第27話 言語のはなし

 ゾッとして息を呑む。その時、脳内に霧散していた情報のかけらが一本の線で繋がったような錯覚を覚えた。繋がってたんだ、チャールズロペスも、そしてジェイクマースティンも。俺が知らないと思ってかブライアンはチャールズの人となりを説明してからいう。


「俺たちはいま仲間と共にそのチャールズの家へと向かう途中なんだ。それもまた奇妙な話で、ジェイクの名前が出てきたのはアリゾナにあるルート89沿線の寂れたビジネスホテルの宿泊者名簿なんだよ」

「同姓同名みたいなことはありえるんだろ?」

「確信はある。オーナーが会話を鮮明に覚えてた。ある夜、ふらふらと浮浪者のような男がホテルにやって来た。その姿格好がとても常人には見えなかった。ヤク中かってな。けれどその口調や意識は確かなものだった。大金を持ってた。荷物かばんにパンパンに詰まった。オーナーが尋ねると男は行き場を求めさまよっていた。チャールズロペスの家を探してたそうだ。今でこそ有名人だが、チャールズは当時は奇人変人としてまかり通ってた。ある意味じゃ田舎町の有名人だったわけだが、オーナーは不気味がったそうだ。そうしたら男はもう時間がない、といったそうだ」

「時間がない?」

「そして男は宇宙船を捜しているといった。できるだけ遠くまで航行できる宇宙船だとか。意味がわからない。宇宙船を捜すならNASAだ。チャールズは宇宙船は愚か、古めかしい魔術書と一緒に引き篭もってるただの変人だ。そうしたら男は、その宇宙船じゃダメなんだといったそうだ。宇宙船……もしかしたら何かの暗喩かもしれない。オーナーに問い詰めたら素っ頓狂な顔しやがった。ようするに知らないとよ」

「……」

「なぁリュウタ、どう思う? ってかこの情報だけで何か思い当たることはないか?」


 言われてみれば。だけれど曖昧ではっきりとしたことは不明だった。宇宙船を求めたジェイクは現代科学の粋を結集した宇宙船では不満だったのかもしれない。獣座衛門は数学は不完全だといった。この仮説は容易に考えられる。チャールズロペスは古い魔術書に囲まれた変人だけど俺は見たんだ。古めかしい洋館の中に近代的に機械化された応接室。あれこそジェイクの追い求めた宇宙船の正体じゃないか。獣座衛門はいった。――我々は既に正しいことを人類に授けている――と。もしかしたら、古い記録の中にこそ練磨されてない本当のテクノロジーが眠ってるんだとしたらどうか。チャールズは何もオカルトをしていたわけじゃない。誰よりも進んだ先端科学の研究の真っ最中だった。それを科学と認識できない俺達がオカルトなどと呼んで勝手に馬鹿にしているだけだったとしたら。俺はゾッとしていた。ブライアンが恐る恐るいう。


「ど……どうした?」

「わからない」

「だ、だよなぁ……俺も何がなんだか、はは、むしろ安心したよ……リュウタには何かわかってるのかと思ってさ。まあいい、そのことについてもまた追って連絡する」


 そうだ。ブライアンは宇宙人の話をした時にもずっと怯えてた。例えば地動説を唱えたガリレオが異端者として宗教裁判にかけられたように、そこには受け入れがたい常識の壁が横たわっている。ブライアンは通信を切った。


 その時、俺はお茶の前で考えてた。小野田が地球に来た理由を今なら訊けるかも知れない。君は何者なんだ……そう訊ねようとしてふっと思いとどまる。アイリーンの言葉を思い出したんだ。――宇宙人でも地球人でもない第三の知的生命体ということになるわね――俺は質問を変えることにした。


「君は宇宙人なんだよな?」

「あまりにも初歩的な質問だ……しかし、その着眼点は今までのリュウタとは思えない。外から何かを吹き込まれたか?」

「! ……いや」

「私のことを宇宙人と定義するものは何かと聞いているんだろう? 宇宙に繁栄しているという意味じゃそうかもしれない。しかし宇宙だけと囲って指すとしたらそれは間違いかもしれない。我々は地球にもいる」

「!」

「今更、そう驚くこともないだろう。我々以外にもかつて宇宙人だったものが、元を別って地球に定住している可能性がある。そうしたら俺を宇宙にのみ生息する生物だといって分別してしまうのはあまりにも視野の狭いことなのだ」

「だったら……先住民の宇宙人は人間とも接触してるはずだろ?」

「何が言いたい?」

「どうして未だに地球人と宇宙人は出会ってないんだ?」

「フフ」小野田は低い声で笑っていた。「そうする必要性がなかったからだよ」


 小野田は続けていう。


「前にもいったが、目の前の生物を宇宙人だと言われなかったらリュウタも大多数の人もそれが宇宙人だと気づかないわけだ。それに、自分の国に許可なく勝手に移住してくる外国人を君達は許すか? 我々も君達に宇宙人だと自己紹介するメリットがない」


 その時思い出した。チャールズロペスが俺にいった言葉。――人類はもう随分前に宇宙人の存在を見つけている。大事なのはファーストコンタクトだ――


「また、人は元来疑り深い生き物だ。俺が真実を話したところで信じようとはしない……例えば、リュウタが俺の話を真剣に聞いているのは事前に数学と科学の話をしているからだ。段階を経ているからこそ容易に受け入れられた。とても重要なことだ……しかし時代によっては寛容な価値観を持った文明もあった。我々の祖先が間違った数学の概念を伝えたのもその頃だよ。いったろう、我々は既に正しいことを人類に授けていると」

「だけど獣座衛門はその子孫ってわけじゃないんだろ?」


 俺がいうと、小野田は低い声でうなっていた。何やら逡巡しているように思えた。


「……これは今まで誰にも話した事がない……しかし、まあいいだろう。俺は地球の職業でいうと、いわゆる研究者のような仕事をしていた。魂の研究だ。数学では魂は測れないといっただろう。君達の思いもよらないような魂の流れが宇宙には張り巡らされている」

「視察っていうのは?」

「もちろん地球の魂を視察に来た。大いなる存在に任務を受けてな」

「何者なんだ?」

「名前などはない。ただただ大いなる存在だ。その前ではあらゆる事実が無意味になる」

「王様とか、大統領とか……もしくは神様みたいなものか?」

「そのどれでもない。説明が難しいんだ」


 どれでもないって……。いや、普通何かしら当てはまるだろ。それならそれは生き物じゃなくて、概念か、意思みたいなものなのか。俺は無性に気になった。そしてそれが俺を恐怖に陥れる深遠とか得体の知れない不気味な存在を包括するものの正体のように思えた。不思議なもんで、人って恐ろしいものは本能的に知りたくなる。いや、解き明かしたくなる。そうしないと落ち着かないんだ。そんなことをモヤモヤと考えてたら小野田はいう。


「そうだな……君達の人間文明に置き換えるとするならばそれは……言語か」

「は?」俺は意表を衝かれる思いだった。「言語?」


 そこに恐ろしさや不気味なものは一切感じられない。あまりにも想像と違いすぎてる。


「そうだ、我々にとってなくてはならないもの、それは言語」

「ちょっと待てよ、大いなる存在って呼び方は何か畏れるようなものだろ? 言語は道具であって畏れるどころか、まったく当てはまらないじゃないか?」

「そういえばそうだな……比喩を間違えたか」

「ちょっと待て……ころころ変えるなよ。俺も混乱してくる」

「やめよう。この話は無意味だ」

「あっ」

「話を戻そう。俺は魂の幸福を調べていた」


 小野田は何かに迷うように逡巡していた。

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