第2話 拝啓爺さん(後)

 可憐な少女の誘いを一刀両断したマスター・オブ・ヘビーウォーリアことグレイの言葉にギルド内は微かにざわついていた。


 その一因には、先程会話にすら乗ってもらえなかった少女がここヴァルサフランで活動する冒険者達の間でそれなりに有名だった事もある。


 彼女は見た目の可憐さもさる事ながら。


 回復職としての腕も買われ多数の優秀な近接職が周りを固める、ついた二つ名は白薔薇のリリア。


 純粋な人族ではない生まれもあってか、年齢を感じさせない幼げな見た目に反し男好きで知られ…また無類の面食いだった。


 リリアをリーダーとするパーティーは彼女以外全員が男であり、種族は違えどその全員が美男子だ。


 今回、彼女のターゲットに定められたグレイもまた、今までの男達とは方向性こそ違うが決して悪い顔付ではない。


 そんな男がマスターの名を冠するジョブを持っているとなれば、飛びつくなと言うほうが無理というものだろう。


 そのパーティ交渉の成功率から良からぬ術の類を使っているのでは? と邪推された程全戦全勝だったリリアの誘いがしかし、ああも簡単に失敗に終わり。


 ギルド内の男達はグレイの靡かない姿勢に関心し、女達は悔しそうに俯くリリアを見て内心せいせいしていた。


 その後、意図しての事か分からぬがグレイを取り囲むように待機していたリリアの騎士達を一睨みで退散させ、堂々とクエストボードに向かう様は冒険者達にかつてない大物の登場を予感させた。




 ◇◆◇




 先程の譲ちゃんに声をかけられてからギルド内がざわついている。


 くそっ、上手くいったと思ったがほんの少し話しただけでアウトだったか……無念。


 こうなってしまえばしかたがない、俺は碌に内容も視ずに手近な依頼書をむんずと掴みそれを受付へと持っていく。


 周囲の囁きを耳に入れぬようにと必死な俺は、サッと半ば突き出すように依頼書を提示し、何か言いたげな受付嬢に対し「とりあえず俯いてその場をやり過ごす作戦」で対応するとそそくさとギルドを後にする。


 思いの外早く捕まった魔装馬車に一度、今日からお世話になる宿に寄ってもらい手短に荷ほどきと身支度を済ませると。


 その流れのままヴァルサフランの南端門へと向かった俺は、早速受託したばかりの依頼に取り掛かる事にした。


 魔装馬車に揺られながら確認した依頼内容は「黒炎魔鉱の調達」。


 依頼書によれば黒炎魔鉱が採掘出来る鉱山…ドラグナード鉱山は炎を扱う魔物が多数生息し、幼体から成体まで複数の竜族も確認されている事から、依頼主である鍛冶屋は自ら採掘に赴こうにも、そもそも立ち入ることすら出来ずに困っているらしい。


 竜殺しにはそれなりに覚えがあり、炎も属性系の中では対処しやすい部類なので一先ず初めての依頼としては丁度いい難易度だろう。


 この辺りの相場は知らぬが、報酬として提示されている額があれば俺がお世話になる宿の代金を三か月分纏めて支払う事が出来。


 さらに一回まで無料で装備の手入れをしてくれるとなれば、この依頼…かなりの当たりではなかろうか?


 何故三日前に発行されたこの依頼書がいまだに残されていたのかは謎だが、俺はこのウマい仕事を完遂する為ドラグナード鉱山へと急いだ。




「グガッ……カヒュッ」


 岩を思わせる硬質な外皮を粉砕し、火吹き岩蜥蜴タイラリザードの成体を両断する。


 鉱山に足を踏み入れてからそれなりに時間がたったが、今のところ盾を必要とする場面も無く。


 本来ヘイトを集めるために使用される先陣の武勇歩行ファーストブライウォークで付近の敵を釣り、周囲の安全を確保しながら足を進める。


 街中に居る時とは違いフルフェイスの兜を被り全身重厚な鎧に覆われた俺は、その上からさらに自身の闘気…一般的に堅牢なる心パーフェクトウォールと呼ばれるヘビーウォーリアの戦技を常時使用している。


