そのパーティーの後衛にいて見守っているだけでいい、と言われた。俺たちが守る、アンタはいてくれるだけで価値がある、と。
誰かに守られるなんて初めてだった。「いてくれるだけでいい」なんて言われたことなかった。
前世の不幸な人生が悪い夢かなにかだったかのような気分だった。純粋に、嬉しい。『穀潰し』と呼ばれ、何度面接を受けても「お前は必要ない」と就職させてもらえなかった前世は、まさに悪夢で、地獄だった。
私はこの新しい人生を満喫しようと決心したのである。
「え、でも殲滅しちゃったらキラービーは絶滅しちゃって蜂蜜が取れなくなるのでは……?」
「君は魔物相手にも優しいね。でも魔王がいる限り魔物は無限に増えていく。絶滅なんて心配しなくてもいつの間にか新しいキラービーが生まれているのさ」
私の言葉に、エルモードさんは優しい微笑みを浮かべたあと、真剣な表情をする。
「いずれは魔王もなんとかしなければならないが、実際問題こういった食料も手に入るから難しいね。魔王の目的は何なのか……」
魔王……か。
私のプレイしていた『ワールド・オブ・ジュエル』では、魔王は魔物を無尽蔵に生み出す謎の存在だ。基本的に魔物は人間に敵意を持っていて、『魔物使い』という職業の人間でない限り、決して懐かない。
しかし、魔物の肉やその副産物――例えば今回の蜂蜜のようなものはこの世界での貴重な食料源でもあった。だから魔王を倒すと食糧問題が発生する。結果、誰も魔王には手を出せない状態だった。
一応畑とかはあるから、野菜や穀物は採れるんだろうけど……。
「! 止まれ」
パーティーの先頭にいた冒険者が突然声を上げた。
「静かに、動くな。……キラービーがいる。奴に巣まで案内してもらおう」
そこからは隠密行動だった。キラービーを見失わないよう、追跡、尾行。
……森の最奥まで行くと、そこにはキラービーの巣があった。
しかし。
「なんだこりゃ!? こいつら、いつの間にこんな巨大な巣を作ってやがった!?」
壮観だった。森の木に寄生するように、びっしりと蜂の巣が木の表面に敷き詰められている。
キラービーたちが集めた蜂蜜は、巣から溢れんばかりに貯まっていた。
……もちろん、キラービーの数もその分かなり多い。
「剣を抜け! こいつらを殲滅したあと蜂蜜を回収! 巣はこれ以上大きくなると厄介だから蜂蜜を回収したあと燃やして処理だ!」
冒険者パーティーのリーダーが指示を出して、戦闘が始まる。
「アヤメ、お前は安全なところに隠れてろ!」
「は、はい!」
キラービーたちのヘイトは完全に冒険者たちとエルモードさんに集まっている。私が攻撃されることはないだろう。
私は草陰に隠れて様子を伺う。
前述したとおり、キラービーはそこまで強くはない。群れをなすと囲まれて刺されるのが少し厄介だが、同行している冒険者たちのレベルを見る限り、負けることはないと思う。
中でもエルモードさんは頭一つ抜きん出ている。白い光の残像を残して、目にも留まらぬ速さでキラービーたちを斬り伏せていく。
「ヒュー! さすが『白き光』のエルモードだ!」
「冒険者なのが勿体ないな! お前がその気なら王国騎士団にだってなれるだろうに」
「僕は、冒険するのが好きなので」
そんな会話をしながら、冒険者たちはキラービーを次々と倒していった。
――おそらく、数十分程度の出来事だろうか。
「ふう、とりあえず全滅させたか?」
「ドロップアイテムで地面が見えないな……これも『極運』の力か?」
「荷物袋空っぽにしといてよかったぜ」
パーティーの面々はドロップアイテムをしゃがんで拾っていく。
エルモードさんは蜂蜜を回収していた。
「……これでよし。あとは炎魔法で巣を焼き払ってしまいましょう」
エルモードは魔法使いに命じて巣を焼かせた。
そろそろ合流しても大丈夫かな?
草むらから出ると、背後からブーン……という嫌な羽音が響いた。
「え? ――ああっ!」
「アヤメ!?」
激痛が走り、地面に倒れた私に、エルモードさんが気づいて声を上げる。
「チッ、まだキラービーの残党がいたか! 蜂蜜を集めて戻ってきた個体だ!」
冒険者のリーダーが、即座にキラービーを両断した。
右腕が、痛い。
エルモードさんが私の身体を起こし、袖をまくると、右腕が赤紫色に腫れ上がっていた。私は思わず目をそらす。
「レディ、失礼します」
エルモードさんは私の刺された箇所に唇を当て、毒を吸い上げる。
「おい、誰か解毒剤持ってるやついるか!?」
「大丈夫、僕が持っています」
エルモードは毒をプッと吐き捨てたあと、解毒剤を打ってくれた。みるみるうちに腕の腫れがひいていく。
「あ、ありがとうございます、エルモードさん……」
「いえ、レディを一人にしたのは愚策でした。痛い思いをさせてしまい、申し訳ない」
「いやあのホントすんませんっした!」
冒険者達が一斉に土下座を始め、私は困惑する。
「え、え? いや、そこまで謝らなくても……」
「難易度の低いクエストとはいえ、アンタはか弱い極運の女の子だ! アンタのおかげでこんなにドロップアイテムと蜂蜜が手に入った! これらを売って俺たちは今日の飯代と宿代を稼げる! アンタにはホントに感謝してるし、見捨てられたくねえんだ!」
パーティーリーダーは深々と頭を地面にこすりつける。
「頼む、これで懲りずにこれからも俺たちに力を貸してくれ! 今回は本当にすまなかった!」
「頭を上げてください! 私なら大丈夫ですから!」
「だって……アンタ、泣いてるじゃないか。かなり痛かったんだろう?」
私の頬には涙が伝っていた。
「たしかに、痛かったのもあるんですけど……私、嬉しいんです。ここに来る前の世界では、こんなに自分を必要とされること、なかったから……」
「レディ……」
私の言葉を聞いて、エルモードさんは痛ましい表情を浮かべる。
「またクエスト、誘ってください。私自身は何も出来ないけど、私の極運が皆さんの助けになるなら、いくらでも力をお貸ししますから」
「ありがてえ……ありがてえ……」
逆に冒険者達が泣き出す始末であった。
こうして、私のはじめてのクエストは成功し、私達は大量の蜂蜜をギルドに持ち帰って受付嬢に驚かれることになる。
「あのパーティーの人達、沢山報酬がもらえてよかったですね!」
「僕たちもゲストとして少しもらいましたし、これで今日の宿代くらいは払えるでしょう」
「そうだ、私、宿をとらなくちゃいけないですね」
「僕の泊まっている宿をご紹介しましょう。まだ空き部屋はあったはずですから」
「いいんですか? ありがとうございます」
私の手には、金貨の詰まった革袋がある。このゲームの世界では『マニー』と呼ばれる、この世界の通貨だ。
エルモードさんに案内され、宿屋に着く。どうやら一階は酒場と食堂になっており、二階部分が宿のようだった。
チェックインを済ませると、偶然にもエルモードさんの隣の部屋だった。……極運って、こういうことにも作用するのかな。
「レディ・アヤメ。お願いがあるのですが」
部屋に入ろうとすると、エルモードさんが呼び止める。
「なんですか?」
「良ければ明日、一緒に買い物に行きませんか?」
――それは、私の誤解でなければ、デートのお誘いだった。
〈続く〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます