第6話 宇宙センターの愉快な仲間たち
「まさかこんなに早くに相談に来るなんてね。正直呆れたわ」
センター内でサラに事情を伝えてある部屋で落ち合っていた。俺は今までの出来事を説明した。ロボットハウスに七日間閉じ込められること。それから宇宙人との交渉が失敗したときには、最悪、死のリスクが伴うこと。サラはいった。
「大丈夫よ。宇宙人は短気だけれど、今まで多くのオペレーターが携わってきた。リスクを最小限にとどめられると判断したからこそ貴方に打診したの」
「参加の意思は今からでも変えられるんですよね?」
「もちろん。貴方が無理な場合は別のオペレーターが担当することになる。そのための一ヶ月の猶予期間なのよ。だけどねリュウタ、よく考えてみて。あなたのやろうとしていることはロウリスクでハイリターンな取引に違いないの。既に宝くじに当たったようなものなのよ。今辞退する手はないわ」
「それって……大勢の犠牲者の上に成り立ってるロウリスクってことですよね?」
「日本人って本当にネガティブなのね。大丈夫よ。マックスには絶対に秘密だけれど……この際、仕方がないわね」
サラは付箋を切り取ると、それに何やら書き付けて俺に手渡してきた。それには電話番号と住所が書かれていた。
「これは?」
「気になるのなら尋ねてみて、一ヵ月後にはまだ猶予がある。チャールズ・ロペス。いわゆる"教えなかった男"の家よ……」
「?」
* * *
メリット島のケネディ宇宙センターに来てから一週間が経過した。新しい環境にようやく慣れつつある中で、俺はメリット島のとある喫茶店にいた。窓際から今まさに宇宙船が打ち上げられるその光景を目にしてる。第39A発射施設という奴で、宇宙開発の民間企業スペースZのファルコンベビーという宇宙船を打ち上げる瞬間だった。俺に対面して腰掛ける男。痩身で眼鏡をかけた理系の宇宙飛行士ダニエルが話しかけてくる。
「いいのか? リュウタ。宇宙船の発射を間近で見なくて?」
日本語が話せることから、ダニエルとはここ数日間で仲良くなった。日本文化に造詣が深く、日本語の上達は独学で行ったという。さすがに頭が良い。年齢もそう離れてないけど、なんとかっていうアメリカの超有名大学を卒業している。俺はいう。
「ああ……それより、ジェイコブのいってた件だけど何を持ってけば良いと思う?」
「宇宙人か……そうだな、俺には見当もつかないよ」
「ダニエルは俺みたいな人間が何度もロボットハウスに派遣されるのを見てきたんだろ?」
「もちろんだ。しかし、そう仲良くはなかった。リュウタは特別なケースだ。何度も言うが俺達の任務は君をロボットハウスに送り届けるまでなんだ」
「そうだよな……」
「ふふ、何を迷う必要がある。リュウタ。君の大好きなゲームがあるじゃないか?」
ダニエルと仲良くなったのは、なにも日本語を習熟しているから、ということだけじゃなかった。ダニエルは最新機種のゲームの話題で意気投合した。正直ゲームオタクは体育会系の宇宙飛行士の社会の中にあって肩身の狭い思いをしているらしい。それが俺とダニエルを結びつけた奇妙な縁だったんだ。
ここメリット島は軍事目的の閉鎖された島だとばかりに思っていた。しかし滞在してから三日も経つと、そうでないことは理解できた。そればかりかココアビーチは観光名所になってる。季節もあって派手なビキニの女性たちの姿が目に痛い。島の北部には面積の三分の二ほどを占有する宇宙センター。南部は住宅地。そして東には空軍基地がある。全米屈指の観光地であるオーランドに接続するインディアン川の短く太い橋からは人の出入りが激しい。だいいち、海外ドラマで有名なマイアミもフロリダの地域に属してる。目と鼻の先にはキューバとメキシコだ。俺の予想は大きく外れていた。
「どうしてこんな暑い観光地で宇宙船を? 疑問だろリュウタ?」
俺の脳内を見透かすようにダニエルはいう。