 その甲斐あってか、何度かタイラリザードのブレスや岩石巨骸ボルガマキナの鉄槌を受けているが鎧にも体にもこれといった損傷はない。


 やはり、予測していた通りこの鉱山に生息する魔物達はそこまでの脅威ではないのだろう。


「……む」


 索敵の為にと定期的に伸縮させていた魔力の円に大型の反応が引っ掛かる。


 と、同時に向こうさんも此方の匂いを嗅ぎつけたのか周囲に竜の咆哮が響き渡った。


(……この心に響く声、雑魚と言う訳ではないようだな)


 力を持つ竜はその声にすら膨大な竜力が込められている、即ち咆哮そのものが直接相手への攻撃となるのだ。


 今回の竜程度であれば直接ダメージを受ける事はないが、心にズッシリとくるこの感じからいってそれなりの力は持ち合わせている様だ。


「オウッ! 」


 ならばここいらで一度、武技を使うのも悪くない。


 自身の掛け声をトリガーにして、手にした大剣の刃に先程までこの身に受けてきた攻撃のエネルギーを具現化し付与する。


 紅いオーラを纏い一回り程巨大化した大剣を両手で構え、空を見据え耳を澄ませる。


 数拍。


 静寂の後、微かに聞こえた竜の羽ばたきは次第に大きくなり…ついにその姿を視界に捉えた。


「一閃ッ!! 」


 斬撃の余波で地面は捲れ上がり。


 岩石を吹き飛ばしながら大きく振るわれた大剣の刃から、先程付与した紅きエネルギーの塊が三日月を形成し宙を切る。


「ヴォッ…! グッ……グボァッ!! 」


 今まさに火球を放たんとしていた竜の口元に、俺が放ちし飛刀が直撃した。


 攻撃を受け不発に終わった火球は竜の口内にて爆発を引き起こし、首から上を吹き飛ばすと。


 頭部を失った竜は上空から力なく墜落し、砂埃を巻き上げ地面に叩き付けられた。


 昔爺さんが用意してきた竜のように再び首が生え、即座に反撃してきやしないかと死体を暫く睨んでいたがその様子もなく。


 少し拍子抜けしながら心臓と竜玉を回収し、鱗を綺麗に剥いで食料代わりの肉を拝借し、爪と翼膜を袋に詰めた俺はその場を後にした。




 ◇◆◇




 その夜。


 ギルドに持ち込まれた上質な竜の素材と、中流殺しと呼ばれるドラグナード鉱山での依頼をソロ完遂という…初仕事とは思えない働きから、グレイ・バーツの名はヴァルサフランの冒険者達の間で瞬く間に広まっていった。


 彼を送り出した受付嬢は、本来初仕事として選ぶには荷が重すぎる今回の依頼をマスタージョブである事を理由に許可した自分の目に、狂いはなかったと同僚に誇らしげに語ったという。


 そんな、なにかと話題になっている男は自身の取り分である竜の素材と依頼品である黒炎魔鉱を手に。


 依頼主であるドワーフの鍛冶屋が営むガルガン工房を目指して、周囲の目線を悪い方に解釈しながら無心で歩みを進めていた。


 周囲を一瞥する事無く、無表情で黙々と歩く彼の道中を目撃していた人々の話は口伝に広まり。


 自身の功績を誇る素振りも見せず淡々と仕事をこなす様と、盾職のマスタージョブであるという二つの要素が重なり合い、初日にして「ただそこに存在し主を守護するもの」即ち「城砦」の二つ名が付けられる事となる。


 こうして、本人の知らぬところで「城砦のグレイ」となった彼の物語はゆっくりと動き出すのだった。

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