第8話 帰り道に……
「この機械化された設備も全て宇宙人から得た知識の賜物ですか?」
「その通りだ。あるいは、私に宇宙の叡智を理解できるキャパシティがあったために成せたものといったほうが正確かもしれないが――――宇宙には恐るべき真理がある。それを受け入れることが大事なことだ」彼は続けていう。「宇宙人が恐ろしいか?」
俺はごくりと生唾を飲み込む。するとチャールズロペスは哀れんだような目でいう。
「受け入れることだ、正気を保ちたいならば受け入れること」
そして、彼は身を乗り出してきて俺の顔をじっと見据えてきた。
「NSIAの連中に何を吹き込まれた?」
「あなたは教えなかった男だと」
「面白い……馬鹿共の癖によりにもよってユニークなことをいう」
「なぜそんなことを?」
「君は君を取り巻くあらゆる環境を疑うべきだ」「……?」
「君はわけもわからぬまま宇宙人に会うために宇宙へと運ばれていく」
「理由ははっきりしています。貴方の言う事は間違ってる」
そうしたら、チャールズロペスはニヤリとほくそ笑むだけだった。彼は言う。
「人間とは得てして理解できないものに対して拒否反応を示すものだ。酷いときには汚い暴言を吐きつけて人が親切心から教えてやっているのにそれを受け入れようとしない。真実に身をゆだねることを怖れている。それどころか私の正気を疑い、宇宙より帰還した私を英雄どころかイカれ野郎だとの嘯き精密検査と称して監禁し脳に注射を打った。だから幾度となく同じ過ちを繰り返すのだ。それを人は理解しない。それがたとえ科学という、ある日に突然に世紀の発見にでくわすやも知れぬ現場に身を置く人間でさえその程度だ。どうだわかったろう? いかに人類がちっぽけな存在に過ぎないということが、君にも理解できただろう? これで理解できなければ君も有象無象の馬鹿たちと同じ末路を辿ることになる」
「……!」
「なぜこのようなことを話すのか。私はNSIAという組織よりも君達オペレーターに希望を持っている。例えばマクシミリアンとかいう偏見な権力者には何も期待していない。連中が望んでいるのは耳心地が良く、都合の良い真実だ。そんなものはどこをつつこうと一生お目にかかれないということがまだわからないのか――だから人類は未だ宇宙人との接触もままならない」
「どういうことですか?」
チャールズロペスははニヤリとほくそ笑む。俺はゾッとして怖気立つ。
「君も既にわかっているんだろう? 人類はもう随分前に宇宙人の存在を見つけている。大事なのはファーストコンタクトだ。連中はいかに、美しい出会いを演出するべきかを模索している。出会いのときを悪戯に引き伸ばしている。その裏には彼らの本当のファーストコンタクトが決して美しいものでなかったという意図が含まれていることを意味する」
そういうロペスの語り口には、もはや自分が人でさえないことを示唆するような含みを感じた。人類を俯瞰するような不気味な達観があった。俺は恐ろしくなった。
「オペレーターの立場は君に無限の可能性を与えるものだ。世界を滅ぼすことも、救うこともできる名誉ある仕事さ。私がこの辺鄙な屋敷に隠れ住んでいると言う事は、かつて与えられたチャンスを棒に振ったということを意味する。私は失った。次は君と言う事だ」
ロペスは続けて言う。
「無事に生還できたならまた会おう。生まれ変わった君と会えるのを楽しみにしているよ」
そうして、チャールズロペスは不気味に笑って手を振ってきた。
俺達はロペスの洋館から出てきた。気づけば暗く空に大きな満月があった。雨は止んでいた。暗闇の晴れ空だ。俺達はメイドに感謝してから車に乗り込んだ。帰り道、ステイマンが聞きにくいことを尋ねるよう、声をひそめて聞いてきた。
「……何を聞いた?」
「……」
俺は返答に困る。ステイマンはいう。
「あまり多くを真に受けないことだ……ロペスは偉大な発明家だが、同時に妄想癖だ。これは宇宙に行く以前からその兆候があったらしい。とにかく、だからロペスはまともな形で地球に帰還した。……その証拠にロペスは地球は大勢の宇宙人が潜伏すると嘯いたが、全て嘘だった」
「本当に?」
「ああ……ロシアやEUの調査機関と提携しここ10年も続けられていた調査だったが、全て徒労に終わった。我々の不幸は妄想癖の男を宇宙へ連れて行ったことだったんだ」
「……」
俺は心底ホッとして胸をなでおろした。もし、ロペスのいったことが全て真実だとしたら、それはすごく恐ろしいことのように思った。けれどこうして嘘は検められた。なんのことはない、過去のオペレーターのチャールズロペスは妄想癖の男だったんだ。
「ロペスは地球に降り立つなり気が触れたように転居した。嫁と別れ、親を捨て、ひとりこの屋敷に移り住み、エルキンズの森にひたすら穴を掘るようになった。深い深い穴だ。そして、不気味な黒魔術の本を読みふけっては夜な夜な妙な儀式に勤しんでいるらしい」
「儀式?」
「ロペスいわく"次の出会いを求める"儀式だという。そのために彼は深い穴を掘る。意味がわからん。そもそもなぜ宇宙の知的生命体と会うために地球に穴を掘るんだ」
ロペスの発明は多分野に及んだ。それこそメカニックテクノロジーから、果ては食料品に至るまで。人知れずロペスが伝播した知識は俺達の生活の根幹に根ざしてるんだ。そうして、俺が今、行きがけのチャールストンのショッピングモールで買った名も知らないソーダ飲料、これもロペスが開発した新しい味だ。俺はごくりと一口飲む。口に広がるなんともいえない甘美な味わいの後のさわやかな苦味。これはなんていう化学物質の成せる技なんだろうか。俺には知る由もないことだった。
そんなことを考えていたら、不意にステイマンは話し出した。
「昔コンタクトという映画があってな……宇宙人と人類の接触を描いたSF映画だ。リアリティの欠片もない話。ひとりの女科学者がパラボラアンテナから宇宙人のメッセージを受け取るんだ。宗教問題、国家間紛争、宇宙人の存在は人類に大きな波紋を呼ぶことになった。話の流れも滅茶苦茶だ。宇宙人のメッセージは人ひとりが搭乗できる宇宙船の設計図で、主人公の女科学者はその宇宙船に乗って宇宙のワームホールを越えて宇宙人との出会いを果たす。けれどそれは現実時間で一瞬の出来事だ。結局お偉方は誰も信じなかった……女科学者は稀代のペテン師になった。ただ宇宙人との接触した事実は自らの心のうちにだけそっと残しておくことに決めた。予想に反して未知との遭遇が世の中を大きく変えることはなかったんだよ」
「……その映画が、なんです?」
「この映画は、俺が一番好きな映画なんだ」
「……!」
素直に驚いた。巨躯で寡黙なこの黒服は、ファンタジーSFなんて一番縁のない存在のように思えたんだ。ステイマンは続けていう。
「ここだけの話にして欲しいんだが。宇宙人が実在するかどうかなんてのは正直な話どうでもいい。しかし宇宙への探求。それは人類にとっての希望であって欲しいと俺は願ってるんだ」
ステイマンは振り返って真剣なまなざしでいう。
「リュウタも我々の希望であって欲しい」
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