第30話 ジェイコブへの報告

「リュウタ! ははは! チーズバーガーを食べて報告を心待ちにしてたよ! そうさ! 私はいつも地球から君を見守ってる! あむあむあむあむあむあむあむあむ、このうまいバーガーを君にも食べさせてやりたいな!」

「……」

「ところでどうだい? 宇宙の調子は? 宇宙人が地球に来た理由は何かわかったかい? うひ、うひ、うひひひひひひひひひいいひひひひ。宇宙は広いからな。なぁ、教えてくれよ少年。君ばかり楽しんでずるいぞ。私たちは待ちぼうけかよ。食えない奴だな。へぇ、それは初耳だ! どういうことなんだ少年! 教えてくれよ! へぇ! リュウタ! それはすごいことだ!」

「……」

「ずるいぞ少年。教えてくれよ。私たちは待ちぼうけかよ。食えない奴だな。うひ、うひうひうひうひうひうひ。宇宙は広いからな。それは初耳だ! どういうことなんだ少年! 教えてくれよ! それはごごおおおおおおおおおおおおおお」



 * * *



 その時、俺はサラに連絡していた。俺の必至の剣幕にうろたえた様子でサラは対応してきた。そんな彼女にも構わずに、俺は勢いのままにまくし立てる。


「ジェイコブはどうしたんだ!? ジェイコブに代わってくれ!」

「おちついてリュウタ。ジェイコブは居るわ。ちゃんとここに!」

「だからジェイコブに代わってくれよ!」

「生憎だけれど……こことジェイコブのいるオペレータールームは完全に分断されてるの。プロジェクトの最中は二つの棟の行き来は完全にできないようになってる」

「くそっ」

「それだってあなたのためよ!? あなたの話したことを何があってもオペレータールームに漏洩しないようこっちも最大限考慮しているの! 悪いけど私が今、ジェイコブに代わることはできないわ! ジェイコブに発信して!」

「それじゃあ……だめなんだよぉぅ……うう」


 俺はうな垂れたまま茶の間へと戻ってきた。相変わらず小野田はゲームをしてた。


「リュウタ。見ろ。宇宙人が人間の言葉を話してるぞ」

「……」

「こいつもやっと、地球の文化に慣れてきたみたいだ。よかった、これでスパルバードの映画に出てくるシワシワのやつみたく扱われなくなるな」

「……」


 小野田がプレイしているゲームは、随分前にやっていた宇宙人を育成するゲームだ。あれからずっとプレイしててエンディング間近になった。彼はクリアするつもりみたいだ。小野田は俺の姿に見かねた様子でいう。


「……たとえジェイコブとかいう君の上司が死んでいても、君が良心を痛める必要はないさ、君はただ粛々と任務を全うすればいいんだから」


 俺はハッとして、顔を持ち上げた。そして、いよいよ小野田を凝視する。


「ちょっと待てよ……ちょっと待て!」

「どうした?」

「今いったこと……お前、どうして俺の思ってることがわかったんだ!?」

「……」

「だっておかしいじゃないか! 俺……一言もそんなこと話してないだろ?」


 小野田には一言も話してない。勝手にひとりで悩んで。心で思ってただけなんだから。


「リュウタ……」

「うるさい! お前は人の心をよむ力を持っててそれを隠してたんだ! ずっと!」

「俺は話したはずだぞ、ロードリウス器官が聴覚補助の役割を果たしていると」

「それでも人の心を読む機能じゃないって!」

「そう単純なものではないといったまでだ。確かに君にわかるように端折った分、言葉足らずになったことを反省すべきだが」

「俺越しに、……地球を盗み見たのか?」

「なかなかの想像力だな。確かにそうだ。オペレーターの意思を断片的に読み取って君達組織の背景や、私が今ここにいる目的など不明な箇所を補完したまでだ」

「なんでそんなことをっ!」

「私が……記憶喪失だからだ」

「は?」俺は思わず呆気に取られた。「記憶喪失……だって?」

「ああ。だから、君の気持ちも。体験として共感できる。右も左も疑わしくなる感覚。実際、宇宙には方向などはないがな」


 六畳間の和室に奇妙な緊張感が立ち込める。小野田は、しばらく逡巡した末に答えた。


「なんのことはない。私を凶暴にしたのは、私自身がわからないという知的生命体としてはあるまじき原始的恐怖衝動だったのかもしれない」

「どういうこと……だよ」

「君達人類には迷惑をかけた。これは、ある意味では私なりの罪滅ぼしでもあるという事だ……その分だけ、私は下手な宇宙人よりも君達に好意的だ。このブサイクな触手一本分程度のことかもしれないが」


 ある意味では、ジェイコブのいうことは正しかったんだ。獣座衛門がロボットハウスに居座ることを選択したこと、それは自分の記憶を取り戻すためだった。そしてそれは別に誰かと話し合って決めたことじゃない。彼自身が自分の中に取り決めたことなんだ。そこにはNSIAと獣座衛門の交わした取り決めや陰謀なんてかけらもなかった。それこそが獣座衛門がロボットハウスに居座る本当の理由だった。


