フォースコンタクト ~疑心暗鬼~

第25話 悪夢と倫理のはなし

『――不明人=42歳=記述者不明――ロボットハウスに来てから二日目。私は地上の仲間に連絡をとる抜け道を知った。私は普通のオペレーターではない。宇宙の真理を私利私欲のために使うつもりだった。仲間の様子がおかしい。彼らは知ることを恐れている。組織は気づいてる。NSIAは俺を泳がしている。この手記を書いてから数日が経った。宇宙人のもたらした知識は俺の人格形成にまで影響を及ぼす。プロジェクトに名乗りを上げた時の思惑に何の魅力も感じなくなってしまった。この茶番の顛末は何だ。俺はどうなる?』



『――不明人=53歳=記述者不明――宇宙人は地球に滞在していた。そして日本語を話すことからどうやら日本に滞在していたようだ。私は日本の知り合いを仲介することで日本文化から彼を分析しようとした。二つのことがわかった。ひとつは、彼は日本人の知り合いがいて積極的にコミュニケーションを図っていたということ。私の報告を見たNSIAのスタッフは今、血まなこになってその人物を当たっているだろう。そして、彼がある時代以前の日本文化を知らないこと。つまり以降の時代が彼が日本に滞在していたことになるようだ。ゆえに古い文化ほど彼は興味がある』



『――不明人=39歳=記述者不明――宇宙人の感情は不可解だ。計算外だった。我々は我々の領分でしか彼を理解できない。このオペレーターという仕事ははじめから不可能な仕事を押し付けられているに違いない。このことは、とっくに宇宙人の方が自覚しているに違いない。そうしたら、いっそう彼が何を思いロボットハウスに留まっているのかが不可解に思えるのだ』


 翌日の昼頃だった。俺は朝からずっとウォーキングクロゼットに立て篭もって資料に没頭してた。小野田は飽きもせずゲームをしていた。頭が痛い。昨日の夜、嫌な悪夢を見たんだ。よく脅迫衝動に駆り立てられると悪夢を見やすいとか言うけど。俺も無意識のうちに何かに追い詰められていたのかもしれない。その挙句、小野田より資料に向き合うことで俺の疑惑を晴らす何かへの出会いを求めてる。宇宙の真理なんかじゃない。俺の理解不能な状況に答えを与えてくれる何かがこの資料にはある気がする。希望の光だ。

 結局めぼしいものは見つからなかった。途方に暮れて茶の間へと帰ってくる。俺に気づいて小野田が緑茶を催促してくる。お茶を持ってキッチンから戻ってくる。彼がいう。


「昨日はうなされてたな?」

「悪夢を見たんだ……」

「夢と言うのは面白い」

「獣座衛門は夢は見ないの?」

「うーん。少し長い話になるが?」

「?」


 突然、改まったように小野田は話をはじめた。


「人という言葉は面白いものだ。実は人という漢字は君達地球人だけでなく、我々宇宙の知的生命体にも括りつけられている。君達からするとどうやら我々は人らしい」

「……それは揚げ足を取るような質問だぜ」

「しかし、あながち間違いとは言い切れない。人間には知的生命体は人であるという固定観念が潜在意識に根付いている。しかしどうしてそう言い切れる。私の外見はもっぱらタコだ。それ以外に形容しようがない」

「……ああ?」

「しかし、君達は猿には人とはつけない。なぜか? もちろん人と人を別つものには知性がいる。だから人と猿を別つのは容易だ。じゃあ外見が人で知性があるまったく別の種族がいたとする。彼らと君達を別つときどうやって分類する?」

「それはだって……人だろ? 外見が人で知性があったら、それは人で、人種が違うって言うんだよ」

「むぅ……しかし宇宙ではそうではない。知性が人と獣を別つとされているが、そうではない、実際俺達の星では高知能のサルが家畜にされている。そうだ君達に非常に近い遺伝子を持ったサルだよ」


 俺は、ゾッとしてしまった。


「倫理観を脅かしているように思うか? しかし何も特別なことじゃないだろう? 君達の星でも一昔前にある人種はある人種を人ではなくサルだと考えていた。遠い話じゃない。それほどに知性というのは生命を分別する上で大して重要ではないものなんだ。これはある意味では衝撃的かもしれないけれど、君達のかつての祖先たちもそうした他の星で生まれた下等な生命体の可能性もあるということだけを教えておきたい。その証拠に、眠気は元来生命には備わっていないものだ。地球の科学者達は何かと理由を付けて真実を誤魔化そうとするが――宇宙では家畜を管理しやすくするために家畜の一生の三分の一の時間を奪うよう遺伝子にプログラムした。オリジナルは脳に働きかけて精神を支配し恐ろしい苦痛を与えるようになっている。だから彼らは夜を異常に怖れた。夜を怖れるがあまりに命を絶つことも少なくない。人の睡眠はそれに非常によく似た性質を持っているんだ」


