第5話 不気味な男とハッピートラベル

 結局、俺は宇宙飛行士兼、オペレーターに立候補した。手続きのために形式上の書類を提示されたけど簡単なものだった。事後に黒服が俺に対して耳打ちしてくる。


「非常に良い判断をされました――――あの場では一億などとケチなことを言いましたが、それはお父上の前だから言ったある意味での方便です」

「なにを……?」

「ふふふ。我々は成果値に応じて報酬も考えている。ようするに一億は最低限の金額と言うことになる」


 益々胡散臭い連中だと思った。外国の国際組織ってのはだいたいがこういうものなのか。何でもかんでもお金で解決できると思っているのか。そもそもネシアなんて眉唾物の組織が実在していること自体、俺はまだ完全に信用しきれていない。俺の不安が伝わったのか、黒服は重ねていう。


「不安になるのも無理はない。何度も言うようだが無理強いはしません。貴方は宇宙船に乗るその瞬間まで決断の猶予がある」


 いま、冷静になってよくよく考えてみるとおかしな話だ。どうして宇宙人を宇宙ステーションなんかで匿ってるんだろう。おそらく宇宙で捕まえたから宇宙でってことなんだろうけど。それにしても地上に連れて来ればこんな面倒なことはなかった。尋ねようとした。けれど、忙しそうに去っていく黒服の背中に、声をかけ損なってしまったんだ。


 その日の夜。俺は眠れなかった。


 わざわざ高校にやって来たのには、向こうのスケジュールを優先したい意味合いもあったようで、俺の宇宙訓練のための渡米は明後日という急すぎる日程に決まった。俺は父さんと校長にも掛け合って、明日一日は休むことに決めた。だから実質俺が宇宙に行くことをクラスメイトは知らない。


 夜中。突然SNSでダイレクトメッセージが来た。猪瀬一穂だった。


「隆太? 校長先生に呼ばれたって、何かあったの?」


 俺は事情を事細かに一穂に伝えたんだ。


「うそだよね?」

「本当だよ。もう決めたことだから」「学校は?」

「明日から二ヶ月間休むことになる。ウソみたいな話だけど、民間人がパイロットになるのって本当に難しくないみたいだ」

「大丈夫……なんだよね?」

「ああ……きっと」


 一穂はまだ半信半疑な様子だった。当然だ。俺だってそうなんだから。だけど俺が宇宙に行くことはもう確定事項。きっと一穂が本当に興味を持つ頃には俺は宇宙にいるはずだ。


 二日後。俺は組織のプライベートジェットに搭乗していた。


 アメリカのフロリダ州メリット島。ケネディ宇宙センターに降り立つ。途中に黒服のステイマンが話して聞かせてくれた。どうやら、世界ではじめて月に有人着陸を行ったアポロ計画の管制もこことその前身機関によって行われたらしい、由緒ある施設なんだとか。そんなことを聞いてもいまいちピンと来ないけど、俺はようやく全てのことに現実感が伴ってきてゾクゾクしていた。最後にステイマンに電話番号を教えてもらう。


「ハハ! リュウタ、宇宙からラブコールでも送ってきてくれるのかい?」


 念のためだった。信用の置けない外人たちの中で、少なくともこのステイマンだけは唯一日本語が喋れてある程度の人となりを知る人物。ヘリから降りると、大勢の人が俺達を出迎えてくれた。白衣姿の青い目と金髪のショートヘアの綺麗な女性が俺に歩み寄ってきて握手を求める。


「オペレーションのカウンセラーを務めるサラ・ミラーよ。サラって呼んでね」

「! 日本語を!?」サラはぎこちなく笑った。「少しね。ここにいる大勢に比べたら少し」

「カウンセラーって具体的に何を?」

「すぐにわかるわ。誰にも訊けないことがあったら私に相談して。何でも聞いてあげる」


 そうしてサラは電話番号が書き付けられた紙切れを手渡してきた。俺は受け取る。


 俺達はすぐに管制塔へと招かれた。映画でしか見たことの無いような光景。アルマゲドンや宇宙ものハリウッド映画でおなじみの管制塔だった。ひとりの長身の男が目に付く。近づいてくる。男は笑っていた。眼球がぎょろりと出っ張り、頬がやけにこけている。なんだか見ていると不安になるのは気のせいか。男は俺に握手を求める。