「そういう……ことだったのか?」



 * * *



「ブライアン?」

「リュウタ! ダメだ! 宇宙船が手に入らなくなった! 計画は全て白紙に戻ってしまったんだ!」「え?」


 ふっと、背筋が冷たくなった。それって、どういうことだよ。


「俺は宇宙人の経済効果をダシに宇宙船を買う採算を立てるといったな? ところがだ。財務省の堅物どもは、そんな非現実的なものが実在するわけがないと、宇宙人の存在を認めなかった……説得はしたさ。けれど決定的に証拠に乏しい……」

「俺が証言する!」

「ダメなんだ。よく考えてくれよリュウタ」

「……!」

「リュウタが話したって子供の絵空事で片付けられる。百歩譲って宇宙人に喋らせるにも、宇宙人の写真を見せるのにもフィクションの領域を脱さない。決定的な証拠なんて、どうしたって用意できないんだ。唯一の可能性は宇宙人本人が姿を見せることだが……」

「ロボットハウスの中だ……」


 俺は絶望して膝から崩れ落ちた。ブライアンは続けていう。


「そうだ。絶望的だよ……何もかもね」

「宇宙船しか方法はないのかよ!」

「……アイリーンから聞いた。確かにエイムズの宇宙研究センターでロボットハウスという宇宙ステーションの設計資料が見つかったんだ」

「……!」

「もしこれと瓜二つのものならば、ステーションには独自の暗号ロックがかかっている。危ないところだった。知らなければ救出ミッションは困難だったはずだ……」

「爆弾使うとかさ?」

「とんでもない! そんなことしようものなら宇宙空間に放り出されてしまうぞ! 君が思っている以上に宇宙は恐ろしいところなんだ!」

「研修を受けたっていったろ? 俺だってそれぐらいわかってる。だけどもっとこう……」


 ブライアンは俺の主張なんて構わずに話を続ける。


「それから、そこそこ大きなブースターも取り付けられてて自立的に宇宙空間を移動できる能力も備えていることがわかった」

「じゃあ操縦して、地球に自力で帰ってくることも……!」

「残念ながら無理だ。前にいったように大気圏の摩擦熱に堪えられるボディになってない。思うに、船外作業のために作られた機能なんだろう……結局、ヒントになるようなことは得られなかった。すまない……」


 ブライアンは落胆するようにいった。きっと彼なりに色々とやってくれたんだと思う。それだけに、申し訳ない気持ちが強かった。俺はいう。


「ブライアン、ゲムギリオのこと、覚えてるか?」

「ダメだリュウタ! 彼らはロシアの――」

「ああ、宇宙の情報機関だっていってた」


 ブライアンはヒッと息を呑む。俺はいう。


「そうだよ。ブライアンと同じようにロボットハウスの回線を乗っ取ることを考えたのは他の国も同じだったってことさ」

「連中と話したのか!?」

「彼らが何者か知らないけど、俺を救出するのに十分な技術を持ってる。もっというと俺は亡命を打診されてる。意味はわかるが、具体的にどうすればいいのかは未知数なんだ。きっと俺ごと獣座衛門を囲って外部に情報が漏洩しないようにする試みなんだと思う」

「ダメだリュウタ! 早まるな!」

「決断の時は迫ってるんだ。ブライアン……もう時間がないんだよ……」


 最後まで言うと、俺はようやく重くのしかかってた肩の荷が下りたように思えた。それと同時に、やり場のない思いが込み上げてきて、思わず口から出る言葉が震えた。


「俺、今の話を聞いて思ったんだ。宇宙船のないブライアン、それからロボットハウスの構造を知らないゲムギリオ。お互い協力すれば、きっと俺達のところにたどり着ける」

「ありえない! 不可能だ!」


 ブライアンは迷うことなくぴしゃりといった。


「君の話はまったくの絵空事だ! そんなもの実現しえない!」

「……本当にそうか?」


 ブライアンは意表を衝かれたように一瞬だけ沈黙して、それからいう。


「向こうは敵国の諜報機関なんだぞ!? なんにせよ俺の独断じゃ無理だ!」

「俺の名前を出せば良い」

「……!」

「確かにあんた達は敵同士かもしれない。けれどゲムギリオって奴は俺に協力を要請してきたんだ。味方の味方は仲間だろ?」

「しかし……っ!」

「もしお互いに遭うのが難しかったら、ロボットハウスを仲介役に使ってもいい」

「……」

「ブライアン、俺は本気なんだ」

「本当に……?」

「……ああ、どう考えても、それ以外に方法はないよ」


 俺は受話器に向かって微笑みかけた。


「頼む、俺の最後のお願いを聞いてくれよ、ブライアン」

「…………わかった。負けたよボーイ。上司に掛け合ってみる。けれどあんまり期待しないでくれよ。絶望的な状況には変わりないってことだけ、肝に銘じておいてくれ」


 そうして、ブツっと、通信は切れた。

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