 ゾッとした。悪夢とは遺伝子に刻まれた本能なのかもしれない。苦痛を和らげるために支配は睡眠へと形を変えたというのか。辻褄があうことに俺は恐ろしくなった。


「まあ、急ぐ必要はない。それが真実かどうかは死んだときに明らかになるだろう」


 小野田は笑い声をあげた。


「なぜなら、全ての家畜の魂は支配者の元へと戻る。そして再び家畜の肉体に込められる。魂が磨耗するまで終わりなく繰り返される連鎖だ。君達の死後の世界は、もしかしたら我々の星かもしれないな」


 俺は恐怖心から何も言えない。小野田は不謹慎なほど淡々と何食わぬ顔で言ってのけた。


「それで、お前が見た悪夢はどんなものなんだ?」

「あ……ああ、それは……」


 俺の悪夢の話を聞いて、獣座衛門は興味をなくしたように嘆息した。


「よくわからない」

「いや、もういいんだよ。それより獣座衛門……事情が複雑なんだ」

「二度も言わせるな。君達の事情に俺を巻き込まないでくれ」

「そうだった。でもさ、俺が話すのは勝手だろ? 君が聞こうか聞くまいかは別としてさ?」

「……そうだな」

「NSIAは……いや、今この通信機の先にある管制室は架空の組織なんだっていうんだ」

「おかしな奴だな。組織が架空だと? もしそうなら、なぜ我々はこうして宇宙空間で面会している?」

「いや、そうだけど……そういう意味じゃなくて……」

「うん。生憎だが俺は組織と面識こそあれど、その組織が何者かまでは把握していない」

「だよなぁ」


 ある意味じゃそれは、本当に宇宙人の知ったことじゃないってこと。獣座衛門に聞くだけ間違ってる。いや、果たしてそうだろうか。獣座衛門は組織と話し合いの合意の末、ロボットハウスに居座ってる。もっと事情に精通しててもおかしくないじゃないか。


「なぁ獣座衛門……俺は……」

「君の司令官に聞いてみれば良いだろう?」

「いや、それは無理だろ!? 俺の命を預けてる組織なんだ!」

「そうだったな。考えてみればリュウタは宇宙に閉じ込められているようなものだ。私は宇宙空間に放り出されても大丈夫だが、君はそうはいくまい」

「……いずれにせよ人間の世界にはしがらみがあるんだ。組織にたてついて地球に帰還した所で、いつかは捕まる……俺、どうすればいいかわかんないんだよ」

「それが君の不安の種か。俺の私見になるが?」

「うん?」

「何も気にする必要はないと思う」

「……どうしてそんなことがいえるんだよ?」

「私と同じく、組織の身元がわかっているか否かは、君にとってさして重要なことではないということだ」

「なんでだよ!? 気持ちが悪いだろ!?」

「君と私の関係にもなぞらえることができる。君は私のことが完全に安全とは言い切れないにもかかわらず、こうして気兼ねなく話をしているだろう?」

「うっ……」

「君にとって重要なのは倫理観念ではなく、報酬を支払われるかどうかだ……それは、資料に記録を残していることから問題ないとわかる。それだけだ。むしろ下手にしがらみに巻き込まれて立場を危うくするほうが問題だといえる。私は聞いたぞリュウタ。君は金のためにオペレーターに立候補したと。不用意な正義感のために、報酬を棒に振る気か?」

「まったく……君は悪い宇宙人だ」

「悪い? 興味深いことをいう。自分自身の利益を第一に考える生き方のどこが《悪い宇宙人》なんだ? 地球と言う限られた資源の星で助け合って生きていかなくてはならない君達だからこそ培われた思考回路なのか。あまりにも牧歌的だ」

「……いや、正しいよ。獣座衛門は何も間違ってない」

「……?」

「俺が、特殊なんだ。俺達日本人が、きっと」

「……なぜ、民族性の話になる?」


 獣座衛門は心底不思議そうだった。いや、俺にはそう見えただけかもしれない。

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