第10話 元カレと身体測定
「――はい、記入用紙。逢坂君の身長は168cmね」
養護教諭から渡された記入用紙を見ながら、こんなもんか、と少し落胆した。
高校1年の男子の平均身長がおよそ169cm程度に対して、僕の身長はそれよりも1cmほど下回っているという事実を知ってしまったからだ。
こう、なんだろうね? 平均身長にすら届いていないのって地味に傷付く。別に身長どうのでモテたいわけでもなければ、スポーツをするわけでもないから、今の身長でも不自由はないんだけど、男としての見栄を少しでも張っておきたい微妙な心境。
「おう、逢坂。どうだった?」
「見事に平均身長を下回る快挙を成し遂げた。そっちは?」
「ん? ほらよ」
三柴が差し出した用紙を見ると、そこには173cmという目を覆いたくなるような数値が書かれていた。
くっ……1番バランスが取れてる身長かつ、まだ成長の余地を残している高校1年という段階でこの数値……。
「ふん。今回は僕の負けにしておいてやるよ」
「いつから勝負してたんだよ。そっちが5cm伸びたとしても、その頃には俺はきっと2~3cmは伸びてるだろうし、永久に勝てないぞ」
「言ってろ。20年後に吠え面かくなよ」
「えらく壮大なプランだな、その頃まで成長期気取るつもりかよ」
高校入学して、1週間ちょっとが経過した今、三柴とはこういった冗談でやり取りを出来る間柄ぐらいにはなった。
「さてと、次は体力測定だな。自信のほどは?」
「自信が無い事に関して僕以上の自信がある奴を見てみたいぐらいだ」
「わざわざそんな捻くれた言い方しなくても……普通に自信が無いって言えばいいじゃねえか」
厳密に言ってしまえば、運動が苦手というよりも体力が無さすぎるんだよ。運動音痴ってわけでもないし、平均的な身体能力は有していると思う。
ただ、自分から進んで運動をする機会も意欲もないから、こうやって身体を動かすのは測定の時か体育の時ぐらいのもの。
よって、体力だけはどうしても付いていない。
「ん、あれは鳳さんたちじゃん」
僕たちが移動していると、前方から歩いてくる女子の集団の中に談笑している鳳と風花さんの姿を見つけた。
「おー、逢坂クンじゃん。どうだった? 身長伸びてた?」
「おい三柴君もいるぞ」
隣にいる男には一切目もくれないどころかまるで存在が見えていないかのように僕の名前しか出さなかったな。
「伸びてたと言えば伸びてた。そっちは体力測定終わったとこ? どうだった?」
「んー、まあまあかなー? 受験でしばらく身体を動かしてなかったから体力落ちちゃったみたい」
「おーい、三柴君もいるぞー」
「み……三柴君はどうだった? 身長伸びてた?」
スルーされ続ける三柴に対して、見かねた鳳が話題を振っていた。男子と話すの苦手だったろうに成長したなぁ。
でも、ちょっとつっかえながら話す姿は控えめに言って天使。
「鳳さんありがとう。優しすぎてうっかり惚れそうになった」
――この時間で人気が少ない場所と言えば……おっと、いけない。つい反射的に人通りの少ない場所での暗殺計画をプランニングしてしまった。命拾いしたな。
というか……いい加減、他の男が鳳と関わることに寛容的にならないといけないだろ。別れてからもう1年以上経つんだぞ……しっかりしろよ。
「それじゃあたしたちも測りに行こうか」
「あ、うん」
「痛ぇ!? てめえ風花! 今わざと俺の足踏んでいったろ! おい、待て!」
今更だけど、この学校の身体測定は男女別に周る以外は割と自由だ。
順番は別にクラスごとじゃなくていいし、出席番号順に並ばなくてもいい。決められた場所で時間内に計測を終えればそれでいいと割とルーズ。
なので、ああいう感じに風花さんが三柴の足を踏んでいくのも自由なのである。
「……ところで、鳳さんって絶対着痩せするタイプだと思うんだけど、そこんとこどう思う?」
そうだな。その辺に関してはよく分からないけど、とりあえずお前を殴りたいとは思ってる。
……まあ、うん。その……なんだ……ある方だとも思ってるけど、絶対に口には出してやらん。
脳裏によぎったのはこの間の雨城の件があった日の服のガードが緩いことから見えてしまった鳳の胸の谷間だった。
元カノのそんなことを考える自分が気持ち悪すぎて、自己嫌悪に陥りそうになった。
×××
「大空くん大空くん。今日の身体測定の結果なんですけど……」
「何かあったのか?」
身体測定ということもあって今日も半日授業で終わり、図書室で本を読んでいた。
既に習慣となりつつあるこの行為は1人じゃなく、大体雨城もセットで隣にいることが多い。今日も例によって雨城の姿がある。
「ふっふっふ……実はですね……!」
にやにやとしながら、少し間の空いていた距離を椅子ごとずらして詰めてきた。ええい、鬱陶しい。
「ついに88の大台に乗ってFになったんですよ! どうです? すごいでしょ!」
「……一体何の話だ?」
88だとかFだとか、主語も無しに言われたら意味が分からない。これ急に言われて理解出来る奴いるのか?
