第十一話 年末年始が気が気でない ②

「父さぁん、まさか手打てうちって事は無いよねぇ……。手打ちだったらつかれちゃうよ……」

 ここはやっぱり手打ちでした、ってなる展開だよな?

 うううっ……覚悟を決めて、手打ち蕎麦を作るイメージを頭に思い浮かべるんだ!

 そうだ、小学校の林間学校で作った。班の皆で捏ねて、踏んで、切って作った!

 あの頃を思い出すんだ……すげぇ面倒めんどうだったな、あれ。二度とやりたくないし、思い出したくもない。市販しはんの蕎麦と比べて美味しくも無かったし。

「まさか。それは無い。浅草あさくさの名店から取り寄せた蕎麦だ。きっと美味いよ」

 ああ、良かったぁぁぁぁぁ!!

 手打ちじゃ無かったんだ、面倒な作業をする必要は無いんだ!!

 僕は安堵あんどした。

「なら大丈夫……。僕に何をして欲しいの?」

「俺が天ぷらを作るから、颯太にはその間、蕎麦をでていて欲しい」

「OKっ。任せてよ」

 僕は大きめの鍋に水をたっぷりと入れて、鍋をコンロの上に。お湯が沸いたら、蕎麦を茹でるんだ。

 父さんは舞茸まいたけ海老えびなどの具材に、天ぷらの衣を浸す作業をしていた。そんな中――


「あれ? どうしてここに?」

「そろそろ飯だろ? だから来たまでだ」

 奈緒がリビングルームに来た。ダイニングテーブルに座り、スマホをぼちぼち。

 蕎麦に、天ぷら……ああ、天ぷら……そうだ、良い事考えた!

「父さん、天ぷら揚げさせて!」

「ダメだ、揚げ物は料理に慣れてからでないと」

「良いじゃん良いじゃん」

「ダーメ! 俺でもたまに油がはねて火傷やけどするんだ。颯太には……」

「慣れた! いっぱい作って経験を積んだ!」

「そこまで言うなら……やってみろ」

 よっし!

 僕は奈緒に見せてあげるんだ、格好良い姿を!

 僕は天ぷらを揚げられる程、料理が上手いんだって見せてあげよう。家庭的な男子が好きな奈緒のハートを鷲掴わしづかみだなぁ!!

 さあ、天ぷらをアツアツの油の中に……


「ふぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「だから言ったのに……」

 あちっ、あちっ、ひいっ、ひいいいいいいいいっっっっっ!!

 おでこに……油がぁっ! いやあああああっっっっ!!!! 熱い、熱いよぉぉぉぉぉぉっ!!!!

 急いでおでこを冷やせ! 水をバシャバシャ顔にかけて……。いぃぃぃぃっ、冷たいっ! こごえる! ギィィィィッ!!

 それを見て奈緒は……笑っている! 僕を嘲笑あざわらうかのようにクスクスと!

威勢いせいの良い事を言って失敗とか……本当に可愛い奴だなぁ、颯太」

「うるせぇ! ろくに料理作れない癖に!」

「黙れ」

 ったく、何て事を言いやがるんだ。

 このせいで僕は何も作らず、結局は全部父さんが作る事になった。

 父さんが作った年越し蕎麦と天ぷらはめっちゃ美味しかった。しかしどことなく後味が悪かった。


 さあ、もう夕飯も食べ終わったし、歌合戦うたがっせんを観るぞ!

