ちいさいあきみつけた

作者 神代 恭子

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  • ちいさいあきみつけたへのコメント

    TwitterのRT企画から来ました。

    匂いとは、人の記憶の中で一番強い記憶だそうです。
    焼き芋の香りと、ちいさなあき。

    おかあさんにとっては何度秋が来ようと、あきちゃんは小さいままなんですね……。

    おかあさんが秋に焼き芋を焼き続ける限り、あきちゃんはお母さんに寄り添い続けます。
    読んでてジンとなりました。
    本当に、いい物語でした。

    作者からの返信

    お読み頂きまして、また、いい物語と仰って頂いてありがとうございます。
    以前に、「彼岸の方々は香りを食べて生きている」と聞いたことがあります。
    なので、「いいにおい」のするものがそのまま「美味しいもの」なのだそうです。
    だから、あきちゃんにとってお母さんの焼くおいもは、本当に「おいしい」のだろうなと思っています。
    ささやかでちいさな「あき」の庭の風景と、その風景の向こう側に思い馳せて頂けたなら、大変嬉しく思います。

    2020年12月22日 00:18

  • ちいさいあきみつけたへのコメント

    こんにちは、辰井圭斗です。先日は自主企画「辰井・柴犬講評広場」にご参加くださりありがとうございました。

    ミニマムないい童話だと思いながら読んでいました。ことばの使い方も一貫性があり、作品全体の雰囲気から違和感を持つようなことばが一つも無かったのは、神代さんの腕の確かさを示しているように思います。なかなかできることではありません。色彩もきれいですね。“今日はちょっとさむいけど、とてもいいお天気で、空はとてもきれいなみずいろです”のところでまずいいなあと思いました。そういえば、子供の頃空を青ではなく水色ととらえていたよななんてことを思い出しつつ、秋の空がよく表現されていると思いました。その後も“赤いはっぱ、黄色いはっぱ、茶色いはっぱ、はい色のかれえだ”、“白いマッチの先が、ぽっとオレンジ色の火にとってかわられました”など色の表現が印象的で、子供の頃の世界のものの色を一つ一つ確かめながら見ていたような、そんな感覚を思い出しました。

    もうこの時点でとてもいい童話で、やきいもを食べるだけのミニマムな話だけれどもいいなあとほっこりしながら読んでいたんですが、終盤に入って息を呑みました。慌てて前の方を読み返して、確かにその設定でもお母さんのセリフが成立していることにおののきつつ最後まで読みました。登場人物の一人が実はこうでしたという話を読むのはこれが初めてではないのです。だから「こういうパターンか」と冷静に見ることもできるはずなのですが、この作品の場合純粋に「すごいものを読んだ」と思いました。理由を考えてみたのですが、やはりそこに至るまでのあまりに丹念な童話の世界があってこそそう思ったのだと思います。決して珍しくはない話の設定であるにも関わらず胸を突かれ、またその設定が単に物語の意外性を作るといった小手先のものではなく、物語全体と確かに結びついているということが好ましかったです。

    講評企画をやっていてよかったと思うのはこういう作品を読んだ時です。読ませてくださりありがとうございました。

    作者からの返信

    丁寧な御講評を賜り、誠にありがとうございます。
    また、望外なほどにお褒めの言葉を頂けたこと、恐縮するとともに大変嬉しく思います。

    この話を書くときにまず真っ先に念頭に置いたのは、童話という「体裁(ジャンル)」のみではなく、「実際にこどもに読ませることができそうなお話」であることでした。
    ですので、大体小学校三年生くらいのこどもが読めて、理解できるだろう言葉を、できるだけ選んで書いています。
    それもあって、「ことばの使い方の一貫性」という部分として汲み取って頂けたのであれば、此処は或いは怪我の功名かもしれません。

    色についても、クレヨンや色鉛筆に触れているこどもであれば、そういう「視覚」を持っているだろうと思い、複雑な言葉に頼らない素直な(思考と感覚が直接つながっているような)色彩になるよう書き出したつもりでしたので、それを読み取って頂いて大変嬉しく思います。

