第29話 元カレと台風
「大空くん大空くん。雨が強くなってきましたね? 雨城だけに、どやぁっ!」
「ん……そうだな。あと、名前に雨って付いてるだけで何もかかってないからな」
5月も終盤となってきた、とある日の休日。
僕は最早当たり前のように雨城家にお邪魔していた。
読書家にとって、この家は楽園であり、どんなに予定が無く暇な休日でもたちまち有意義なものにすることが出来る。
図書館や本屋に行くよりここの方が距離が近いから、よくこうやってお邪魔させてもらってるというわけだ。
「……そう言えば、台風が近いんだっけ?」
「はい、今日の夜が1番接近するんだとか……」
「……それなら、僕はもう帰ることにする。いつも悪いな」
「いえ! 親友として、大空くんのお相手をするのは最早義務みたいなものですから!」
「それは言い過ぎだな」
……この雨量、思ったよりも台風が接近するのが早いのかもしれないな。
ひとまず本は絶対に濡れないようにしないと。
一応レインコートを鞄の中に入れてきてよかった。
「じゃあまた学校でな」
「せっかくだから泊まっていけばよかったのに」
「バカ言え。友達同士と言えど、僕たちは男と女だろ」
「お? 意識してくれてるんですか? えっへっへ、大空くんになら揉まれるぐらい……」
雨城がにやにやとしながら、ご自慢の胸を両手で持ち上げて近づいてくる。
「アホか。それじゃあな」
踵を返して、外に出た瞬間だった。
――ガゴンッ!
「……え?」
僕の目の前を、何かの看板が吹き飛ばされていったのは。
「……うわぁお。やばいですね……」
「……ああ、雨城と話して無かったらあの看板に直撃してたかもしれないな」
「……やっぱり泊まっていきませんか?」
雨城の言葉に、僕は否定の為の言葉を探したけど……どう考えても頭を過るのは、さっきの吹き飛ばされていった看板だった。
「……悪い、今日1日だけ世話になる」
「そ、そうですか! お友達とお泊まり会が出来る日がくるなんて……!」
「今度は鳳と風花さんと一緒にすればいいだろ」
「そ、そんな! わたしからお2人をお誘いするなんて!? もし、お2人からお誘いがあった日には例え日本の裏側まで馳せ参じる所存ですけど!」
「馳せ参じるな。君はブラジルまでお泊まり会しに行くつもりか」
そんな壮大なお泊まり会が存在してたまるか。
……それはただの旅行では?
「今日ご両親は?」
「そろそろ帰ってくると思うんですけど……あ、すみません。電話です」
そう断ると、雨城はリビングに入って電話に出た。
『はい、あ。お母さん? ……え? そうですか。お父さんは? 分かりました。あ、それと今日お友達がお家に泊まりますので……はい、はい。では』
廊下で待っていると、電話を終えたらしい雨城がひょこっとリビングから顔を出した。
「どうやら、台風の影響でお父さんとお母さんは今日帰ってこられないそうです。えっへっへ、2人きりですねえ……!」
「身の危険を感じるからやっぱり帰らせてもらう」
再び扉を開けて外に出ると、20mぐらい離れたここから見える道路に雷が落ちた。
……嘘やん。
思わず関西弁になってしまうぐらいには、驚いた。
「どうしますか?」
「泊めてくれると助かる」
こんなもの、迷うことはない。
流石に吹き飛ばされる看板に落雷ときたら、帰ろうという意思はものの見事に砕け散った。
×××
「さあ、お泊まり会の定番と言えばー?」
「知らない」
そもそも僕だってお泊まり会とか初めてなんだぞ?
「恋バナー! イエー!」
ガン無視かよ……!
1人で盛り上がる雨城をしらーっとした目で見つめる。
「……大体、僕たちにその手の話題は無縁だろ」
「そんなことはありません! こう見えて、この雨城柚葉! 恋多き乙女と話題なんですよ? わたしの中で!」
「じゃ、自称恋多き乙女に恋バナとやらの手本を見せてもらおうか」
それにしても、自他共にぼっちを公言している雨城が恋多き乙女ね……意外だな。
友達は出来なくても好きな人は出来たことがあるってことか。
惚れっぽいのか?
「あれは……わたしが中学2年の時でした……。その人を見た瞬間、わたしの胸はどうしようもなく高鳴ってしまったのです……! 一目惚れでした」
「へえ……それで、どうなったんだ?」
「高まる衝動を抑えきれなかったわたしは……その人を手にする為に、努力を初めて……そして月日は流れ! 遂にこの手に納めることが出来たんです!」
「……よかったじゃないか」
ぼっちなのに彼氏が出来たことがあると?
えせぼっちと言えばいいのか、ハイブリットぼっちと呼べばいいのか……。
「そして、これがわたしの努力の結晶です!」
出てきたのは、確かにイケメンが記入された物だった……が。
「――それアニメの円盤じゃねえか。さてはさっきまでの話、アニメキャラに恋して円盤を買う為に親の手伝いをして小遣いを貯めたとかそんな話だな?」
真面目に聞いた僕がバカだった。
「バレましたか……ささっ、次は大空くんの番ですよ?」
「僕に人に話せるだけのものがあると思うか?」
精々叩いて出てくるのは、幼稚園の先生が好きだったとかその程度の話だ。
……それと、鳳とのこと。
これは話せるようなことでもないしな。
少し考え事をしていると、ふとパシャリという音が響いた。
音のした方に目をやると、雨城がスマホを構えて、僕をフレームに納めて地取りをしていた。
「いい画が撮れました! 早速鍵をかけて厳重に保存して、バックアップを何重にも取ってその後奏さんと風花さんに送ります!」
「そこまでやると逆にキモいな」
雨城が写真を送って、しばらくすると……。
――ピロンッ。
――ピロンッ。
――ピロンッ。
雨城のスマホが黙ることを知らなくなってしまった。
「おい、写真以外に何か余計なことを言っただろ」
「え? 大空くんとお泊まりなうとだけ」
……なんてことをしてくれたんだ。
「絶対僕の方にも飛び火してくるな、これは」
――ピロンッ。
――ピロンッ。
――ピロンッ。
言った傍から、僕のスマホが途端に騒ぐことを覚えてしまった。
〈逢坂くん!?〉――19:05
〈どういうことっ!?〉――19:05
〈奏がスタンプを送信しました。〉――19:06
「……はあ」
〈どうもこうも、台風で帰れなくなった。それだけだ〉――19:06
雨城のご両親が今日帰ってこないらしいだとか、そういう余計なことは言わないで、ありのままの事実だけ簡潔に伝えた。
「両親が帰ってこないとか、そういうことは絶対に言うなよ?」
「え? もう送っちゃいました」
僕は再び鳴り始めたスマホの電源をそっと落とした。
「とりあえず、風呂か晩飯かだな……」
「それならまずお風呂を済ませては? わたしがその間に夕食の準備をしますので!」
「……そうさせてもらう」
「あ、着替えはこのスウェットを使用してください!」
「これ、男性用じゃないか。父親のか?」
差し出された黒のスウェットを受け取る。
「いえ……もしかしたらお友達が泊まりにくるかもしれない事態に備えて、男女両方で使用出来る物を用意していたまでのことです!」
「相変わらず備える理由が悲しすぎる。女性用を買っておけばよかっただろ」
「わたしに物を選ぶセンスは皆無なので、無難な物を選んだ結果です!」
その後、普通にシャワーを浴びて、普通に雨城が作ったカレーを食べて、何事も無く就寝した。
僕たちに限って、一夜の過ちなんてそんなことがあるわけないだろ。
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