「へぇ」で終わらせる贅沢——「学びをアウトプットせよ」という呪縛

 普段からルームウェアとして、ユニクロのフリースを愛用している。


 明らかに厚手で、見るからに冬物といった風体だが──。

 冬の洗濯経験者であればご存知の通り、フリースは干せば驚くほど速く乾く。なんなら洗濯機から取り出した時点ですでに軽い。


「冬物は乾きにくい」という直感を裏切るこの現象に、ふと疑問を覚えた。


 なぜ、フリースは乾きが速いのか──。

 調べてみると、答えはシンプルだった。


 理由は「素材」と「構造」にある。

 フリースに使われているポリエステルは、疎水性が高い。

 云い換えると、水分をほとんど吸わない。

 加えて、起毛構造により通気性が確保されるため、水分が蒸発しやすいのだと云う。


 私たちはつい「厚手だから乾きにくい」と、目に見える「厚さ」という一つの要素だけで判断しがちだ。

 しかし実際には、目に見えにくい「素材の疎水性」や「通気性」といった要素が、結果を大きく左右している。


 目立つ要素だけに気を取られると、隠れた本質を見落としてしまう。


 才能の一言で片づけたあの成功者の裏に、膨大な試行錯誤があることを見落とすように。

 直感に頼り過ぎず、見えないメカニズムに目を向けること。


 それこそが、物事の本質を理解する鍵である——。


 と、ここまで思考を巡らせたところで、ふと手が止まった。


「この体験から得た学びをどうすればわかりやすく伝えられるだろう?」


 そう考えた瞬間、小さく心躍る「知的な発見」が、無味乾燥な「タスク」に変貌した気がした。


 最近、自分の思考にはある種のクセがついている。

 何か新しい情報や気づきを得たとき、即座に「発信できる形に変換しなければ」と思い至ってしまうクセだ。


「インプットしたらアウトプットせよ」

「学びは言語化して初めて定着する」


 ビジネス書やSNSで多々目にするこれらの文言は、正しいと云えば正しい。

 一方で、その正しさはいつの間にか強迫観念と化し、純粋な知的好奇心を蝕んではないだろうか。


 フリースが速く乾く理由を知って、ただ「へぇ」で済ませてはいけないのだろうか。

 その体験を教訓に仕立て、他者に伝わる形に編集し、すぐさま世に発信しなければ、その時間は無駄に終わってしまうのだろうか。


 アウトプットを急がずとも、心の奥底に沈殿した知識は、いつか私という人間の感性や判断基準の一部となって、自然と表出されるはずである。


「学び」は本来、もっと自由で、楽しいものだったはずだ。


 誰かの役に立つためでも、フォロワーに賢さを誇示するためでもない。

 ただ、自分の世界が昨日より少しだけ鮮やかになる。


 それだけで十分なはずだ。


 フリースをハンガーにかけてから、「なるほど、ポリエステルって凄いな」と思うにとどめた。


 これ以上の深堀りはしない。


 今回は、日々の習慣でついアウトプットしてしまったが(笑)

 たまには、自分の内面を豊かにするためだけに情報を使う。

 知り得た内容が、心の奥底に沈殿するのをじっくりと待つ。


 そんな"贅沢"があったっていい。

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