きみの物語になりたい/同題異話短編集
小木 一了
春風ひとつ、想いを揺らして
『やっぱり、今年の花見は中止かな』
アキラが画面の向こうで発した言葉に、私は重い溜め息を吐いた。仕方がないこととはいえ、毎年楽しみにしていたイベントだけに、残念な気持ちは拭えない。
『しょうがないじゃん。こんなご時世なんだから』
「それは分かってるけどさあ。私達が出会ってから毎年欠かさなかったイベントだよ? 今年は欠番だなんて、悔しいじゃん」
私は手を目に当てて、えーん、とわざとらしく泣き真似をしてみせる。アキラは苦笑しながら言う。『桜は来年も咲くじゃん』
まるで桜の季節を狙ったかのようなタイミングで流行した新型のウイルスにより、私やアキラのような首都圏に住む者は、外出の自粛を求められている。
それでも、オープンなエアーなら、良いんじゃない?、と自分で自分に言い訳して、アキラとのお花見はこっそり強行しようかとも考えたのに、予め国のお偉いさん方に、「今年は花見も控えるように」と先手を打たれてしまった。
屋内で会ってお茶を飲みながらお喋り……なんて、今まで当たり前に出来ていたことも、控えなくてはいけなくなってしまった。なので、この「今年の花見の開催是非を問う会」も、無料のテレビ会議システムを使い、私とアキラはお互いの部屋にいながら、パソコンの画面越しに行われていた。
「桜は毎年同じじゃないんだよ。それに、来年までに世界が滅んで、来年は桜が咲かなかったらどうするのさ」
『もしそうなったら、その時心配すべきなのは花見の存亡じゃないでしょ』
アキラは少しクールというか、さっぱりしているというか、悪く言えば、ちょっと冷めている。
「どっかカフェにでも入ってさ、窓から桜を眺めるってのはどう?」
『それこそダメでしょ。密ですもん』
「密ですかぁ」
『それに、それが良いんだったら、この会も対面でやれたでしょ』
「ですよねえ」
私が再度ため息をつくと、アキラは困ったように言った。
『そういえば、まだハルカの部屋には行ったことないけど、』
「ん? なに? 来たいの? 来て二人で部屋でイチャイチャする?」
『いやいいです。近くに桜、咲いてないの?』
「咲いてるけどさ……。ただ桜を見たいんじゃないんだよ、私は。いつものように、アキラと二人並んで桜を見たいんだよ」
『可愛いこと言ってくれるねえ』
「それに、もう1ヶ月くらい会えてないし」
『あれ、もうそんなに経つんだっけ』
「そうだよー。アキラに会えなくて寂しいんだよー。アキラは私に会えなくて寂しくないの?」
『はいはい寂しい寂しい』
「テキトーか!」
アキラがカラカラと笑う。私もつられて笑ってしまう。
そこから少し、他愛もない話をする。相手の顔を見て、相手の声を聞いて、会話をする。いつものように楽しい時間だった。
でもなあ。ちょっと、ちょっとだけ、違うんだよなあ。
私は心の中でこっそりとぼやいた。顔には出ていない、と、思いたい。
テレビ会議システムを使えば、お互い離れていても、話している相手の顔がはっきり見えるし、声もクリアに聞こえる。でも、こういったテレビ会議システムは、システムの構成上、どうしてもお互いの目を合わせて会話することができない。それが、私が散々会いたいと駄々を捏ねる理由のひとつでもあった。
しばらく会話を楽しんだ後、アキラが言った。
『そういえば、知ってる? これ、背景変えられるんだよ』
「知ってるけどやったことないや。どうやるの?」
『今やって見せる。ちょっと待って……』
アキラが画面を睨んで何か操作しているのが分かる。眉間にシワを寄せているのを見て、その少し大仰な表情に、私は少し笑ってしまう。
少しして、アキラの背景が、アキラの部屋の壁からパッと差し替わった。綺麗に咲いた桜を、アップで撮った写真だった。
「桜だ!」
『そう。近所で綺麗に咲いてたから、写真撮ったんだ』
アキラが照れたように笑いながら付け加える。 『ハルカに見せたくて撮ったんだ』
アキラのはにかんだ笑顔を見て、規則的だった心臓の鼓動が一瞬乱れた。私はこの笑顔にめっぽう弱い。
『綺麗でしょ?』
「うん、綺麗だね。来年こそ一緒にお花見しようね」
『いや、私は来年までに彼氏つくって、彼氏とお花見行くから』
「私とだって別の日に一緒に行ってくれれば良いじゃん!」
『良いけど、満開の日は彼氏優先するからね』
「勝手について行こっと」
『来んな来んな』
二人で笑いあう。
しばらく楽しくお喋りをしてから通話を切った。私もアキラに見せるために桜の写真を撮ろうと考えて、閉めきっていた窓を開けた。部屋に風が吹き込んでくる。
ベランダに出て風を浴びる。ベランダから見下ろせる桜の木も、私と同じ風を浴び、桜の花びらが舞っていた。
さっきアキラの笑顔を見た時、鼓動が少しだけ乱れたのを思い出す。
早く会いたいな。
会って、目と目を合わせて、話がしたい。
それまでに、この想いに、名前をつけられるかな。
少し考える。それには少し、時間がかかりそうだと思った。
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