第8話 元カップルの片割れは見られていた

「おっ、あったあった。……ってこれラスト一冊じゃん。良かった」


 高校に入学してから初めての休日。

 僕は特にやる事もなかった為、いつも通り書店で本を漁っていた。ま、今日はちょうど欲しい本が発売されてるからそれを買いに来たんだけど。


「ああ!?」

「ん?」


 本を手に取ると、声が横から聞こえた。

 反射的にそっちの方を見ると、そこにはこっちを見てなんか打ちひしがれるような顔をしている女の人がいた。もしかして……?


「この本、買いに来たんですか?」

「はい……今日発売だったのうっかり忘れてて……うぅ、売り切れですか……」


 ため息を吐き、別の書店に行くかと呟くその人を見て、僕はいつもならありえないことを考え付いた。

 多分、自分と同じ本が好きで同士を見つけた、という状況にテンションが上がっていたのかもしれない。それか気まぐれでその選択を選んだのか。

 とにかく、なんとなく女性が涙目で落胆しているというこの状況に僕はそこはかとない罪悪感を感じてしまったんだ。


「――あの、もし良かったらこの本譲りましょうか?」

「いいんですか!? で、でもやっぱりそんなのダメです! それを手にしたのはあなたなんですから手にすることが出来た勝者がそれを読むべきです! 所詮わたしは争いに負けた惨めな敗北者なので!」

「大袈裟だな……別に大丈夫ですよ。まだ読めてない本がいっぱいありますから。ついつい読み終わってないのに新しい本を買うもんで中々消費出来てないんですよ」


 多分10冊は溜まってるから、そろそろ読まないといけない。読みながら買ってくるから溜まっていく一方なんだけど。


「それ! よく分かります! わたしも封を開けてすらいない本がたくさんあるので!」

「ですよね。あるあるです。なので、この本は譲ります」

「あ、ありがとうございます! このご恩は一生忘れません!」

「いや、本当大袈裟だな……じゃあ僕はこれで」


 うーん、譲ったは譲ったでいいんだけど……このシリーズの前の巻がすごく気になる終わり方してたからなぁ。帰って別の本を読んでもいいけど、手元には新刊を置いておきたいし、やっぱ別の書店行こうかな。


「待ってください! 本を譲ってもらったお礼を!」

「別にそんなの気にしませんよ」

「自分が気にするんです! この本買ってくるので、少々待っていてもらってもいいですか?」


 えー、どうしよう。なんだかこのまま黙って帰るのは気が引けるけど、本を譲ったぐらいでお礼をされるのも気が引ける。

 でもお礼をしないと解放してくれそうにないんだよね、この人。


「……分かりました。じゃあ書店の前で待ってますから」

「はい! 秒で行きます!」

「それは店員さんのレジ技術も関わってくることなんであまり焦らせないであげてください。普通に待ってますから」


 まぁ、本一冊ぐらいならそこまで時間がかかるものじゃないし。それでも秒は絶対無理だと思うけど。だって今レジ少し込んでるし。

 

 スマホを触って時間を潰しながら、あの人を待つ。


「お待たせしました! さぁ、行きましょう!」

「はあ。どこに行くんですか?」

「この近くにいいカフェがあるので、何か奢らせてください」

「奢るって、それ本の方が安くないですか?」

「自分の感謝の気持ちを上乗せしておきました!」


 本一冊で何もそこまでしなくてもいいのに。奢られるのは抵抗あるけど、お礼を受け取るって言った手前だし、もう拒否するだけ無駄だってことは肌で感じられる。

 諦めるも何も既に移動始めてるし手遅れなんだけど。


「着きました、ここです」

「へえ。確かに雰囲気もいいし、静かでいい店ですね」


 そして何よりも、レジで飲み物を受け取って席に座れるのがでかい。なんだここは……こんないい場所があったとは……! 鳳にも今度教えてあげよう。


「では、いただきます」

「はい。こちらも改めて本を譲っていただいてありがとうございます……えっと……今更なんですけど、お名前を伺ってもいいですか?」


 本当に今更だけど、確かにこの人の名前知らない。それでカフェで机を挟んで会話してるってよく考えたらすごい状況だよな。僕たち初対面だぞ。


「逢坂大空、一応高校1年生」

「え!? わたしと同い年じゃないですか! あ、わたし……雨城柚葉あましろゆずはと言います! 大空君、とお呼びしても?」

「え、ああ、うん」


 おっと急にぐいぐい来たぞ? 別に急にじゃなかったか。

 でも女子に名前呼ばれるのって初めてだな。付き合っていた鳳でさえ名字にくん付けだったのに。僕がヘタレて名前を読んで入れば鳳からも名前で呼んでもらえてたんだろうか? ……こんなたられば言っても仕方ないだけだな。