 父さんは自分の部屋に戻り、加納子さんは書斎に籠もった。

 リビングルームには奈緒と優奈がいる。二人も観たいんじゃないかな、歌合戦。僕はテレビの電源を入れる。

「颯太、これから俺と姉貴で金鉄の対戦をしようと思っている。お前もどうか?」

「えっ? 金鉄ならいつでも遊べるでしょ? 僕は歌合戦を観たくて……」

「ああいう男は白、女は赤というステレオタイプにもとづき男女で組み分けをするような前時代ぜんじだい的な番組は観るな」

「はっ、はあっ? 奈緒、変な思想にかぶれた?」

「親父の遺訓いくんだ」

「ええっ? 龍介さん、そんな事言ってたの?」

「うん。教育に悪いって観させなかったんだ。あたしも正しいと思うよ」

 優奈が言う。

「だけど、僕は観たいんだぁ! 観させて、歌合戦っ!」

「ダメ!」

 こういう時は息ぴったりだな、この姉妹。

「意地悪……」

「歌合戦なんかよりも金鉄の方が楽しいぞ? 久々にメッタメタに叩き潰してやるからよ」

「うん、やるっ!」

「急に嬉しそうになったな」

「そりゃ嬉しいよ。僕をメッタメタに叩き潰して、僕の心をボキボキに折って欲しいな! 泣かせて欲しいな!」

「ああ、やってやる。たっぷり泣かせてやるから覚悟しろ」

 今年は毎年観ていた歌合戦を観ずに、久しぶりに金太郎電鉄で勝負する事に。プレイ年数は十年、今年のゲーム納めだ。はりきって行くぞ!!


 ――時を忘れて熱中して、ゲーム終了。

 リザルト画面が表示される。結果、奈緒が圧倒的大差をつけて一位、僕が二位、優奈が更に圧倒的大差をつけて最下位。

「ねぇ、どうしてこうなるの? ねぇ、どうしてこうなるの?」

 ウジウジ文句を垂れる優奈。

「それは姉貴が弱かったからに他ならないだろう」

 冷酷れいこくに言い放つ奈緒。

「ムッ……。颯太君、結構強いじゃん。奈緒には勝てないまでも。練習したの?」

「まあ、風見達とネット対戦したりして、経験を積んだからね」

「ふぅん。ま、おっぱいではあたしが圧勝だから関係無いけどね」

 何だよその理屈。

「颯太、心は折れなかったのか?」

 奈緒が聞く。

「折れなかったなぁ……。折って泣かせて欲しかったのに」

「悪かったな。では、おびに一つ……。何かやって欲しい事はあるか?」

「そうだなぁ……。うつ伏せになるから、背中を踏みつけて欲しいなぁ」

「ええっ? 颯太君、それ、嬉しいの?」

 優奈は引き気味に言う。

「うん、嬉しい! 奈緒、やって!」

 僕は床にうつ伏せになる。

「ああ、やってやるよ。何て言葉をかけて欲しいか?」

「そうだなぁ、やっぱりここは『豚野郎』で」

「ああ。じゃあ行くぞ。……養豚場ようとんじょうに帰りやがれ、この豚野郎がっ!!」

「ぐぎぃっ!!」

 ああ、良いっ! この痛み……癖になるっ!! 気持ち良すぎっ!! もっと……もっと……僕に痛みを与えるんだっ!!

「完全にドMじゃ……」

 優奈は引きつった顔をしていた。

「そうかも……ねぇ…うぎっ! 奈緒、もっともっと! ぐほっ!!」

「ああ、もっともっと痛めつけてやるよ!」

 僕は奈緒にいっぱい踏んづけて貰った。ら――


「あれ奈緒、颯太君、二人が茶番ちゃばんをしている内に、年越してたよ?」

「マジで?」

 優奈が言うから、僕も奈緒も一旦これをやめて時計を見る。

 時刻は十二時三分。年越しカウントダウン、できなかったな……。

「ま、何はともあれあけましておめでとう! 今年もよろしくね、優奈、奈緒っ!」

「よろしく!」

 優奈が言う。

「受験、頑張ってね」

「…………」

 言った瞬間にこの沈黙。

 ……もう一年浪人かなぁ、これじゃあ。

「今年もたっぷり可愛がってやるからな、颯太!」

 奈緒は得意げに言った。

「うん、だからお願いっ、続きを……」

「ああ、続きをやるか。……ブーブーブーブーうるせぇんだよ、この豚野郎っ!!」

「ぎゃふっ……。もっともっと、ギギっ……踏みつけて! 苦痛くつうを味わせて!」

「そんなに言うなら背骨せぼねくだる程にやってやるよ。こうやってな!」

 僕が言えば、奈緒はもっともっと強く僕の背中を踏みつけてくれた。

 ああっ、最高……。最高だよ、この気分っ! 今までに経験した事の無い、最上級の快感…………。良いっ!!

「うっ、うわあっ……」

 何やら見てはいけないものを見たかのような優奈の反応。まあ優奈には理解できまい。この気持ち良さが! 一年の計は元旦がんたんにあり、僕の新しい一年はこれで始まった。


 それでは改めて、あけましておめでとう!

 今年もよろしくお願いします。

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