私はアイドルが嫌いだ。

NkY

屋根の雨水を集めて地上に流す装置のこと。

 都心。数だけが異常に無駄に膨れ上がった無能な人間どもの巣窟。

 私もその一部だ。心外だが。


 雑多な足音、うるさい呼び込み。

 人々は各々の目的のためにせわしなく行き来する。

 毎度毎度とんでもない人口密度だ。


 なんでこんな場所を両親は選んだんだ。他に居場所はあるだろうに。


 私は、この場所が大嫌いだ。


 嫌な場所でも、自分の買い物には赴かなければならない。1000円以上するような上質なものではない、100円でおつりが来る程度の安物の文房具で良かった。

 切らしそうなものはほんの一種類だけだが、ここに何回も来るのは嫌だから全ての予備を一通り買った。


 長く滞在したくないから真っすぐ帰る。つもりだった。



 イライラするほどに透き通った音楽が聴こえてくる。耳障りだ。


 小さなCDショップの前に小さな人だかりができていた。

 興味なんて皆無だが、うざったく目立つので意識が勝手にあちらに行ってしまった。


 人だかりの内訳は主に若い男女。その中に小さな子を肩車した男がやけに目立った。

 おそらく父と娘で、せがまれて見る羽目になったのだろう。


 会話に足が止まった。心外だ。


「かわいー!」

「うん。すごく可愛いな」

「あたしも!」

「ん?」

「あたしもきたい! かわいーいしょう、あたしも!!」

「将来大きくなったら、アイドルになりたい?」

「うんっ!!」


 どうやら新人アイドルユニットのミニライブのようだった。視界の端に一瞬入れるだけで分かる、明らかにすべてが未熟。媚びた歌声は聴くに堪えない。


 酸性雨を集めて、目の粗いフィルターをかけて、地上に垂れ流す。アイドルはそんな装置だと思った。

 あんなので商売が成り立つのだから楽な仕事だ。心底侮蔑する。

 そして、こんなのに足を止めた私自身のことも、心底侮蔑した――


 ばちり。


 ステージ上にいる深い血の色をした瞳が私をとらえた。


 振り向いてしまった。いや、『振り向かされた』。ポニーテールを強く引っ張られて、ステージ上に向かされた感じさえした。

 私を振り向かせた張本人は、瞳同様、濃い血の色をした癖っ毛を揺らして未熟丸だしなパフォーマンスをしている。当然そういうのには疎い私でも分かる、色々と雑だ。勢いだけだ。


 彼女の美点を上げるとすれば、顔はいい。それだけだと思う。


 透明な笑顔が胸の奥にこびりつく。


 嫌な感触だった。

 見通されているような、見透かされているような。

 私はそれを振り切るよう、早歩きで後にした。


 一体、なんなんだ、アイツ。

 心外ながら気になってしまった。



 帰宅して、SNSでCDショップの店名で検索をした。例によって全く聞いたことのない名前のアイドルユニットの名前が検索結果に出る。

 さらに深堀りする。写真が出てきた。胸の奥にこびりついた透明な笑顔と一致した。


 血の色をした瞳。黒みがかっているからあれは静脈の方だ。生きるために必要な酸素ではなく、不必要で重苦しくてじりじりと追い詰めるような二酸化炭素の色だ。

 そんな二酸化炭素をまとわせた彼女が、画像ですら私のことを見通してきた。


 気味が悪い。すぐに閉じた。

 スマホをベッドに放り投げた。


 あんなヤツは、私にとっての二酸化炭素。吐き出すべき存在。

 なのに……肺の壁に固くこびりついて決して吐き出せないような。

 そんな気味の悪い強烈な印象が私に刻み込まれてしまった。まるで肌色タトゥーだ。誰にも見えないし共有されようもないが、私の中だけでくすぶり続ける運命。


 ああ。


 心外だ。


 自覚した。

 私は、アイドルが、嫌いだ。

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