第3話 ガルガン工房(前)

 情熱と太陽の都として知られるヴァルサフランの地を拠点に、鍛冶屋を営むドワーフの男…名はボコル。


 先々代から営んできたガルガン工房の主人であり、今は目に入れても痛くない一人娘のルルに工房を継がせるためこと仕事に関しては厳しく指導している。


 古の時代であれば鍛冶職といえばそれは男の職業であり。


 仕事場に女性が立ち入る事は無かったのだが、時が経ち人々の意識が変わるにつれて繊細な装飾や柔軟な発想を得意とする女性の鍛冶職人もその数を増やしていった。


 ルルというドワーフの少女は茶色の癖っ毛が爆発…もとい広がり過ぎないよう髪を耳元辺りで切りそろえ、頬から鼻筋にかけて薄っすらとそばかすがある。


 どちらかといえば目立たないタイプであるが、よくよく見ればクリリとした焦げ茶の瞳と笑うと見える八重歯が合わさり、人懐こそうな可愛らしい顔付をしている。


 そんな彼女が日々鍛錬を重ねるガルガン工房だが、現在ある問題を抱えていた。


 それはルルのハンマーに耐えうる素材、もとい鉱石が見つからないのだ。


 ドワーフという種族は魔力の扱いが非常に苦手な反面、”気”と呼ばれる生体から発生するエネルギーの扱いに関しては種族的に見てもトップクラスに長けており。


 そんなドワーフ達は武具を製造・鍛錬する際、自らの気を工具に籠め一打一打気を練り込むように武具に叩き込んでゆくのだ。


 こうして完成する武具は様々な特殊効果を有しており、その効能は同じ作者であっても二度と同じものを打ち込む事は出来ないとされている。


 そんなドワーフ秘伝の技術、無論ボコルもルルに教えようと思ったのだが…まずは試しにと用意した鉄の板がたった一打で消し炭になり。


 様々な種類の鉱石を素材としたプレートを試してみたがどれもその結果は同じ、ボフンという爆発音の後には灰のような粉末が残されるだけであった。


 たった一打で素材がおじゃんになってしまうとあっては、力加減や気の籠め方を教えようにもどうにもならない。


 そんな問題を抱え、鍛冶職人になれないのではと落ち込む娘を見かねたボコル。


 そんな彼の頭にフッと思い浮かんだのは魔鉱の存在だった。


 長年に渡り魔力を蓄積させた魔鉱は、強度・価値共に並の鉱石では比べ物にならない。


 素材屋やバザーで魔鉱石を仕入れようとすれば、拳ほどのサイズでさえ馬鹿にならない額を要求されるが。


 ここは一つ、日頃自身が武具を提供している冒険者達を頼ってみようと思い依頼書を出した次第だ。


 それから三日後。


 報酬として提示した額も自分ではそれなりに奮発した方だったのだが、要求した魔鉱の価値とその魔鉱が採れる場所が場所だけに、依頼の達成報告はおろか誰かしらが依頼を受けたとの連絡すら入ってこなかった。


 そんな訳で仕事に身が入らず、その日は休業する事に決めたボコルは寝室に籠りふて寝していた。


 日が暮れ、辺りはすっかりと夜へと移り変わった時刻。


 珍しくルルが慌てた声でなにやら叫んでいる。


 何事かと寝癖も気にせず寝室を飛び出したボコルは、廊下に並べられた試作武具の中から鍋のような形をした兜掴みスポンッと被ると、黒鉄で作られた愛用のハンマーを握り締め愛娘の元へと短い脚を懸命に動かし全速力で駆けていった。


 本日休業と書いたプレートを外に掛けておいた為、ルル以外には誰も居ない筈の工房に見上げんばかりの大男の姿があるのを見るやいなや「ワシの娘に何をしている! 」とばかりに、あわや全力でハンマーを投擲する一歩手前。


