盗子〜悪党の屁理屈

佐野心眼

第1話 序章

 紀元前8世紀から紀元前3世紀にかけて、中国大陸では未曾有みぞうの戦乱が続いた。いわゆる春秋戦国時代である。


 それまで栄華えいがほこっていた周王朝は、政権内の腐敗や異民族の襲来などによってしだいに権威を失っていった。その機に乗じて各地で諸侯しょこう(各地にほうじられた王族など)が台頭し、やがて諸侯同士が対立を深めていった。周王朝は分裂し、群雄が割拠かっきょし、強者が弱者を叩き、弱者は連携して強者を撃退する。そんな混沌こんとんとした時代に、この地で“知の爆発”が起こった。国家とはどうあるべきか、人とはどうあるべきか、いくさとは何か、愛とは何か、法とは何かということを懸命に考えた人々が現れたのである。彼らを総称して『諸子百家しょしひゃっか』という。


 そこには『神』という信仰対象はなかった。まるで、度重たびかさなる裏切りと殺戮さつりくが、神にすがることなど意味をなさないと証明したかのようである。あるいは、おのれを救うのは神ではなく、己自身だと考えていたのかもしれない。とにかく、彼らが目指したのは、あくまでも“当時”の『現実をどう生き抜くか』だったのである。


 そんな中、の国(現在の山東省西部)に盗跖とうせきという盗賊団の首領が出現した。

 本名は柳跖りゅうせきというが、国内外で強奪ごうだつ誘拐ゆうかい、殺戮など極悪非道のかぎりを尽くしたので、皆『盗跖』と呼ぶようになった。


 周王朝は衰退し、群雄が割拠する中で各国が互いに闘争していたため、盗跖が討伐とうばつされることはなかった。隣国との存亡を賭けた戦争の最中さなか、諸侯にとっては盗跖どころではなかったのだ。それがかえって盗跖をのさばらせた。


 このとき、盗跖の手下は九千人を超えていた。人々は敵国と盗賊の両方から自分達を守らねばならなかった。






※孔子や孫子などの『子』とは『先生』という意味です。


本作は「もしも諸子百家が同時代に生きていたら」という創作です。架空の人物も登場します。史実とは異なりますのでご容赦ください。

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