第16話 生物のはなし

 食事が終わると俺達はゲームをしていた。獣座衛門は俺が荷物から取り出すゲームソフトを物色している。


「ポータブルゲーム機もあるのか……」

「PFPっていうんだ」

「このソフトは?」

「それは……トーカマンっていって、外国語の勉強ソフトだな」

「このソフトは?」

「それは昔に流行ったサルを捕まえるゲームのリメイク作品だよ」

「……ふぅん」


 結局、据え置き機のゲームをやることになった。ソフトは《THE 宇宙人といっしょ!》とかいう、宇宙人との共同生活をするシュールな世界観のゲームソフト。しかも今の俺とシチュエーションも似通ってて皮肉としか思えない。その時にふと昔の記憶が蘇ってくる。まだ俺のじいさんが生きていた頃、俺は田舎の実家に住んでたんだ。そういえば父さん。俺が宇宙船に乗るときに何を言いかけたのかな……なんて、思ったりもした。


「見ろ。リュウタ。宇宙人がゲームの宇宙人のご機嫌をうかがってるぞ」


 一人用のゲームだし二人でやる意味もないんだけど。友達の家でゲームを見る感覚だ。獣座衛門はゲームに納得できないことがあったらしい。うめき声をあげた。


「わがままな宇宙人だな。食べ物を粗末に……おいっ好き嫌いなんてしてんじゃねぇよっ」

「……うん」

「それにしてもよぉ。何だよこのロボットの研究所みたいな空間はよ。そっちが問題なんじゃねぇの。機械かっつうの、宇宙人は。家に住ませろ。家に」


 獣座衛門は独り言が多い。っていうか良く喋る。ゲームをしてるときの彼は俺と二人で話してるときよりもおしゃべりだった。獣座衛門はいう。


「隆太はどう思う?」

「え……俺?」


 突然話を振られる。獣座衛門は画面に集中したままコントローラをガチャガチャしてる。


「俺は……やっぱ茶の間が良い」

「だよなぁ。宇宙人イコールハイテクってのが人間の間違った固定観念なんだよ」

「獣座衛門の昔住んでたところは違うのか?」

「……少なくともハイテクではない。人並みに風情や情緒を楽しむ程度の感性はある」


 すると、獣座衛門はセレクトボタンを押してポーズメニューを開いた。何事かと思った。じっと、真面目な(?)顔で俺を見つめてくる。ゾクッとした。


「……お前、今宇宙人を馬鹿にしたな?」

「まさかっ、わかんないから聞いたんだよっ!」


 額に薄っすらと汗が浮かぶ。焦った。けど、獣座衛門は興味をなくしたようにポーズを解除して再びテレビに向き直る。


「それもそうか。ってか、オペレーターの資料があるんだからよく読めよ!」


 今更だ。しかし宇宙人がいうセリフじゃないだろ。俺は初日以来ほとんど資料を見てない。だいいち宇宙人とは打ち解けてこうして普通に会話できるようになった。高校の先輩と二人っきりになるより全然マシだった。なんで回りくどい資料まで読んで宇宙人のレクチャーを受ける必要があるのか。まあ、それはそれで問題があるか。俺はお茶を淹れに行くついでに、ウォーキングクロゼットにある調査資料のバインダーに目を通した。



『――イギリス人=32歳=記述者不明――このプロジェクトが実施されてから随分と経つという、我々の宇宙人に対する見識も随分広まってきた。彼は地球の文化に好奇心旺盛だ。映画や日本文化に対するあくなき探究心には我々も頭が上がらないほどだ。こんなことならもっと持ってくればよかったと後悔する。単純な好奇心か。私には別の理由があるように思えてならない。彼と生活を共にするうちにノンバーバルコミュニケーションのようなものを培っていたのかもしれない。直接聞いても事の真相はわからないだろう』



『――メキシコ人=41歳=ミゲランヘル・アコスタ――彼は宇宙人であることのステレオタイプを嫌う。面白いことに彼は自分の容姿に対しての美的評価が低いようだ。細心の注意を払う必要がある。足の短さを笑う程度のことで腕を失いたくはないものだ。それにしてもなぜこんな簡単なミッションを過去のオペレーターはクリアできなかったのか不思議でならない。彼らと組織の間には何があったのだろう。奇妙な話でロボットハウスにマイクを取り付ければ管制室は直接宇宙人と話すことができる。我々の存在とは一体なんだ?』



 確かに、宇宙人として扱われることを嫌がるってことが書いてある。


 それにしても、多くは知ってること。これ以上資料を見る必然性が感じられない。

「……」一際目を引いて恐怖心を煽るのが《禁止領域》という項目だった。ここには一体何が書いてあるんだろうか。《非共有項目》というカテゴリーがあることからNSIAのスタッフが把握していないこととは差別化されているのか。一体何を基準にカテゴリーされているのか。俺は震える手でページに手をかけてから、冷静に考えてそっと手を降ろした。やめた。俺はまたバインダーをしまって茶の間へ戻ってくる。


