Jester 『君を死なせないための一千字』

【作品情報】

『君を死なせないための一千字』 作者 辰井圭斗

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054895974286


【紹介文】

 ウェブ作家牧伸太郎は現代ドラマを書いたウェブ小説の中で主人公黒崎啓一を自殺させた。その小説の完結後、牧伸太郎の家を一人の人物が訪ねる。それは小説のキャラクターであるはずの黒崎啓一であった。すぐに親しくなる牧と黒崎。しかし、牧は黒崎が小説通りの行動をしていることに気が付く。このままでは彼が自殺する。牧は慌てて小説を書き直そうとするのだが――?


 今日までこの"空白"を埋めなかったことは意図的か──と問われたら、それは偶然であると云う他ない。あるいはそこまで用意周到であれたなら、もっと他に奏功そうこうするようなやり様を見つけることができただろうか。

 件の作品において、黒崎は読者がいた事実に包丁を置いたのではない。これまでの小説とこれからの小説を殺す痛みと惜しさに、手離したとき襲い来るであろう喪失への恐れに包丁を置いたのである。


 これは──手強い。


 もし、あなたが読者の存在に活路を見出す類の書き手であれたなら、これから記すことはもっと単純明快でいい。というより、そんな書き手であれたなら、そもそもこんなものあなたは必要としていない。きっと、欲していない。

「僕自身が僕の作品単体だけで止まるかは疑問」と云ったが、その後に三作も名前を挙げているあたりお察しだろう。もしかしたら、あなたはそこに括られることを拒むかもしれないが、どうかそういう一面についてはもう受け容れてしまってほしい。

 止まるかもではなく、。何か──そういうまじないの一つでも、お守りの一つでもあった方がいい。


 花。あなたは丹精込めて育てた花畑に火を放ったが、あの方法は実にらしいと云えばあなたらしい。あなたなら雑草のようにそれらを摘み取りはしないだろうと、一輪ずつ手折りはしないだろうと思えたので。

 火は、一度点ければ意図せず燃え広がってゆく。炎なら目を背けていたって灰にしてくれる。火中──確かに生身の人間はいたのだろうが。望んでかどうかはともかく、彼らは意図してそこにいた。逃げようと思えば、いつだって逃げることはできた。だから、その点においてあなたが報いを受ける必要はない。

 薄氷の上。こんなもの一つの視界に収まっていいではないだろうと思いながら、それでも目を背けることだけはできないでいる。「君を死なせない」という響きは秀逸だ。

 だって、こんなものせいぜい死なせない程度の効力しかあるまい。生きましょうという魔法を紡ぐことなどできまい。紡いだところでそれは虚構だ。魔法は、もうとっくに滅んでしまった。亡いものに縋ることはできない。無いロジックを自らの中に落とし込むことはできない。


「でも、あなたも私も生き残るし、生きていくのだ」


 実のところ、あの空白に続きは求めていなかった。そんな一文を添えたらこれからも連綿と繰り返されるのであろうこれが、完結してしまうだろうと思えたので。最後のピースを埋める必要はなかったのだ。当てはめるピースはこれからゆっくりと、一生を賭して創っていけばそれで良かったのだ。

 魔法はもうどこにもないと知りながら、それでも──拒絶を露わにするあなたも、差し出された手を取る気がないあなたも、手に縋る振りをして引きずり込もうとする声さえも。


 連れ出す魔法を探している。


 薄氷の上。こんなもの一つの視界に収まっていい画ではないだろうと思いながら、それでもあなたのもとからは離れることができないでいる。

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