「ハハ! 君が松本少年か! ようやく会えたな!」


 その声は。どこかで聞いたことがある。軽率でハイテンションで特徴的な高音。随分前に電話を掛けてきた不審な電話の主だったことを思い出す。


――我々の上司が既に連絡差し上げていると聞いていたのでご存知かと――


 ハッとして思い出す。そうだ、俺はこの男から一度、電話を受けていた。すっかり忘れてた。それを察したのか男は申し訳なさそうに言う。


「サイテーの第一印象だね。あの時は"サプライズ"だった! ソーリー!」

「いえ。俺も何がなんだかわからないままここに。しかし、こうしてまた会えた」


 俺は男と握手する。男は気分を一新させたようにハイテンションになった。


「ハハ! そうだね! お互い水に流そうぜ! ワタシはコマンダー・ジェイコブ! 単にジェイコブか、ジェイコブ司令官と呼んでくれ! ワタシが君の"ボス"だ!」

「ジェイコブ……?」

「そうだ、松本少年! これから短いようだが長い付き合いになる! よろしく頼むぜ!」


 ジェイコブはにこやかな笑みにいっそう拍車がかかる。俺は勢いに気圧されて固く握手を交わす。なんだか、ハイテンションの割りに顔色が悪いのが不気味だ。しかし、そういうものか。俺は失礼だと思ってグッと言葉を飲み込む。ジェイコブはいう。


「この"グレート""ミッション"はオペレーターと"コマンダー"の"リレーションシップ"が"インポータント"なんだ! 君もわかるだろう?」

「ははは」何度もいうけど、俺は英語が得意じゃない。話の脈絡があるからだいたい意味は理解できるけど。この外人さんの司令官との長い付き合いになるのかと思うとほとほと、先が思いやられると思った。

「そして"オノダ"との"リレーションシップ"もね! 君なら"オノダ"の"ベストフレンド"になれること"ユーキャンドゥイット"だよ!」


 オノダ? 聞いた事のない英語だ。まずいと思ったけど、俺はジェイコブの勢いに圧倒されて、ついに聞けずじまいになってしまった。ジェイコブはいう。


「だから俺達の間に隠し事はナシ! 絶対に! 約束してくれるな?」

「え……ええ、もちろんです!」


 俺は戸惑いつつも言う。これから得体の知れない宇宙人と相対する。ジェイコブは自ら進んで力になってくれるという心強い仲間だ。それを拒否する理由がどこにあるんだ。


「良い顔だ。ンフ。それじゃあ"プロジェクト"を説明しようか」


 俺はジェイコブに連れられて小さな部屋に招かれた。複雑な図面とたくさんの電子モニターがある部屋だった。中には数人の屈強な男たちがいた。ジェイコブはいう。


「紹介しようか! 彼らは君をロボットハウスへ送り届ける"バディー"たちだ。早い話が"アストロノート"ってこと!」

「ロボットハウス?」


 俺が聞き返すと、金髪ムキムキのひとり宇宙飛行士がいう。


「宇宙人を匿っている宇宙ステーションの通称のことだ。機械仕掛けの家のような宇宙ステーションだから、ロボットハウス。どうだ? なんの捻りもない退屈な名前だろ?」


 おどけたように両手を挙げるジェスチャーをしてみせる。"バディー"たちがくすくすと笑った。外国人だ。映画の中でしかろくに見たことのない外国人達は本当に誇張なジェスチャーを使うらしい。話の内容が頭に入ってこなかった。ジェイコブがいう。


「ロボットハウスには君と宇宙人だけが二人ぼっちで滞在してもらう。不安だろうが仕方のないことなんだ!」

「え?」


 俺はゾッとして怖気づいた。またバディの一人が言う。


「悪いが、俺達がそばにいることを宇宙人は良しとしない。超感覚みたいなもので俺達の気配を察知しちまう。面倒だが、それが事実なんだ。受け入れてくれ」

「ちょっと待ってくださいよ! もし宇宙人と仲が悪くなったりしたらそれは?」


 そうしたら、顔色を変えず笑みを絶やさずにジェイコブは平然と言ってのけた。


「"ダーイ!"。死……あるのみだよ! だからオペレーターは常時欠員なのさ!」

「は?」


 どういう意味だよ。それ。そんなの聞いてないぞ。ジェイコブはいう。


「ヘイ! 少年! 悪い"ケース"ばかり考えてたんじゃはじまらないぜ! そうしないのが君の仕事ってもんだろ? それにそう悪い話でもない。ロボットハウスに居る間、君は宇宙人を”君だけのもの”にできる。オペレーターに与えられた数少ない特権でもあるのさ!」


 君だけのものにできる? どういう意味なんだ。しかも、それにどんなメリットがあるっていうんだよ。情報量が多すぎて頭がパンクしそうだ。


「君の幸せな宇宙旅行は最長七日間! 我々NSIAがプレゼントするのは六泊七日さ! 期限が終わったあかつきには君をお迎えに行く用の宇宙船を打ち上げる。そうしてバディたちと仲良く地球に帰って来てハッピーエンドってわけ!」


 それから、俺はいろいろなことを聞いた。ロボットハウスでの振舞い、設備、また今は覚えきれないような膨大な量の情報をまくし立ててくる。ジェイコブは苦笑していう。


「そういうことだ少年! 細かいことは追って説明するが、ま、大まかな"ミッション"の必要事項はこんなところさ! それじゃあ一ヵ月後の宇宙旅行を楽しみにするこったな。ウカウカしてるうちに時間なんかすぐに過ぎちまうぜ!」

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