 小野田はRPGのゲームをしていた。主人公のレベルは12。レベルをこれだけ上げるって結構な時間やりこまないと難しいと思う。しばらく見守ってたけど、すぐに嫌になってやめてしまった。挙句に俺にいう。


「やっぱりRPGは好かんな。イライラしてくる」

「人間でも特殊だよ。日本人だけだ、こんなにRPGが好きなのって。外国じゃシューターとか、アクションゲームが主流なんだよ」

「そうだろう」獣座衛門は続けていう。「だいたい数字を見てると頭が痛くなる」

「俺は結構楽しいけど、やっぱり法則があるものを見てるのは目に楽しいっていうか……数字は、宇宙にもあるんだろ?」

「……数字。ちょっと長い話になるが?」


 獣座衛門は新しいソフトを物色しながら俺の方を見ていう。


「まず数学というのは科学者達が詭弁に現実味を持たせるために発明したアイコンだ。人間という生物は数の概念に弱い。我々が見たならその矛盾に一発で気づく」


 獣座衛門は続けていう。


「数学を発明することによって、科学者達の人類洗脳をより容易にさせた」

「じゃあ君達の世界には0も1もないってことか?」

「簡単なものはある種の的を得ているが偶然だ。大体の人間は一生を通してその簡単なものにしか触れないが、高度になるに従いその綻びが露見する。そもそも我々が教えた数の概念が間違って伝わったことが問題なんだ。彼らは数学の万能性を崇拝し、人類にとって数は正しいものの象徴のような概念になってしまった。ところが我々にするとこの曖昧な概念は君達でいう文学と似通った性質を持つものなんだ」


 獣座衛門は嘆息して続けていう。


「数を用いて宇宙人と交信を図るプロジェクトが何度も試みられたが、宇宙人からの返答は一度も返ってきてないだろう? 君たちは祖国語が全宇宙の共通語だと誤解していた。地球に向けて宇宙人達は何度もメッセージを飛ばしている。人類は数に縛られてそのメッセージに気づけないでいる。ここ2・3百年の話だ」

「……!」

「この歪みは人類に多大な影響を及ぼす。魂は数学によって証明することはできないだろう? シナプスの電気信号だとさえ思っているらしい……これは大きな誤解だ。魂を見つけられないことは数学神話の誤算といえる」


 獣座衛門は続けていう。


「その過ちを是正するヒントは古代の叡智にある。数のルーツを辿ることに数学の矛盾にたどり着く鍵がある。なぜなら我々は既に正しいことを人類に授けているのだから」


 古代の叡智。デジャヴを感じるが気のせいか。俺はいう。


「どうして科学者はそんなことを?」

「宗教だからだよ。人類を先導する恐ろしい知性により生み出されたものだ」


 確かにテクノロジーは宗教に近い。二つを違うのは虚構と事実の差でしかない。しかし科学が虚構なら両者の違いはない。考えてみれば宗教も当事者達の切実な現実そのものだったんだ。そのために人々は戦争を起して神様の奪い合いをした。科学が虚構なら俺達もまた同じ穴のむじなとはいえないだろうか。人間は性懲りもなく科学の先にもまた神様の存在を求めているというのか。


「科学は綿密に描かれた高位指導者のシナリオだ。君達はその事実に気づくべきだ」

「じゃあ、今の人間世界で常識とされてることはほとんどがまやかしで、頭のいい人間達がよってたかって作り出した都合のいい世界だってことかよ?」

「疑いの眼が向けられるべきは生物学だ……君達はアメーバという共通の子孫から生まれてきた兄弟とされているだろう? だがそれも私は納得できない部分がある…………我々が遺伝子と呼ぶものと人が遺伝子と呼ぶものには大きな差がある。人は遺伝子のケースを指して遺伝子と呼んでいるんだ。この意味が分かるか?」

「ケースって何だ?」

「要するに、動物が異性へのアピールのために角や牙を発達させたのと同じことだ。動物の進化には具体的説明がつかないものもある。人間は無意味なものに着目している」

「共通の祖先じゃないっていうのか?」

「一部は間違いなく宇宙人だな」

「どうして宇宙人が?」

「ひとつは、地球に入植しようと他の星の知的生命体が送り込んだか、または自ら地球にやってきて定着したか。いずれも地球の環境にうまく適応できずに淘汰されてしまったと考えるべきだ。君達が動物、下等生物だと呼んでいる生き物達の中にもいるかもしれないぞ。人の言葉を理解し、表面上は下等生物を装っている生物達が。彼らは密かに人間文明への理解を深めていつか人に成り代わり地球を支配しようと企んでいるかもしれない。その証拠に、人類の数は着実に減少し、絶滅が心配されている生物もいる裏で確実に数を増やし続けている動物もいる。果たして人間文明が霊長だといえるか? そして、私はこの目で見た。私のように口吻を持った陸を這う生き物が海に帰っていったところを……」

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