「要するに赤道なんだよ。宇宙船だけに限らず気象衛星、通信衛星も全てフロリダから打ち上げる。アメリカでも一番赤道に近い位置だ。打ち上げの時に地球の自転のエネルギーを利用するのさ。赤道が一番適してる。逆に南極や北極は殆ど回転してないため宇宙船の打ち上げには不向き。より多くの燃料を必要としてしまうってわけさ」
そんなことを話しているとき、突然背後から話しかけられた。日本語だ。
「ハーイ、二人とも。ちょっといいかしら?」
女性の声。前にセンターで出会ったサラじゃないことは確かだ。ダニエルは予想外の闖入者に顔をしかめて絶句している。緊張が走る。俺はゾッとして身構える。柔和な顔で女性は話しかけてきた。青い目にパーマがかかった金髪ロングヘアに青いシャツとGパン姿のラフな女性。肩から大きなデジカメを下げていた。
「コンニチハ。ボーイ。君はアジア人?」
「ええっと……」
俺が何か言い返そうとした矢先、ダニエルが英語で口汚い言葉を女性に吐きつけた。怖い顔だった。女性は終始ニコニコしているけど、激しい英語で応酬する。そこから二人の口論がはじまった。はじめて生で見るアメリカ人の罵りあい。お互いにすごい剣幕だったけど店の従業員は動じなかった。しばらくしてダニエルが日本語で俺にいう。
「名乗る必要はないぞ、リュウタ。この女は三流紙のジャーナリストだ」
新聞記者か何かなのか。そうしたら間髪おかずに女性が俺に日本語で話しかけてくる。
「ええ、聞き捨てならないけど、おおむねその通りよ。私の名前はアイリーン、お見知りおきをね、ボーイ」
そういって、アイリーンは俺に名刺を差し出してきた。名刺交換。日本のガラパゴス文化じゃなかったんだな。俺はおずおずとその名刺を受け取る。途端にダニエルが激昂する。
「受け取るな!」アイリーンがいう。「いいじゃない。名刺をどうするのかは全部リュウタの勝手よ、彼が必要とあらばそれを使うときがおのずと来るんですもの。それじゃあね」
そういって、アイリーンはウインクするとスタスタと俺達の前から姿を消した。俺はしばらく呆然として後姿を見守った。ダニエルがいう。
「……つまりああ言う事なんだ。この仕事が公にできない事情は」
「宇宙人がらみ?」
「ああ。連中はどこまでかぎつけてるか知らないが、NSIAが特別な任務についてることを知っている。ロボットハウスと宇宙人のことはある種、我が国の機密事項なんだよ」
なるほど。これでひとつ謎が明らかになった。
宇宙人を地上に招くことができないのは、第三者に機密情報が漏洩する可能性があるからだ。ダニエルやNSIAの人間に言わせれば地上は盗聴天国。不便だけれど宇宙空間を密会の場所に使う理由がここにあるというわけか。ダニエルは悩ましげにいう。
「まあしかし、確かにその名刺をどう使うかは君の判断にゆだねることになる」
「取り上げないのか?」
「まさか……ハハ。自由の女神像に誓ってそんなことはしない。過去にその件でオペレーターともめたことがある。ただし、君が我々を裏切るような真似をした時、君の安全を保障することはできかねるけどね」
言葉に含みがあることが不気味だった。ダニエルは笑った。
「唯一つ言えるのは、我々はオペレーターの存在なくして宇宙人との接触は成せないということなんだ。我々は優秀なオペレーターの力を必要としている」
ダニエルは立ち上がった。
「すまない。そろそろ帰ろう。俺の仕事の時間なんだ」
* * *
メリット島に来てから早くも二週間が経過していた。その時、俺はサラと会っていた。例の住所の紙のことが気になった。訪ねたらサラは既に準備をしてくれたようだった。
「貴方を連れてきたステイマンが同行してくれるわ」「ステイマンが?」
「ええ。彼は貴方の責任者でもあるの。あなたひとりをメリット島から出すわけにはいかないのよ」
それに関してはこちらこそだ。アメリカをあてどなくひとりで歩き回るつもりなんかさらさらない。しかも、唯一信頼できるステイマンが同行してくれるというのなら尚更だ。
「もちろん。願ってもないです」
俺はセンター内でステイマンと落ち合い、彼の車に乗り込んだ。
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