第7話 ヤバい女が現れた! ヤバい女は仲間を呼んだ!
私はお目当てである駅前の人通りが多い地区に辿り着くと、お兄ちゃんと私のスマホに存在するGPS機能を利用して、お兄ちゃんが通るタイミングを見計らい駅前をウロウロしていた。
道に迷った美女。悪い男が声をかけてくるに違いないわね。でも好みのタイプの男の人に声かけられちゃったらどうしよう。好みのタイプの男の人はこんなところで私に声かけないわね。私ったらお馬鹿さん。
「お姉さん、神の教えに興味はありませんか! ありますよね! そちらの喫茶店で良ければお話聞いていかれませんか????? 聞いてくれますよね!!!!!!」
「は????」
ナンパじゃねえのかよ。
と言い出したくなったがグッと抑えて、まずは声をかけてきた女に微笑む。
質素な服装でお肌も荒れている。きっと苦労しているのだろう。まあやべぇカルトでも信じられるものがあるだけ幸せな人生って感じの面ね! でなきゃ他人に迷惑かけて回りそうな人種だわ! 可愛い私に声をかけてこないで欲しい! お前と縁を作りたくない! でもまあ良い使えそうだからお前で我慢してやるわ!
「え、あ、あの……神、ですか?」
「そうです! 今、神の教えパンフレットを配っているんです!」
「ええ……?」
パンフレットを受け取りながら自信なさそうに背中を丸めて戸惑う素振り。それからパンフレットをななめ読みしてみる。
これでこのカルト女も私がカモだと思い込むだろう。
「創世神アザトース様、ですか」
「ええ、この世界を作った偉大なるお方です! この世界はその御方が見ていた夢に過ぎないんですよ!」
「えぇ……そう、なんです? そういう教えなんですね」
まあ最初は話を聞く姿勢だけ見せてやろう。こういうタイプはそういうのに飢えている。
「この世界における疫病の流行、経済の遅滞、異常気象、地殻変動、治安崩壊、諸々の災厄は全て創世神が引き起こしたことなのです。最近、SNSでアップされている怪物のいたずら画像もあれは全て本物! だけど警察は動かない! そういうものも創世神に連なる存在が力を働かせているせい! 辛いことは全て神のせいなのです。神がこの世界を夢見ているせいで我々が存在し、我々が存在するから我々は苦悩する。つまり神の夢が終われば我々は苦しまなくて済むのです。存在の痕跡すら残さず綺麗サッパリと居なくなれるので! 私も永遠の平穏を目指してるんですぅ~!」
「そうなんですか……すごいですね」
暗記した文章を言わされているだけだな。本気で勧誘をするつもりの活動ではない。街角で暗記したアブナイ文章を言わせることで一般社会との交わりを断って、入ったばかりの信者の依存先を教団に限定するありがちな手法だ。
スマホの画面をこっそりと覗く。もうすぐお兄ちゃんがまた此処を通る。もう少しこの女を引き付けてからお兄ちゃんに助けを求めよう。
「おや、そちらの方はもしかしてアザトース様の教えに興味があるのですか?」
「あ、先生! こちらの方が先生と是非お話したいそうです」
「げ」
やべー奴が二人に増えた。しかも今度はガタイの良い男だ。私、ピンチじゃん。もはや幼女ではないがか弱い乙女だぞ?
「それは素晴らしい!」
最悪わよーっ!
などとは言えず、ゆっくりと息を吸い、吐き出し、もう一度吸う。
「えぇっとぉ……」
「ささ、それでは是非こちらに――」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアア! やめてください! 離して!」
絹を裂くような
そして! 悪は! 裁かれる! 魔女狩りの時間だぁ! 死ねっ! 無辜にして蒙昧の愚民どもぉ! 我が家は清く正しい魔女の家系! 魔女裁判のプロだ!
