ラピスラズリ王国編
第2話 不運な私が『極運』に!?
私、
――死んだはず、なんだけど。
頬に風を感じて目を開くと、何故か草が生えているのが見えた。あれ? 私コンビニの中で死んだよな?
身体を起こすと、包丁で刺された箇所も痛みどころか傷さえない。ジャージに穴も開いてない。
周りを見渡すと、どうやらだだっ広い大草原に一人で寝ていたらしい。コンビニも、コンクリートの道路もなく、街の中ですらない。
ここが死後の世界なのかな? じゃあそのへんに三途の川でも流れてるのかしら。
キョロキョロと辺りを見回して川を探していると、草原の向こうになにかのシルエットが見えた。
人間……にしてはシルエットの形がおかしい気がする。かといって普通の動物でもあんなのは見たことがない。
やがて『そいつ』はこちらに気づいたようで、猛烈な勢いでこちらに向かって走ってくる。
牛の頭。筋骨隆々としたマッチョな男性の胴体。両手で大きな斧を持ち、足は馬の四足。
――ミノケンタウロスだ。
私がやっていたゲーム――『ワールド・オブ・ジュエル』で見たことある。魔王が生み出す魔物……端的に言えば、人間の敵だ。
普通は人間のキャラクター二~三人がかりでやっと倒せる相手――要は、装備品がジャージのみで武器もない私が勝てる相手ではない。
包丁で腹をぶっ刺された次は斧で真っ二つかぁ~。神様はよほど私が嫌いらしい。それとも、ここはやっぱり死後の世界で地獄に落ちたとかかな?
腰を抜かして立てない私を見下ろし、ミノケンタウロスは両手で斧を振り上げる。
あ、これ死んだわ。
二度目の死を覚悟してギュッと目をつぶった私のまぶたの中を、眩しい光が走った。
「……?」
恐る恐る目を開けると、ミノケンタウロスと私の間に、誰か――男性が立ちふさがっていた。
陽の光を受けて白くまばゆく輝く鎧と、キラキラの金髪。
手に持った剣には白い電流がほとばしっている。
「誰……?」
「ごめんよ、自己紹介している暇がなさそうだ。まずはコイツを倒してからお互い親交を深めましょう、レディ」
れ、レディ……。
金髪だし外国人なのだろうか、女性の扱いにこなれている感じがする。
しかし、ミノケンタウロスは獰猛で攻撃力も移動速度も高い。ブフゥ……と鼻息を鳴らし、どうやらターゲットは鎧の男に向いたようである。
私は必死にゲームをプレイした記憶を思い出す。このモンスターの弱点は――。
「お、お兄さん! ミノケンタウロスに斧を振らせて! 振りかぶったときに一瞬動きが止まるから、その隙に攻撃を叩き込んで!」
「了解」
鎧のお兄さんは初対面の私の助言を素直に聞き入れてくれた。
お兄さんはミノケンタウロスに斧を振らせながら、さりげなく私と魔物の距離を遠ざけてくれる。
やがてしびれを切らしたミノケンタウロスは斧を上に振りかぶる。人間に当たれば大ダメージ、地面に当たっても衝撃波で範囲攻撃になる厄介な相手だ。
しかし、これが最大のチャンスでもある。
鎧のお兄さんは――攻撃が、見えなかった。
まばたきしている間にミノケンタウロスの背後に立っていた――と思うと、ミノケンタウロスは胴体が真っ二つになって消滅した。
――え、何? 何をしたの?
動揺する私を尻目に、お兄さんはドロップアイテムを拾っていた。魔物が落とすアイテムなのだが、私がやっていたゲームよりもアイテムの量が多い気がする。
「半分いるかい? 僕は荷物がいっぱいで持ち帰りきれそうにない」
「あ、いえ、私、荷物袋も持ってないんで……」
「言われてみれば、君、なんで危険な魔物が出てくる街の外にいるんだ? 荷物を持ってないってことは旅人ではなさそうだし……うーん、でも街で見たことない顔だし、不思議な服を着ているね」
お兄さんが首をかしげると、長すぎず短すぎない金髪がサラリと揺れる。
「ええと、この服はジャージと申しまして……」
「じゃーじ……? 知らないな。外国の衣装なのかな」
「……あの、つかぬことを伺いますが、ここは何という国でしょうか」
「ラピスラズリ王国だよ」
――ああ、予感的中だ。
ラピスラズリ王国。
私がプレイしていたゲーム『ワールド・オブ・ジュエル』に出てくる国の名前だ。
私、大好きなゲームの世界にいるんだ。
それは、神様が死んだ私にくれた最初で最後のプレゼントなのかもしれなかった。
「……なるほど、君は異世界から来たマレビトなんだね。じゃあ私……いや、僕と一緒に来るといい。この近くに大きな街があるから、そこでどうするか考えよう」
私が事情を説明すると、彼にはとても信じられない話だろうに、鎧のお兄さんは私の話を信用してくれた。
あまつさえ、街まで案内してくれるという。
この世界に来た途端、イケメンに出会って助けられるなんてツイてるぞ、私。
「……ああ、名乗り忘れていたね、申し訳ない。僕の名前はエルモード」
「わ、私はあやめと申します」
「アヤメか……ふむ、この国には馴染みのない、異国情緒あふれる語感だ」
「はあ……」
『ワールド・オブ・ジュエル』にはいくつか国があって、そのうちの一つがラピスラズリ王国だ。たしか和風の国もあった気がする。そこだったら多分メジャーな名前だろうな、あやめ。
私はエルモードさんと会話をしながら徒歩で街に向かっている。
「ところで君は、マレビトだから職業とかないのかな? 少しパラメータを見せてもらってもいいだろうか?」
「え、どうやるんですか?」
「『パラメータ』と唱えるだけさ。君の世界だとそういう概念もないのかな?」
「ゲームにならありますけど……」
「げえむ、とは……? いや、それより今はパラメータだ」
私は恐る恐る「パラメータ」と呟く。
すると、空中にパラメータ画面が開いた。
……ホントに、ゲームの世界なんだ。
そして私は、自分のパラメータの弱さに愕然とする。
「攻撃1、防御1……うわ、私、村人より弱すぎ……?」
「いや……なんだこれは、運が999……!? こんな数値、ありえない……!」
驚愕の表情を浮かべるエルモードさんの視線を追うと、たしかに『運:999』と表示されている。
「ホントだ、運だけカンストしてる!?」
「運のパラメータはアイテムなどである程度底上げすることは出来るが、それでもこんな数値にはならない。君は『
「極運……?」
「極限まで運を高めた者だけが辿り着ける境地。賢者になるより難しいと言われているが、僕もこうして出会ったのは初めてだ」
そうなの……?