 騒がしい足音でボコルの存在に気付いた大男…もといグレイが何事だと振り向いた。


 すると手にしたハンマーを投げるではなく、そのまま下に取り落とすボコル。


 それほどまでにグレイが身に纏う防具は彼にとって衝撃的なものだった。


 何故なら、その防具はボコルの父親…つまりは先代が手掛けた作品であり、所有していたのはボコルとも交友のある化け物じみた爺さんだった筈だからだ。


 父親の奇行に目をパチクリとさせているルルと、無表情ながら内心動揺しまくりなグレイ。


 彼等の出会いはこうも騒がしかった。




 ◇◆◇




 依頼主の仕事場兼自宅らしいガルガン工房に依頼品を届けに来たら、本日休業と書かれたプレートが扉に掛けられていた。


 さてどうしたものかと途方に暮れていると、俺の来訪に気付いたのかドワーフの少女が慌てた様子で扉を開けてくれた。


 これ幸いとばかりに依頼品を手渡し、ではこれでと工房を後にしようとした俺の背中に少女のよく通る声が響く。


「あの! お礼と言っては何ですが…もしよかったら工房内を見て行きませんか! 温かいお茶も用意しますよっ」


 ふっ。


 甘い、甘いぜお嬢さん。


 そんな言葉で俺を釣ろうったってそうはいかねぇ、昼間の経験から俺は学んだんだ。


 可愛い少女には近寄るなってな!


 残念だったな。


 夜風に当たり、冷えた体に温かいお茶はきくと思ったらしいが…生憎俺は寒さに強い!


 何か企みがあるみてぇだが…今回ばかりはこのグレイ、引っ掛からないぜ!


 そう思い、軽い会釈をしただけでその場を立ち去ろうとすると、すかさず少女は追撃を入れてきた。


「ちょうど美味しいクッキーもあるんです! 」


 ……。


 はっ!!


 おかしい。


 な、何故俺は店内に……!


 ここは一先ず心を落ち着ける為に糖分を摂取…もといクッキーを頂き、温かいお茶を流し込むとしよう。


 話はそれからだ!


「じゃあ私、お茶の用意をしてくるんで。 どうぞ、自由に工房を見ていて下さい! 」


「ああ」


 そう言って工房の奥へと向かうドワーフの少女は、突然その動きをピタリと止めた。


「パ……お父さん? 」


 小さく呟いた彼女の言葉を皮切りに地面が揺れる…かの如き騒音が工房の地下から響く。


 暫くしてガチャリと後方の扉が開き、ゼィゼィと息切れする音が聞こえた。


 何事かと振り向けば。


 鍋型の兜を頭に被り、寝癖なのかあらぬ方向に曲がった立派な髭を蓄えた屈強なドワーフがハンマーを手から取り落とし、ポカンとした表情で此方を見つめているではないか。


「お、お主。 な、名はなんと言う…? 」


「グレイ、グレイ・バーツだ」


「グレイ…バーツじゃと…? 」


「ぱ、パパ? どうしたの……? 」


 俺の名を聞くと、突然その身体を小刻みに震わせ始めたドワーフの男は。


 鍋型の兜を外しテーブルに置くやいなや腹を抱えて笑い始めた。


「カーッ! カッカ! そうか、そうかそうか! グレイ、グレイ・バーツか! ほーッ! あの老いぼれの秘蔵っ子。 話には聞いておったが…ここまでとはな! カッカッカ! 」


(ん? )


 老いぼれ? 秘蔵っ子?


「と言うとなんだ。 ついにあの爺さんは現役を退いたのか、ええ?  」


「爺さん? 何の話だ」


「ああ、悪い悪い。 お主のお師匠さん…ブレン・バーツの話じゃ」


(なっ……!! )


 このドワーフ、ブレン爺さんの事を知っているのか……!?


「カッーカッカ! まあ、お主が驚くのも無理はないかのぅ……っと、ほれっ! ルル。 お茶の支度を頼む、無論三人分じゃ! それと、あのクッキーも出してきてくれぃ」


「えっ。 あっ、了解~っ! 」


 ドワーフの男はどうやら娘だったらしいルルという少女にお茶の支度を頼むと、愉快そうに笑いながら俺を工房地下の大広間へと案内した。


「まぁまぁまぁ、適当な椅子に腰かけぃ。 色々と話したい事も聞きたい事もあるが、まずは茶じゃ茶! カッカッカ! 」


 椅子に腰かけ、歯を見せて笑うドワーフの男は…どことなく俺が良く知る爺さんを彷彿とさせた。

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