122. 情報収集

「はーい、御飯ですよー」

「ちゃんと並んで。列を乱しちゃダメだよ」


 数日後。

 

 三角巾にエプロンをした純花と美久は、地上に建てられたテントの下で食事を配っていた。大鍋の前に立ち、皿を持って並ぶゼンレンたちにおかずやスープをよそっている。

 

「おっと。少し出遅れたか。大分並ばねばならんな」

「同志トム。私が同志の分まで取ってきましょうか?」

「不要だ同志ボブ。組織運営の都合上、役職というものは設けられているが、我らは平等。小間使いのような真似はさせられんよ」


 その最後尾に並ぶボブ、そしてトムのコンビ。香辛料のにおいに食欲を刺激されつつも順番を待つ。

 

「というか貴様の魂胆は見えているぞ。スーミーと言ったか。あの子が気になるのだろう?」

「あっ、いえ、自分は……」


 顔を赤くし、わたわたと焦るボブ。女性に免疫があまりないボブである。そういうのを明かすのに恥ずかしい気持ちがあるのだ。

 

「ど、同志トムこそ気になっている女性がいるのでは? 毎回、楽しそうにしているじゃないですか」

「ふふ、分かるか。怜悧な魅力のあるスーミー殿、働き者のミカ殿、年下ながらも母性を感じさせるリズ殿、少々性格に難はあるが将来美人間違いなしのキーコ殿……どれも素晴らしい女子だ。こんな状況下ではあるが、男として惹かれてしまうのは仕方ない事だと思わんか?」


 トムはハハハと少し照れくさそうに笑った。

 

 生真面目で頼りになる級長トム。こんな一面もあったのかとボブは少しだけびっくりする。思わず親近感を感じてしまい、くすりと笑みを浮かべてしまう。

 

「級長はどの子が一番好みなんです? 私の周りではリズさんが人気ですが」

「ふーむ。皆、甲乙つけがたいが……」


 顎に手をやり、四人の女性を眺めるトム。しばし考えると、彼は言う。

 

「うむ、やはりレヴィア殿だな。ゆくゆくの事を考えると彼女一択だろう」

「えっ? レヴィア殿ですか? 意外ですね。四人に比べると人気はあんまりな感じですが」

「まあ、少々クセのある容姿だからな。しかし……」


「一丁上がり! スーミーにミカ、タラタラしてんじゃないよ! アツアツの内に配ってやんな!」


 ものすごい速度で料理し、皿に盛り付けるレヴィア。どうやら今日はチキンステーキのようだ。食欲が刺激されたのか、近くにいた生徒たちがごくりと唾をのむ。

 

「あの腕前。確かに遊んでそうな見た目であるが、普段から努力しておるのだろう。嫁にするならあのような女子が一番だな」


 確信した声で言うトム。完全に節穴であった。その答えに「成程。道理ですね」と頷くボブ。どうやらこちらも節穴のようだ。


「あれ? しかし同志トム。確かネイ殿のような子が好みとか言ってませんでした?」

「まあな。背徳感のある感じが素晴らしい。だが、将来を考えると少々頭の出来がな……」

「ああ……」


 確かに、とボブは思った。あの実直さは好ましいが、接していると嫌でも分かる残念さ。友人や同僚ならまだしも、嫁や恋人としてはちょっと……。

 

「それに、年上に制服という組み合わせは素晴らしいが、他にも色々とある。例えばシスター服やナース服。これほど年齢問わず背徳感を感じてしまうものはない。他にもスモッグやらメイド服やら……」

「…………」


 コイツただの変態コスプレマニアじゃね? ボブはそういう疑念を抱いた。

 

 これ以上話を聞くとトムに対する尊敬が消し飛んでしまうと予感。ついでに周りから自分まで変態扱いされてしまうかもしれない。ボブは「そ、そろそろやめましょう。女子たちに聞こえてしまうかもしれませんし」と話をそらし始めた。






「や、バッチリ聞こえちゃってるんだけどね」


 レヴィアの料理をサポートしているリズ。彼女はふうとため息を吐く。

 