「姉さんに何をするんですか」
私の悲鳴を聞きつけて駆けつけてきたぞお兄ちゃん! バイト用のバッグを抱えたままで迷う姿勢すら見せなかった! 人間ができてるよねお兄ちゃ~ん♡
「弟さんですか? いえ、あのですね」
カルト女が余計な事を言う前に、お兄ちゃんにこの私の成長した美しく豊かな体をこれでもかとわざとらしく押し付ける。カルト女、お前は一生騙されて食い物になりながら生きて死んでくれ。ありがとう。命にありがとう。ありがとう養分女。
「あ、あのね! この人たちがしつこくて! 助けて~!」
さあお兄ちゃん、私を異性として意識しろ。うわっ、近くで顔を見たら思った以上に美人じゃん最高って思ってくれ。更にドン、お兄ちゃんに顔も近づけちゃう。あっ、近くで顔を見ると格好良いなあお兄ちゃ~ん♡ 眼鏡似合ってる~♡
「姉に近づかないでくださいますか。さ、姉さん、行きますよ」
「は、はい……!」
お兄ちゃんは私の悲鳴を聞いて集まってきた野次馬共の群れを二つに割って、私を人目の少ない場所まで手を引いて歩く。カルト教団の連中も野次馬たちの気配も居なくなったところで、お兄ちゃんは一つ大きくため息をつく。
「ふぅ……お怪我はありませんでしたか?」
「は、はいぃ……」
「もう少し歩きましょう。もうすぐ交番ですから」
好きすぎるわ。無限にラブがこみ上げてくるわね。でも私だと知らずにやっているんだから、お兄ちゃんはどんな女でも見境なく声をかけているってことになるのかな。それってちょっと悲しいかも。
「あ、あの……ありがとうございました」
「いえ、ご迷惑でなかったのならば何よりです」
「さっきの人たちがうろついているといけません。このまま交番までお連れします」
多分バイト中なのにさらっとこういうこと言えるの本当に好きだわ。おとぎ話の王子様か? 顔だけならお兄ちゃんよりも良い男は偶に居るけど、やっぱり紡ぐ言葉の一つ一つから自然に気品がにじみ出ているような気がするわね。
ああ、でも、どんな女にもこんなこと言ってるのかな。駄目よ、作戦中よ。まずは想定通りの行動をしないと。
「あ、ま、待ってください! あの、あ、厚かましいのですがこの後お時間ありますか?」
「時間ですか? 申し訳ない……この後、先約がありまして」
「ではせめて連絡先だけでも。その、お礼をしたくて……駄目でしょうか?」
普段よりお兄ちゃんに近い距離から上目遣い。こういう時、すっぴんじゃなくてよかったと思う。メイクは心臓が破裂しそうなのを見透かされない為のおまじないね。
「お礼? お気遣いは無用と言いたいところですが……あはは」
あっ、お兄ちゃんもちょっとはドギマギしてるな? これは普段なら断るんだけど、私の美貌には敵わねえよなあって面だな。か~っ、あざといなあ。お兄ちゃんを弟にできれば完璧に洗脳教育できたのにな~でもそんなことしたらこの奇跡のバランスが崩れたかもしれないもんね~!
「LINEでよろしいでしょうか?」
ほら、ダメ押ししたぞ。お兄ちゃん! 私の理想のお兄ちゃんなら女の子に恥は欠かせないよねぇ! お兄ちゃん! まあ理想のお兄ちゃんなら浮気もしてほしくないが、この際かまってられねえ! 道を踏み外せお兄ちゃん!
「ええ」
っしゃあ!
お小遣いで買ったプリペイドSIMを入れた中古のスマホを取り出し、お兄ちゃんの連絡先を素早く交換する。私の方は勿論偽名だ。お母さんの名前を少し変えただけ。
「海藤エリです。サトルさんって言うんですね」
「ええ、二階堂サトル」
「サトルさん。なんで助けてくださったんですか……あっ」
あっ、あっ、ま、まずい。なんで、私、こんなこと。
ポロッと言ってしまってから後悔する。
いきなりこんなことを言ったら、お兄ちゃんに引かれちゃう。
折角、私、一生懸命“都合が良い展開”を作ってたのに。手順も整えたし、犠牲も押し付けたし、あとは結果を出力して、大人の私でお兄ちゃんをメロメロにするだけだったのに。
私、何を言ったの!?
「ああ、それは――似ていたものですから」
「似ていた?」
「こんな事言うと変に聞こえちゃうんですけど、お姉さんが、昔好きだった人に似ていたものですから。気づくと、身体が動いてて」
恥ずかしそうに咳払いをすると、お兄ちゃんはまたキリッとした表情に戻る。
「では、約束の時間が近づいてきたので失礼します。一応さっきのこと、そこの交番に相談すると良いですよ。何か証言する必要があればお手伝いしますので、何時でもご連絡ください」
お兄ちゃんは足を止めた私を置いてまた歩きだす。近くには交番もあるし、地下鉄もある。こっちを振り返ってはくれない。昔好きだった人、か。そうか。そうかそうかそうか。それは素敵だね。
「ふふ、うふふ……」
言わないけれど、私、ずっと昔から知ってるよ。お兄ちゃんの初恋の人。お父さんには内緒だもんね。私、似てるのかな。似てるなら、代わりになれるかな。私、代わりになりたいのかな。分からないけど私、ちょっと嬉しいな。
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