「もう、分かってる癖に~! それでも女の子の口から言わせようとするなんて、大空くんはS気質ですね?」
「いや盛り上がってるところ悪いんだが、マジでなんのことかさっぱり分からん」
なんか聞いても碌でも無さそうだってことは分かったけどな。
「いいでしょう! それなら特別に大空くんにだけ正解を教えましょう!」
「僕だけも何も、ここには君と僕しかいないだろ」
「実はですね……この度わたしのバストサイズが88に到達してF認定されたんですよ~! 通りで最近下着がきつくなってきたと思ってたんですよね~! えっへん!」
スルーされた挙句、どうして僕は同級生で友達の女子からバストサイズを教えられてるんだ? どこで世界線を間違えたんだろうな。
あ、今日の晩御飯カレーって言ってたっけ。帰りにおつかい頼まれてるんだった。
「あ、今想像しましたね? いいんですよ~? 大空くんはわたしの友達ですから特別に想像するのを許可しますよ~?」
「え? ああ、ごめん。今日の晩御飯のこと考えてた」
「わたしのバストは大空くんにとって晩御飯以下の価値しかないんですか!?」
「あとここ図書室だから静かにな」
僕がその程度のハニートラップに引っかかるわけがないだろ。男が全員巨乳を好きだと思ったら大間違いだ。
中には僕みたいに好きな人のものこそ至高だって思ってる奴だっているんだからな?
「そんなバカな……男の人がおっぱい……しかも巨乳の話に食いついてこないなんて……」
「そもそも女子から振るような話じゃないだろ……君はラノベやアニメの見過ぎだ」
「キャラ付けとしてはかなりいい線いってると思ったんですけどねえ……」
「キャラとか気にしてたのか」
気にしてたにしても、なんでエロ系キャラに辿り着いてしまったんだか。
「それをクラスメイトの前でやれるならそのキャラでいけばいいんじゃないか?」
「え? やですよ。わたしのこんな姿を見せるのは大空くんだけです」
「初めての友達ってだけでえらく信頼されたもんだな」
「それに絶対ドン引きされるに決まってるじゃないですか」
自覚はあるのかよ。
「……まぁ、僕はその程度で引いたりしないから……好きなだけやればいい」
「トゥンク……やだ、大空くんってば……イケメン……!」
「効果音を口で言うな」
トゥンクじゃねえよ。恥じらいが無いからお前のエロネタは僕には効かないんだよ。もっと恥じらえ、というか本当に僕の前ではそのキャラで通すつもりなのか?
「ちなみに体重はどうだったんだ?」
「それは乙女の秘密です」
「胸のサイズは良くて体重はダメなのかよ。基準が分からねえよ」
図書室で本を読んでいる最中に僕たちはなんて話をしてるんだか……。
近くに僕たち以外がいなくてよかったよ。
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