第4話 幼馴染
「お嬢様、まずいですよ! 悪役令嬢まっしぐらですよ!」
婚約者のピアニー王子をお見送りして、普段着に着替えて部屋でゆっくりとしていたローズの元に、家令見習いのイツキがやって来たかと思うと、顔を真っ青にして騒ぎ始めた。
ローズは困ったような顔でため息をつき、仕方がないのでイツキの相手をすることにする。
「何を言っているのかさっぱりです。いつも言っているでしょう。秩序を持って行動し、整理された報告をするように、と」
「そんな悠長にしていたらたちまちお嬢様の身の破滅ですよ! さっき見ていましたが、リリア様がピアニー様と急接近していたじゃないですか!」
「リリーはいつもあんな感じでしょう」
「駄目ですって。乙女ゲームの『十二の秘宝と楽園の扉の物語』では、主人公のリリア様が意中の男性を攻略しながら物語の謎を解いていく流れなんですよ。もしリリア様がピアニー様を選んだら、ローズ様の運命は最悪です」
「イツキ、今の発言は主家に対する不敬罪としてムチ打ちの刑を執行されても何もおかしくないのよ? その場合あなたの運命こそが最悪になりそうだけど」
「俺の運命なんかどうでもいいんですよ! どうせモブだし」
ローズはクラクラする頭を抱えた。
イツキはちょくちょくこういう意味のわからないことを言い始めるのだ。
今の所、屋敷内だけで話を収めているからいいようなものの、外でこのような発言をされてしまっては、主家としてローズの家であるグリーンガーデン公爵家の恥となる。
ローズはちらっと、長年使われずに、今や公爵家の秘蔵コレクションの一つとなっている、罪人用のムチを使ってみるべきだろうかと考えた。
ローズからそんな剣呑な目で見られているとは気づかないイツキは、さらに口を開く。
「リリア様に婚約者を奪われていいんですか?」
ローズは形のいい眉をぴくりと動かした。
「イツキ、その言葉はいくら幼馴染とは言え、許容出来る範囲を越えているわ。それは私のみならず、殿下と、愛する我が妹への侮辱です」
低い感情のこもらない声で告げる。
イツキはぞくりと体を震わせた。
「さ、さすが最も美しく、最も危険な女性と謳われた悪役令嬢。こ、この感覚はなに? もしかして俺、目覚めちゃった?」
ローズはイツキの様子にさらに眉をひそめた。
「イツキ、冗談もほどほどにしないと、わたくしも許容出来る限界があるわ」
「いやっ、冗談なんかじゃないんですよ」
「冗談じゃないとしたらもっと悪いわ。あなたはこの十年以上の歳月何を見て来たの? リリーやピアニー殿下、そしてわたくしが、そのような恥知らずな真似をする人間だと思うのですか?」
「うっ、それを言われると辛いんだけどさ」
このイツキという家令見習いの少年は、年齢の近い分家の子だったため、ローズやリリアの遊び相手兼側近候補として、幼い頃からグリーンガーデン公爵家の屋敷に出入りしていて、ずっと共に過ごした、いわば気心の知れた家族同然の相手だ。
そしてピアニー王子も、早くからローズとの仮の婚約を結び、交流があった。
四人は幼馴染なのだ。
だからこそ、イツキが妙な妄想に囚われて、自分たちを侮辱することは許せないと思う、ローズであった。
「そもそもイツキに女心がわかるとは思えないわ」
なによりも、ローズの妹リリアが、幼い頃から好きなのはイツキ本人なのである。
それをよりによって、ピアニー王子との仲を疑うなんて、リリアが知ったらどれほど悲しむか。
そういう無神経さに、ローズは腹が立つ。
「まぁそう言われると反論出来ないんだけどさ。でも、心配なんだよ。ローズは言い方はきついし、表情が変わらない鉄面皮だけど、本当は優しい女の子だろ」
これだ。
こうやって、ポロッと勘違いさせるようなことを平気で口にする。
なんて
この男が好きだなんて、妹のリリアは子供だから勘違いしているだけなのかもしれない。
絶対苦労するだろうと、ローズは妹の恋心の行末が心配でならなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます