第9話 女の子は謝ってほしいだけなんだよ? とか言われても困る
魔法のキャンディーで大人の姿になった私が、お兄ちゃんを喫茶店に呼んだのはその次の日のことである。愚痴に付き合う体でお兄ちゃんの彼女さんから事情は大体聞いた。有り体に言えばイヌも食わない類のつまらない喧嘩である。
「へぇ……彼女さんと喧嘩しちゃったんですね」
クソウケますわね~↑↑↑↑
笑いが止まらなくってよ~↑↑↑↑
内心大爆笑している私とは裏腹に、お兄ちゃんは雨の日に捨てられた子犬みたいにしょぼくれている。見ているこっちまで悲しくなってしまうわね。すぐにその心の隙間埋めて内側から私の色に染め上げちゃうんだからね!
「ええ、一体何が悪かったのか……」
でも駄目だ。でもまだだ。それでも笑うな二階堂ゆみ。
私は口元を抑え、わずかに表情を緩めるだけに抑える。
「私も覚えがあります。案外原因はつまらないことだったりするんですよね」
「ええ……まぁ」
具体的に言うとお兄ちゃんが着替えを脱ぎっぱなしにするいつもの癖に対して、あの女がちょっとご機嫌ナナメだっただけだ。それでどうやって喧嘩に発展するのかなんて私にも分からん。具体的にあの女からLINEで全て聞いているが正直本当にどうでもよくてちょっと戸惑ってる。
「でも、不安になっちゃうのは一緒だ」
「……はい」
「何時も年下の女の子の面倒を見てるの。大変じゃありません?」
「はい……」
やっぱり。大変そうだと思ったわ。
\今 楽 に し て あ げ る !/
「よしよし、偉い偉い。お姉さんが褒めてあげます」
「子供扱いしないでくださいよ」
思わず笑い声が漏れる。
目を細めたまま頬杖をつく。
「あら、じゃあ大人扱いしていいんですか?」
顔を赤くしちゃって可愛いお兄ちゃん。
踊ってるわ。私の掌で踊ってるわお兄ちゃん!
「からかわないでください。大人扱いしたら……どうなるんですか」
「あら、知りたい?」
完璧だわ。言っておくけど既に他の女と一対一で会っている時点で詰んでるのよお兄ちゃん。分かっていただけるかしらお兄ちゃん。所詮は十九歳、今年やっと二十歳になるおこちゃまってことね。十年の時を経た気分になっている私の大人の魅力には勝てない。知っていたわ。
「そういうの……良くないと思います」
「うふふ、ごめんなさいね。お礼にお食事に誘ったのに怒らせちゃったかしら」
「いえ、別にその……あの」
「どうしたの?」
「俺、どうすれば良いと思います? 俺から謝るのもなにかこう、違う気がするのですが……」
つまらない事で喧嘩してしまった。けど自分から謝るのも嫌だ。よくある話で真面目な話だ。人間も人間の繋がりも脆いからこういうので簡単に砕けるもんね。
だって私が今砕こうとしてるし~!
「そうね……」
かつて私が発見したお兄ちゃんの持っているエッチな漫画だとまあ都合の良い事を言って、良い感じになって私の目的である既成事実の発生まで持っていっていた。けど、多分、お兄ちゃん馬鹿だけど勘が良いから気づかれると思うんだよね。
ピッピー、はいそこでこれからお兄ちゃん洗脳RTAを始めます。
お兄ちゃんが頭良いから下心に気づかれる問題なんだけど、ここで既成事実の発生まで狙いません。代わりにお兄ちゃんのママになります。そもそもお兄ちゃんの彼女の座を奪うよりも清い関係のままお兄ちゃんのママになってその立場からあの女に殴りかかり、代わりに二階堂ゆみを
「サトル君はちょっとだけ我慢しましょう。サトル君はお兄さんなんですから」
「普段はまあそうやって問題を回避していたつもりなんですが……」
「そうでしょうね。それを続けると我慢が限界に来るんですよね。なのでお姉ちゃんに甘えて良いことにします」
少しだけ顔を近づけて囁く。
「頑張っているサトル君へのご褒美です」
普通ならやりすぎたかもしれないが、まあ私の顔はお兄ちゃんの初恋らしいママの顔なので、お兄ちゃんの弱った心はこれで握りしめることができます。あとは捕まえた心を屈服させ服従させ支配します。
「エミさん……」
とはいえこれだけだと不安なので、実はこの前パパから借りた媚薬もこっそり持ち出してきました。作用時間は短く、効果も秘められた欲望の解放なので、これ単体だと大した効果は期待できませんが。しかし今のお兄ちゃんの欲望の内容は年上のお姉さんにママを求めたいになるのでこれが効きます。
「君みたいな子を見ると応援したくなるのよね」
お兄ちゃんが視線をこちらに奪われている間に、この前の媚薬をお兄ちゃんの飲み物に仕込みます。これはちょっとした
「……分かりました。俺、まずは自分から謝ってみることにします」
「それが良いわね。付き合ってるんだからなあなあで済ませることだってできるけど、全部なあなあで済ませているといつの間にか負債が貯まるもの」
「負債ですか?」
「なんかこう、心にね。付き合ってるから良い雰囲気の間に上手いこと言えば多少返済は楽になるけど、言わなければ貯まり続けるから」
「エミさんは……大人ですね」
「ええ、そうよ。だから私にいつでも頼ってね」
そう言ってゆっくりと自分のお茶を飲む。目の前の相手が飲み物を飲めば、それに誘われるのが人間というもの、お兄ちゃんもお茶を飲む。よし、
これでお兄ちゃんは……。
「――ッ!?」
急に身体が熱くなる。
私の身体を大人にする青いキャンディーの効果が解ける時の感覚だ。
けれどもおかしい。何回か実験したけど、こんなに早く効果が解けることはなかった。待って、待って待って待って。何が起きてるの!?
こんな筈じゃ、こんな筈じゃ……!
「エミさん?」
「ちょ、ちょっと失礼するわね」
慌てて多目的トイレの中に駆け込む。一体何が起きているのか全く分からない。
身体はゆっくりと縮み始めている。服のサイズが合わない。鏡に映る顔はどんどん幼くなっている。予備に持ってきていたキャンディを慌てて口に含む。効果がない。
「ど、ど、ど……!?」
どうしようもない。なんで? なんでなの? なんで子供に戻っているの!?
「どうしてこうなるのよ~!?」
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