たしかに実際のゲームでもパラメータを上げるアイテムはあるが、運のパラメータをカンストするまで上げることは課金しない限り難しい、というか、そんなことをするプレイヤーはなかなかいない。よほどのふざけた遊び方でもしない限りは。だってゲームで運のパラメータを上げたところで何か意味あるの? って話だ。ゲームによって効果は様々だが、どれも攻撃や防御をおざなりにしてまで上げる価値はない。
『ワールド・オブ・ジュエル』での運のパラメータの効果は……なんだっけ。攻略サイトとか見ても「無理してまで上げる意味はない」って書いてあった気がする。
その『極運』ってそんなにすごいのかなあ……。
だって、目の前のイケメンがキラキラした目で私を見ているから。たしかに珍しいんだろうけど……。
「で、でも、運がいいってだけで戦力にはならないのでは……?」
「さあ、どうだろう。少なくともパーティーに加えるだけでドロップアイテムや経験値、マニーなどが増えると聞くが、なにせ会ったことがないからね……。ああ、街が見えてきたよ」
じゃあ、さっきの戦闘でドロップアイテムがたくさん出てきたのも、私の運の効果……?
そう考えながら、目の前の街の門を見る。
――ラピスラズリ王国領地、ガーネットの街。
「ここまでモンスターに出会わずに済んだのも、君の運のおかげかもね。ひとまずギルドに行ってみよう。なにか分かるかもしれない」
エルモードさんはウィンクしながら私の手を取ってギルドまでエスコートしてくれた。
ギルド。ゲームによってはプレイヤー同士のグループを指すことが多いが、『ワールド・オブ・ジュエル』の場合は、まあ役所みたいなものだ。クエストを受注したり、クエストを達成したら報酬がもらえる、そういった手続きができるところ。プレイヤー同士のグループは『チーム』と呼ばれて区別されていた。
――さて、ガーネットの街、ガーネットギルド。
「えっ、極運……!? この方が!?」
「ああ、パラメータを見せてもらったから間違いない」
ギルドの受付嬢が口に両手を当てて驚き、エルモードさんは神妙な顔でうなずく。
周りにいた冒険者は物珍しそうな顔で私をジロジロ見る。珍獣にでもなった気分で恥ずかしい。
「極運だって!? 俺たちのパーティーのゲストになってくれないか!?」
「俺たちも! 欲しいレアアイテムがなかなかドロップしなくてな……」
「ゲスト……?」
「パーティーのゲストになると、クエストの報酬が二倍多くもらえるんだ」
身を乗り出して私を勧誘する冒険者達と、戸惑う私にゲストの仕組みを説明するエルモードさん。
いや、ゲストの仕組みは知ってる。ゲームやってたから。でも。
「そんな、私攻撃力1ですよ!?」
「アンタはいてくれるだけでいい! 俺たちが全力でアンタを守る! 極運ってのはそれだけの価値がある逸材なんだ!」
なんということでしょう、現実世界では『穀潰し』と罵られていた私は、あっという間に冒険者たちの姫、いや女神に担ぎ上げられた。これが姫プってやつですか。最高ですね。
とりあえずゲストになるためには冒険者にならなければならないので、そのままギルドの受付で冒険者登録をした。この世界では冒険者登録は身分証明にもなっていいらしい。
「私が冒険者なんて、大丈夫かなあ……」
「僕もサポートするから大丈夫」
「えっ、エルモードさんもついてきてくれるんですか!?」
「ゲスト報酬も目的だから気にしないで。さあ、冒険に出かけよう」
金髪のイケメンが微笑みながらエスコートしてくれる。なんかこの世界に来てから、現実世界での不幸が嘘のようだ。
夢なら覚めないでそのまま死んでいてほしい。
というわけで、私とエルモードさんはとある冒険者達のパーティーに混ぜてもらって、はじめてのクエストに向かうのであった。
〈続く〉
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