第25話 ミッションの路地の地下にスクラップヤードはあった

# 25

 ミッションの路地の地下にスクラップヤードはあった。僕たちは金がある時と気分が良い時、そして気分が最悪な時にはそこに行き、音楽を聴きながら酒を飲んだ。


 「君はなぜ、あそこを追い出されない?」

 「弱みを握っているのさ」

 黒い鉄の螺旋階段、コンクリートの壁と逆さまになったミラーボール。倉庫を改装した建物の地下には、リヴァーブの効いたギターの音色が充満している。

 「あいつはどうなるだろう?」その晩、奴は珍しく落ち込んでいた。

 「それなりにやっていくさ。敗残者には敗残者の生き方がある」くぐもったバスドラムとベースの硬質な振動が、丸テーブルの上に置かれたビール瓶を揺らす。

 「なあ、教えてくれないか。戦争はとっくに終わったんだ。どうして不幸な人間が生まれる?」店の角っこにある廃墟のようなステージでは、前時代風にアレンジされたハービー・ハンコックの「処女航海」が演奏されていた。寄せては返す気怠い波のようなビートを刻むドラムス。揺蕩うボートのオールを漕ぐベーシストの腕。ギタリストの指先からは行く宛のない遭難信号が紡がれる。

 「僕らが人間である限り、そこには不幸が付きまとうんだよ」

 「だけど、今はもう二十一世紀だぜ。為されるべき失敗はすべて為されたはずだろう?」

 「いつだって失敗の数は成功を上回る。それがこの世界のルールなんだ」

 「ルールね……」奴はそう言ってビールを飲み干した。

 この二十一世紀にも戦争はあった。テロリズムがあった。巨大な災害があった。いくつもの命が失われ、何人かの友が死んだ。

 「どうしてなんだ? 俺にはわからないね。どうしてこうなるんだ?」奴は掴みかからん勢いで僕に迫った。「誰かを不幸にするルールなんて……そんなもんはリヴォルブしてしまいたいよ」奴が身を乗り出した勢いで、テーブルからビール瓶が落下した。それはすぐにコンクリートの床に衝突し、刹那的な音を立てて割れた。一瞬、舞台の演奏が止まる。粉々に散らばった破片は、ミラーボールの光に照らされ、まるで宝石のように見えた。

 「なあ、落ち着けよ。あまり考えすぎない方がいい。君は少し感傷的になり過ぎるところがある」

 音楽が再び演奏される。僕はバーカウンターでペットボトルの水を買い、ビールと合わせた代金を支払うと、奴を外に連れ出した。


 「ああ! 俺にもっと力があれば……俺は無力だ。あまりにも」

 「誰だって無力さ。みんな一人の人間なんだ」

 「そんなことわかってるさ!」

 「それならいい。なあ、出来るだけ長く気楽に生きたい。誰だってそうだろう?」

 「わかってるよ。わかってる……ああ、絵が描きたい! 絵が描きたい! 絵が描きたい! すべてを飲み込めるような絵が描きたい」店の前の通りにうずくまり、奴は震えていた。

 「わかった、わかったから。ほら水だ。飲めよ。嫌なことは忘れよう」そう言って、僕は奴にペットボトルを渡した。奴は啜るようにそれに口を付け、咳き込み、すぐに吐き出した。

 「無理だ。全部覚えてる。止まらない。止められないよ」夜の街を覆う霧が、星々を隠していく。

 「思い出すんだ」

 「何を?」

 「昔のことを。お前は地下牢に入ったことはあるかい?」

 「ないよ」

 「俺は一度だけある。その時の夜を思い出す。冷蔵庫の中みたいだった。俺はね、自分が死んでいるんじゃないかと思ったよ。実際そうだったのかもしれない。そこは虚無だった。痛みや苦しみさえもなかった。俺はこのまま何もせず、ただ一秒一秒を削ぎ落とされながら死んでいくんじゃないか? そう思うと恐ろしくて仕方がなかった」

 「なあ……」

 「何だ?」

 「ジャズとビールがあれば幸せになれるんだよ。大抵の人間は」奴は黙ってそれを聞いた。「でも、あんたは違う?」

 「ああ」

 「そこまでして何のために描く?」

 「自分を知るためさ。俺の中にはでっかいモンスターがいるんだ。今は檻の中で眠らされている。俺はそいつを呼び覚ましたいんだ。そいつにはものすごい力があるんだ。時代を変えることができる。俺はそいつを手懐けたいんだよ」

 「それでどうなる? そのモンスターとやらは何を君に与えてくれる?」

 「次の絵だよ。俺の絵は橋だ。何かと何かを繋ぐ橋。新しい何かへと架かる橋。きっと、また新しい絵が生まれてくるだろう。そうやって名前のない何かが生まれ続ける限り、世界は変えられる。俺たちは捕らわれることなく生き続けられるんだ」

 そう言うと、奴は店の脇の棚に置かれていたケチャップのチューブを手に取り、無心で壁にばら撒いた。奴の右手が踊る。それは、あっという間に絵になった。

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