第20話 元カップルと観光先(奏目線)

「じゃあ父さんと母さんはここに行く。時間になったら駐車場に集合だ」

「お父さんとお母さんは謙吾と愛菜さんと一緒に行動するから。奏も大空くんとどこかに行ってくるといい」


 私のお父さんと逢坂くんのお父さんはそう言って、お母さんと愛菜さんと楽しそうにしながら観光へ出かけていった。

 私たちが観光に来た時は、いつもこうやって自由行動になることが多い。

 まぁ、大体はお父さんとお母さん、逢坂くんのご両親の4人で行動してるから私たちは別行動になるんだけど。


「どうする? 毎回のことだけど、急に2人にされると……困るよね?」

「ああ全くだ。毎回のことながら……困るな」


 逢坂くんと私は目が合って、お互いにふいと逸らした。

 

 うー……最近ちょっと話せるようにはなってきたと思うんだけど、それって誰かが近くにいたりだとか、この間のベランダの時みたいに話さないと不自然な時ぐらいなんだよね……。 こういったお互いのことを意識せざるを得ない状況だと、どうにも口が動かない……。

 

 というか、私たち2人とも……話しかけるのが苦手なタイプだし……話題を振られたらちゃんと話せるんだけど……。


「……とりあえず、辺りを見て回るか? 雨城にお土産頼まれてるし、色々と見て回りたいんだけど」


 逢坂くんは私の顔色を伺うように、一瞬だけこっちに視線を向け、もう1度そっぽを向いた。……可愛い。


「……そうだね。私も風花さんと雨城さんにお土産買わないとだし……行こっか」


 今日私たちがドライブで観光に来たのは海辺の場所。

 潮の匂いが風に乗って鼻孔をくすぐってくるし、あとは日差しが強い。日焼け止めをちゃんと塗っておいてよかったかも。

 ……ってそんなことよりお土産だよね? 海産物だらけで日持ちは難しそうな物ばかりだけど……。


 あと、やっぱり無言で歩くのはちょっと……しんどいです。


「……その、最近どう?」


 どう? じゃないでしょ私。もっと広げやすい話題を振ろうよ……。


「どうも何も……毎日顔だって合わせてるし、クラスだって一緒なんだから大体は鳳の見てる通りじゃないか?」

「……そう、だね。あははー……晴れてよかったねー」

「……そうだな」


 会話終了。

 無理! だって私たち元カップルだし! ただでさえ人と話すのはまだ緊張するのに、それがまだ好きな元カレ相手で尚のこと上手く話せるわけないじゃない!

 ……どうしよう、逢坂くんがすごく眉間にしわを寄せてる! 私といるのそんなに辛いのかな!?


「……その、最近どうだ?」


 ほら! 逢坂くんも会話に困って同じこと話し出したし! 元カノと話すのはやっぱりしんどいだよこれ! な、何か答えないと……!


「どうって……逢坂くんが見た通りだと思うよ?」

「だよな。ごめん」

「ううん、私こそごめん」


 会話を上手く広げられなくてごめんなさい……! やっぱり元々会話が不得意な私にとってこの状況はハードルが高すぎるわ!


 そのまま、私たちは沈黙し、無言のまま海沿いの道を並んで歩いた。

 

「……悪い。ちょっとトイレに行ってくる」

「あ……うん。待ってるね」


 どうしよう……逢坂くん、多分居心地が悪すぎてこの場を逃げ出したかったんだと思う。

 私がもっと会話上手だったらなぁ……どうして私はいつも気を遣わせちゃうんだろ?

 ダメだなぁ、私。


 お手洗いがある前のちょっとした広場にある、ちょっとした高さの柵に寄りかかって、海を眺める。


「ねえ君1人? それなら俺たちと一緒に行動しない?」

「……え? わ、私ですか?」


 ど、どうしよう……なんだかいかにも遊んでそうな男の人が2人……こ、これってナンパだよね? 

 上から下まで舐めるように見られて、声をかけてきた人の後ろにいたもう1人の人がにやりと笑みを深めたように見えた。


「ねえ、いいじゃん。俺らこの辺に住んでるからいいところ案内出来るよ?」

「す、すみません。私、今……人を待ってるので」


 これでどこかに行って、お願いだから……!


