第16話 ジャズが流れている
# 16
ジャズが流れている。
喉を枯らし、身体を締め付けながら放つ、激しい金管楽器の叫び声。白いシャツの袖から覗く手首、そのキャンバスに浮き出る血管。ピアノの鍵盤が叩かれ、鋼鉄線の震えがそれに応える。
ジャズが流れている。
描く。
過去の傷を、未来の嘆きを、現在の痛みを。
ジャズが流れている。
大荒れの海の中、水を掻き、渦を乗り越える。
まだ見ぬ領域を探して。
ジャズが流れている。
抗え! 抗え! 抗え! 考えるんだ。なぜ抗わない? なぜ? 抗えよ。もっと。情けなく。抗え。お前は弱い。弱いだろう? だから、もっと足掻け。なあ、抗うんだ。
ジャズが流れている。
ブレーキは使うな、車は止めるためでなく、走るためにあるんだ。未知のものに辿り着きたければ、あらゆる感覚を狂乱せしめないといけない。
ジャズが流れている。
もっと深いところだ。傷なんてないんじゃないか? 痛みなんてないんじゃないか? それじゃあ、虚無だ。虚無か? いや虚無ですらない。俺はなんだ? 俺は何をしている? 俺はなんだ? 俺は何を描くつもりなんだ? 俺はどこにいる? 時間はどこだ? 世界はどこだ?
ジャズが流れている。
俺はボロを纏い、パンの耳とツナ缶さえあれば生きていける。野良猫と同じだ。それなのに俺はどこに行こうとしている? 缶詰の山を崩し、パンの耳を鳥にやって。俺は何を欲している? 金か? 地位か? 女か? ふざけるな!
ジャズが流れている。
幸せ?
ジャズが流れている。
子供でも作ればいい。子供だって? 考えたことあるか、お前と同じ顔をしたやつがもう一人いて、一緒に飯を食ったり、風呂に入ったり、寝たりするんだぜ。悪いけど、俺には想像できないね。待てよ、可愛い子どもだっているんじゃないか? 俺は自分のこの不器用さが好きなんだ、誰よりもきっと。だが、死んだ時に困る。死んだら困らないよ。死んでいるんだから。
ジャズが流れている。
孤独か? 孤独だ。孤独か? ああ、孤独さ。 嫌いか? 嫌いさ。嫌いか? 嫌いじゃないさ。好きか? 好きなわけない……やめろ。
描け。
感傷に浸るのもいい加減にしろ。
描けよ。
描け!
ハアハア……
ハアハア……
ジャズが流れている。
筆にたっぷりと絵の具をつけて、キャンバスに叩きつける。虚構を現実にし、現実を虚構に変える。マトリョーシカ人形のように。
ジャズが流れている。
そうして今日も世界の軸がほんの少し傾く。そこまでが限界だった。
悪くない筆致だ。
悪くない。
ジャズが流れている。
気分はどうだ?
最高だ。
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