デバフ特化の勇者道
夏野しろっぷ
プロローグ
「ローエンアガムを落とした吾輩が! このような! ……このようなッ!」
石造りの部屋の中、一体の魔人──牛のような角と赤い肌を持つ大男──の声が響いた。
その声は部屋に響き、残響を奏でる。
一種、悲痛な叫びを聞きながらも、魔人の前に立つ黒衣の青年は眉一つ動かすことはない。体に傷一つとしてないが、体の自由が利かない様子で床へと這いずる魔人に彼は冷酷な目を向けるのみだ。
ジッと自らを見つめる氷のような瞳に焦燥を覚えたのだろう。魔人は声を荒げる。
「戦え! この卑怯者が! 吾輩と戦え!」
魔人の叫び声に対し、青年は手に持つ黒みがかった銀色の剣を掲げることで返答とする。魔人の焦燥が更に強くなった。自然、声が大きくなる。
「正々堂々、戦わぬか! 勇者だろうが、貴様は!」
青年の動きが止まった。
魔人を見つめる瞳は恐ろしいほどに冷たい。
ややあって、青年は重々しく口を開いた。
「勇者、か」
ポツリと呟いた彼は『だから……』と言葉を続け、どこか諦めた表情を浮かべる。
「なんだ? 勇者ならば正々堂々戦え? 貴様らは卑劣な手を使い続けているのにも関わらず、俺たちは阿呆のように正面から挑め、と?」
淡々と語る青年は距離を詰めていた魔人の背に足を乗せ、魔人を冷たい石畳の床へと押し付けた。
「グッ……!」
「それに……俺はこういう戦い方しかできないんだよ」
剣が風を切る音。それと液体が石の床へと飛び散った独特な音を最後に部屋には静寂が齎された。
青年は頭に剣が刺さり、躯となった魔人の体から足を退ける。
両足を地面に着けた青年は先ほど持っていた剣と全く同じ意匠の剣を手に持ち、その鋩を下に向けた。剣の先にあるのは、もう動くことのない魔人の躯。魔人の死体に向かって青年の手は淀みなく動く。
それは幾度も行われた所作。一種のルーティンだ。
死骸の腰に剣を突き刺し、更に何処からともなく取り出した剣で以って、その手足へ、その心臓へと魔人の躰の計七箇所に青年は剣を突き刺す。
虫の標本のように石畳の床へと張り付けられた魔人の死体。
標本というには生温い。
狂気が感じられるほどに残酷な所作。だというのにも関わらず、青年の表情は変わらない。
これが当然だと、これが自然だと。そう訴えるかのように無表情だ。
いや、彼の言葉を借りるならば、“こういう戦い方しかできない”のだろう。どこまでも残酷で機械的で、そして、無感情を取り繕って。
自ら作り出した凄惨な光景を背に青年は歩き出した。
「ブレイク」
青年が薄く口を開くと、魔人の躯に刺さる剣から光が発せられた。目を開けることができないほどの昏い光を背にしながらも彼は足を止めることはない。後ろから彼の背中へと襲い掛かる風と音と衝撃すらも彼の足を僅かな間すら止めることはできなかった。
魔人の躯に刺さった七本の剣が爆発し、魔人の躯を完全に消滅させても、彼の無表情は崩れることはなかった。
──魔人は排除する。
それが、闇魔法に呑まれた“黒の勇者”の戦い方なのだから。それこそが、“黒の勇者”の道なのだから。
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