    話としては、辰井さんの申されるとおり、話の構造としても会話の構築としても、仕掛けも含めてそれ自体はありふれたものであると思います。
    けれど、その「ありふれていること」が、この話において(メタ的に)重要な部分だと思っておりまして。
    ありふれているものを書くからこそ、ありふれているものの「喪失」や「表出」を表現できる、感情に訴えることができるのではないか、と思っております。
    そしてそれが、誰かの心臓をサクリと刺すようなものであるとすれば、わたしとしては何より物書き冥利に尽きる部分であると思っておりますので、その感覚を微塵なりとも感じてもらえたのであれば、この話は書いた甲斐があったのだと思っております。

    こちらこそ、御多忙の中当方の作品をお読み下さいまして、誠にありがとうございました。
    文末ですが重ねて御礼申し上げます。

    2020年12月6日 21:19 編集済

  • ちいさいあきみつけたへのコメント

     高くのぼっていけそうな空、にこめられたダブルミーニングに戦慄しました。

    作者からの返信

    お読み頂き、また、コメントも頂戴し、ありがとうございました。
    ささやかながら、さざなみ立つ如き「おののき」を感じてくださったとのこと、読み手冥利に尽きるお言葉です。
    そして、こっそりと仕込んだ(?)些細な部分にお気付き頂いて嬉しいです。
    それが最初と最後の反復でもあるのもつまり、それを示唆する感じにしたかったからなのでした。

    2020年9月11日 00:28

  • ちいさいあきみつけたへのコメント

    自主企画にご参加くださいましてありがとうございます。(≧∀≦)

    途中からとても切なくなりました。子をいつまでも思う親の気持ち、母親をずっと大好きな子供の気持ち。

    あきちゃんが亡くなってしまい、存在が見えなくとも、時々こうして存在を感じられることは良かったなと思いました。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    完結というか読み切りもので短編であるので、ああした自主企画に参加させて頂ける機会があるのはとても嬉しく、また非常にありがたく思います。

    ささやかな、ちいさな秋の日のお話ですが、何かしらお心に抱いて頂けるものがありましたなら幸いです…!

    2020年7月8日 23:16

  • ちいさいあきみつけたへのコメント

    自主企画に参加いただきありがとうございました。
    母子のほほえましいおちばたきだと思っていたら。
    あきちゃんが亡くなっていたとは悲しいです。
    お母さんにあきちゃんは見えませんが、あきちゃんがそばにいることを少しなりとも感じていられるようで、よかったなと思います。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます!
    たとえば、もう会えない・見えないのだとしても、それで心が隔たってしまうわけではないと、信じたくて願いたくて書き綴ったお話でした。
    人の心の機微を情景に託して書くのは、とても難しいなと思っていますが、こうして読んで頂いて何かしら感じて頂けたなら、書いた甲斐があったと報われる心地です。

    2020年6月18日 23:11

  • ちいさいあきみつけたへのコメント

    切ないですね。
    人は忘れられて2度死ぬと言われてますが
    あきちゃんのお母さんは忘れる事はなさそうですね

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    お母さんがあきちゃんのことを思い出さなくなるときがあるとすれば、それは、思い出す必要がないくらいそばにいることができるようになるとき、かもしれないなぁと思ったりします。

    2020年6月14日 03:08

  • ちいさいあきみつけたへのコメント

    うわーん(泣)!!まさかの展開に、どきりとして泣きました。あぁ、でも、見えないけど傍にいてくれてるのですね。
    おちばでおいも、したことがないので、あこがれです。
    ちょっとよくばりさんだったあきちゃんに、おいしい焼きいもがきっと届きますように。
    ありがとうございました!

    作者からの返信

    コメントありがとうございます! 
    ごくささやかな、小さな幸せと小さな悲しみと、小さな驚きを情景に織り込んでみようと思って書いたものでした。
    失われてしまったものが、けれど見えなくても傍にいてくれたらいいな、という願いもこめてあります。
    そして、あるひさんが「見てくださった」ことで、おいしい焼きいも、きっと届きました! 読んでくださって、重ねてありがとうございます!

    たき火のおいも、自分の手で焼くとおいしさもひとしおなので、機会がありましたら是非お試しくださいね!

    2020年5月31日 23:37 編集済

  • ちいさいあきみつけたへのコメント

    秋の匂いのする、素敵なお話しでした。

    心温まる物語をありがとうございます。

    作者からの返信

    はじめまして。
    コメントありがとうございます。
    話中、何が起こるわけでもなく、ただ其処にある、緩やかに過ぎる時間を切り取るつもりで書きました。
    掌編のほんのひととき、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

    2020年4月29日 10:51