「ところで大空君はどこの学校に通っておいでなんですか?」

「この近辺の普通の進学校」

「もしかしてここですか?」


 雨城がスマホで表示した画面を見ると、そこには僕と鳳がまさかの進学先被りを起こした学校名とマップが映し出されていた。


「ああ。ここだな」

「学校も同じじゃないですか!? これはもう運命ですよ!」

「運命って……それはちょっと本の読み過ぎじゃないか?」

「文学少女にとって読み過ぎは誉め言葉ですよ! こうして会ったのも何かの縁ですし、連絡先を交換しませんか?」


 スマホ片手にめっちゃぐいぐい来るな。まさか今日会ったばかりの人と連絡先を交換することになるなんて思いもしなかった。


「……あれ? これってどうやって友達追加するんだっけ?」

「ああ、それなら……ちょっと近くに寄ってもいいですか? あとスマホをお借りしても?」


 雨城はどうやらLINEの友達追加に詳しいらしい。ここは彼女に任せよう。勢いに負けてスマホを渡した後で、やり方教えてくれれば自分でやるのにと思ったのは内緒。

 最後に自分で友達を登録したのって鳳が最後じゃないか? あの時はお互いにやり方が分からずに大いに狼狽えたけど、それすらも笑い合ったいい思い出だ。


「はい、これで大丈夫ですよ! あとはスマホを振っていただければ!」

「そこは僕がやるのか……」

「友達が増えるって感覚を共有したいんですよ」

 

 そういうもんかね。三柴と風花さんの時は僕がスマホを渡して全部やってもらったわけだし、よく分からない。

 スマホを振るという工程を終えると、友達の欄に雨城柚葉の名前が登録された。


「それにしても随分と詳しいんだな。友達がいっぱいいるのか?」

「いえ、このぐらいは普通に分かりますよ。それに友達を作る為に連絡先を交換する練習はたくさんしましたからね。それが役に立ちました!」

「なんだかとても悲しい事を聞いてしまったような気がする。友達作りエアプ勢だったのか」

「お恥ずかしながら、わたしのLINE友達は大空君が初めてですよ? 他には家族ぐらいしか入ってません」


 ええ……僕も似たようなものだし、どうとも思わなかったけど、人の口から聞かされるとなんだかとても惨めな気持ちになる。


「見たところ君は積極性はあるし、コミュ力だってあるんだからその気になれば友達ぐらい出来そうなもんだけどな」

「わたしが人を選びまくってるっていうのもあるんでしょうけどね……よく知らない人と連絡先を交換するのって抵抗あって、クラスでも良さそうな人を見極めようとしてたら連絡先を交換する機会を逃しました」


 さっきからつつく度に地雷がある気がするんだけど。というかそんな悲しいことを真顔で語るな。聞いてるこっちが悲しくなるんだよ。


「それにしては僕とはやけにあっさりと交換したもんだな」

「大空君は本を譲ってくれたこともあって、びびっときたんですよ。どうやら読書って趣味も同じみたいですし」

「ふーん。そうかい」

「それで、この後良ければうちに来ませんか? うちの書斎から代わりになりそうな本を選んでもらっていいですよ」

「初対面の男を家に連れ込もうとする……手口から見てもかなり手馴れてるな?」

「こんなことするのは大空君だけですよ?」


 そのセリフを言う奴はきっと別の男にも言ってるだろ。家に呼ばれるのは流石に迷惑になるが、雨城は文学少女を自称するだけあって相当な量の本を所有していることは間違いない。

 ……どうせこの後書店を回る予定だったし、何冊か貸してもらった方がお金の節約にも繋がるか。


「じゃあお邪魔させてもらう」

「はい! では行きましょう!」


 空になったカップをゴミ箱に捨てて、僕は意気揚々と歩き出す雨城の後に着いて行くのだった。

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