「へえ! 君の友達ならその子も可愛いんだろうね! 俺たちも一緒に待っていいでしょ?」


 うぅ……やっぱりこんなのじゃ追い払えないよね……というか私別に女の子を待ってるなんて言ってないのになんで決めつけるのかな?

 こ、怖いよ……逢坂くん……。

 

「――奏。お待たせ」


 聞き慣れた声なのに、聞き慣れない言葉が聞こえて……私は振り返った。

 ……逢、坂くん? 今、私のことを……奏って呼んだ?


 険のある表情をした逢坂くんはツカツカと大股気味の早歩きで私の傍まで近づいてきた。


「あの、僕の彼女ですので……そういうボディタッチとかやめてもらっていいですかね?」

「えっ? あっ……」


 全然気が付かなかった……嫌だ……触られたくない……。

 逢坂くんが発した言葉で男の人の1人が、私の肩に手を回そうとしていたのに気が付いてしまって、鳥肌がぞわりと立った。

 私は急いで逢坂くんの後ろに隠れるように移動して、男の人から目を逸らす。


「……じゃ、行こうか」


 え? 手を握ってくれた? これは夢? ……違う、この痛いぐらいに鼓動する心臓がこれは夢じゃないってことを教えてくれてるから。

 

「……大丈夫か、鳳」

「え、あ……うん。助けてくれてありがとう」


 ぼうっと繋がれた手を眺めてると、逢坂くんから声をかけられて、ぼうっとした気分のまま返事をした。

 ……どうしてそんなに自分を責めるような顔してるんだろう?

 

「いや、僕が無責任だったよ。女子1人だと、ああいうこともあるって考慮すべきだった」

「そ、そんなことないよ! 誰もああいう風に声をかけられるだなんて思わないよ! ……あはは、なんで私なんかって感じだよね」


 冗談を言って、少しでも空気を緩和させようとしたけど……逢坂くんの表情は険しくなるばかりだった。


「…………………………………………声かけられて当然だろ」

「え?」


 逢坂くんの声はとても小さくて、タイミングも悪く、海から吹く潮風の音でかき消されて聞こえなかった。

 何て言ったんだろう……?


「……いや、なんでもない」


 それきり黙ってしまった逢坂くんは、表情を一切緩めないまま、私の手を力強く握って歩き続けてる。

 ……もしかして、まだ私の手を握ってるってこと、気付いてないのかな? ……ちょっと痛くなってきたかも……。


「……逢坂くん? あの……?」

「………………………………」


 ダメ、逢坂くんは1度集中すると、周りの声が届きにくくなるんだった。

 

 ――だったら、これなら……もしかして。


「そ、大空くん! あの、手……痛い」

「……え?」


 やった、成功。

 やっぱり名前を呼んだら反応してくれた。私は付き合ってる頃も名前で呼んだことなんてなかったから……きっとびっくりしてくれたんだね。


「ご、ごめんね? 普通に呼んでも上の空だったから……」

「い、いや……こっちこそ、繋ぎっぱなしで悪かったな」


 あ――ダメ、手離して欲しくない。

 反射的に逢坂くんの手が離れる前に、自分から握り直した。

 逢坂くんが驚いた顔をして、私の顔と手の間に視線を往復させる。


「ほ、ほら……また声をかけられても困るし……今だけだから……ダメ?」


 咄嗟に言い訳をしたけど……我ながらこの言い訳はどうかと思うよ……。


「……そうだな、また声をかけられても困るからな」


 そう言って、逢坂くんはぎゅっと私の手を握り返してきた。

 さっきよりも力強いのに、不思議と痛みは全く感じない。


 私は……嬉しかったから、こんな形だけど名前を初めて呼んでもらえて……手も握ってもらえて……嬉しいんだよ?

 だから、そんなに自分を責めるような顔をしないで。


 口に出して伝えることは出来ないけど、私は握った手の温もりに想いを込めるように、お父さんたちと合流するまでの間、そっと握りしめ続けた。


×××


 ――帰り道、車の中で寝てしまった私と逢坂くんのことを愛菜さんが写真に収めていたみたいで……。

 その写真には肩を寄せ合って今にも手を繋ぎそうな元カップルの姿が写っていたとか、いないとか。


 ……せっかく撮ってくれてるんだし、ちゃんと保存しておくべきだよね。

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