 補給科に配置されて数日。調理班を任された彼女らは一躍人気者となっていた。そこら中で噂され、誰々が好みといった話題は尽きない。主義主張の為に決起した彼らであるが、やはり若い男という事だろう。

 

「まあいいじゃん。お陰で口も軽くなってるし。情報収集がはかどるはかどる」


 隣にいるレヴィアが鍋を振りながらつぶやく。確かに、とリズは思った。雑談がてら情報収集すると、男はホイホイと情報を吐く。ちょっと機密っぽい事でもだ。

 

 そしてそれは男だけではなく……。

 

「オラオラ、さぼってんじゃないよ! まだ客はいるんだ! しっかり手を動かしな!」

「「「はーい!」」」


 レヴィアの言葉に、周囲の女性は嬉しそうに返事をした。


 ギャル……というより姉御肌なヤンキーと化している彼女。ギャルがイマイチ分からずこうなってしまったらしい。しかし塞翁が馬というか、頼りになる姿が女子の琴線に触れたらしく、圧倒的支持を得る事に成功。結果、レヴィアの問いかけに女子たちはきゃぴきゃぴと答えるようになったのだ。

 

 普段はむしろ女子からヘイトを食らいやすいレヴィアである。それを見たリズは「アンタ、そっちの方がモテるんじゃない? 男女両方に」と呟く。

 

 そんな風に騒ぎが起こる中、一方では……

 

「何でうちが料理なんか……」


 ぶつぶつと文句を吐きながら野菜の皮むきをするロリ京子。

 

 どうやら料理をしたことがないようで、その手つきは非常につたない。そもそもやる気がなさそうである。「料理など高貴な身分がする事ではない」などと思っているのだろう。客相手に頑張っている美久が「お嬢……キーコ様、ガンバですよ」とエールを送るが、効果は全くないようだ。

 

「フッ」


 ふと、嘲笑うような声。リズが視線を向けると、京子相手に鼻で笑うレヴィアの姿。「女子力ひっくーい」という意思がバリバリに感じられる。彼女の声に京子は鋭敏に反応し、レヴィアをにらみつけた。

 

「もう、だから喧嘩売るんじゃないの」

「痛っ! み、耳を引っ張んじゃねーよ」


 そんなレヴィアにリズはおしおきをする。何度言っても聞かないなら、痛みを伴うしつけをするしかないのだ。

 

 一方、京子の方では美久が「お、お嬢様。例の件があるからもう喧嘩しないってご自分で……」と小声で耳打ちしていた。内容はよく聞こえなかったが、どうやらなだめているようで、京子はハッとしつつも怒りを収めた模様。


「大体、何でそんなにキョウコに厳しいのよ。確かに思うところはあるけど、自分から喧嘩売らなくていいでしょ」

「だってさぁ……」

 

 リズが問いかけると、レヴィアはぶつぶつと愚痴るように語りだす。過去、純花と同じ学園にいた事を。田舎の兼業農家出身のレヴィアは家柄マウントを取られまくった事を。

 

「で、マウントを取りつつも俺に告白してきた女がいてさ。好みじゃなかったからフツーに断ったんだけど、それがヤツの怒りを誘ったらしくて。全生徒に俺をハブるよう指示しやがったんだ。何かヤツに似ててものっすごい嫌い」


 まあやり返したんだけど……と言うレヴィアだが、その時の怒りを思い出してしまったらしく、大鍋を勢いよく回し始める。が、すぐに「おっと、いかんいかん。料理は愛情」と感情を鎮めた。

 

「ふーん。けど、キョウコは別の人間でしょ。八つ当たりは見苦しいわよ」

「そうだけどさぁ」

「大体、キョウコも純花と同じなのよ? 帰りたがっていて、きっと寂しがってるに違いないわ。優しくしてあげましょうよ」

「いや、正直どうでもいい……」


 相変わらず純花以外には優しくないレヴィア。そんな彼女の耳をリズは再び引っ張る。

 

 無言かつ痛みを伴う抗議に、「痛い痛い。分かった。ちょっとは優しくするってば」と言うレヴィアであった。

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