第18話 排泄のはなし

「随分長いトイレだったんだな……」


 俺が個室トイレから出てくるなり、獣座衛門は皮肉のようにいった。俺は彼の方を一瞥するだけで何も答えない。獣座衛門は目玉をぎょろりと動かすと言う。


「ふむ……人間は消化吸収能力が低いようだ。そのために頻繁に排泄を行う必要がある厄介な生物。ゆえに我々は人間の作る料理の異様に高い栄養価に魅力を感じる」

「獣座衛門は排泄はしないの?」

「便利なことにほとんど吸収してしまう」

「けど、そうしたら食物連鎖が成り立たないんじゃないか? 排泄物に含まれる細菌類や栄養分を餌にして生きてる生き物もいるはずだろ?」

「面白いな。確かにそうだ、我々は欠陥だらけのようだな」

「ようだなって…………終わりかよ?」

「星が無ければ食物連鎖に貢献してやる必要はないわけだ。我々は宇宙空間に進出し進化を遂げてきた。その最中に排泄機能は形骸化して退化してしまったのかもしれん」

「呆れた……じゃあ君達は」

「生命を循環しない略奪者ということになる。しかし有機物の乏しい宇宙の生命体としては合理的な進化の形なんだ。食いだめにも近いものがあるやもしれん」

「そのために地球に来た?」

「誘導が下手だな」

「そんなんじゃない」

「我々の文明は荒野の惑星にも入植させられるテクノロジーを完成させている」

「地球にも?」

「地球は有毒の星だ。非常に難しいといえる」

「地球が有毒だって? そんな馬鹿な……」

「酸素だ。君達だって過去に戦って陸を勝ち取ってきたんだぞ。ようするに酸素は他の物質と結びつきやすい。この性質から吸気した生物に化学反応を起こしてしまうんだ……化学反応が恐ろしいものであることはいくら君でも容易に想像できるだろ?」

「そんな危険な物質だったんだ……」

「それを逆手にとって順応したのは地球の生命の賢いところだ。しかしそれも熾烈な生存競争の一環だったのさ。酸素を生み出したのは先に陸上へ進出した植物なんだ。彼らは酸素を作り出すことで陸上へ進出する動物をせき止めたかったのかもしれない」

「そんな……だって植物には脳がないんだぞ?」

「遺伝子の遺志だ。自らの繁栄を脅かす存在への抵抗は全ての生命の根源にある遺志だ」


 獣座衛門は続けて言う。


「面白いことに、植物の生成した酸素は何万年後にやって来た我々宇宙の知的生命体の侵入を困難なものにさせた。彼らの遺志は確かに彼らを侵入者から守ったのさ。地球に住むためには地球に順応した環境進化を果たさなくてはならない。または君達のように厚手の窮屈な宇宙服をこしらえる必要がある」

「この家は限りなく地球に近い環境になってるんだろ?」

「当然私は服を着ている」

「…………そうなんだ」

「またそれが、君に視認しやすいよう肉体をコンパートさせる役割を果たしている」

「? ……どういう意味?」

「面倒だなリュウタ。君と話していてはじめて面倒くさいと思ったぞ。この話は終わりだ」

「ちょっと待てよ! ……まあ、いいか。俺も聞いても理解するのに何万年と進化しなきゃだめみたいだ」

「……つまりは、そういうことだ」


 ゲームに疲れたら決まってETの映画を観る。これが昨日から続く俺と獣座衛門のお決まりのパターンだった。お茶を淹れて持ってくる。獣座衛門はこたつで受け取った。


「この映画は飽きない」

「酷い映画だとか言ったくせに……」

「何度も観たくなる。新しい発見があるんだ」「ふぅん」


 そりゃあ大ヒット映画だ。だけどそこまで取り付かれたように観る気が知れなかった。


「映画は好きなの?」

「日本にいる頃にはご無沙汰だった。ここに来てからはしょっちゅうご機嫌伺いに映画を見せられてきたな。だが宇宙ものを持ってきたのはリュウタが初めてだ」

「なんでだ?」

「さあな。そんなことは知るか」

「……」


 今さっきのことを考えていた。ブライアンとかいう男の話。

 突然のことだったから状況をいまいち理解できなかったけど、今になって冷静に考えてみれば、決して無視できるようなことじゃない。それどころかこの計画を根底から覆しかねない恐ろしいことだった。


「NSIAは架空の組織……?」


 一体どう言う事なんだ。俺は思考をめぐらせる。百歩譲って男の言う事が事実なら、俺は恐ろしい陰謀に巻き込まれたことになる。身の毛もよだつような恐ろしい陰謀だ。しかし真偽は定かじゃない。悔しいけれど男が言うように宇宙での生活をやり過ごすしかないんだ。しかし、もしあの男が嘘をついていたとしたら。何のために男は嘘をつく。


 あの男がどこからロボットハウスに通じる回線を知って連絡してきたのかわからないけど、俺の知らないところで何かが動き出している。そんな気配を感じてたんだ。

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