113. 異変の気配
翌朝。
宿を出た純花たち一行は、再び学園への道を歩く。
「ねえ。昨日の夜、何か変な感じしなかった?」
その道すがら、純花は三人へと問いかけた。彼女の言葉にネイとリズは首をかしげる。
「変な感じって?」
「特に何もなかったと思うが……」
二人は何も感じなかったらしい。
昨日の深夜、純花は精霊がざわつくのを感じていた。争いの気配。しかしその気配は薄く、恐らくは遠くで起こったものだと思われる。眠かったし、レヴィアが布団をはっぱいでいたりトイレに行きたがってたりしたので、そのお世話を優先して無視してしまったのだ。
二人の答えを聞いた純花は「うーん、まあいいか」と忘れる事にした。今は何も感じないし、どうせ大したことでは無いだろう。チンピラが喧嘩してたとかそういうのに違いない。
しかし学園前に到着すると……何やら様子がおかしい。
昨日いた門番はおらず、付近にはたくさんの生徒たちが突っ立っている。授業が始まっているだろう九時前にも関わらずだ。何やら不安げな様子も感じ取れる。
「どうしたんだろ。レヴィア、何かした?」
「何でわたくしに聞くんですの。何もしてませんわ」
リズがレヴィアへと問いかけると、彼女は心外という感じで答えた。いつもの“やらかし”だと思われたのだろう。が、昨日はずっと四人一緒だったのでその可能性は低いと思われる。
疑問に思いながら門の中へ進む。正門前で京子と落ち合う予定だったのだが、いなかったのだ。まだ来ていないのか、この騒ぎに巻き込まれたのかは不明だが……とにかく一行は進むことにした。
「あっ、ちょっと。危ないですよ。部外者は中に入らない方が……」
が、門を通ろうとした時、生徒のうちの一人が注意してきた。
危ない? 一体何が起こったのだろうか。
その疑問を純花が放とうとした時。
「おーい、木原純花やーい」
奥の方から美久が小走りでやってきた。
「あ、えーと……名前なんだっけ?」
「そういや自己紹介してませんでしたね。田中です。田中美久」
「そっか。で、田中。何が起こったの?」
純花は美久へと問いかけた。すると美久は真剣な表情でいう。
「やばい事態です。クーデターが起きちゃったんですよ」
「クーデター?」
クーデター。暴力による政権奪取的な言葉。
が、ここは国会ではなく学園である。何でそんな言葉が出るのか。四人は首をかしげた。
「と、とにかく来てください。お嬢様と、六賢者の方々がお待ちです」
* * *
純花たちが案内された場所。そこは学園内にある背の高い建物だった。
“賢者の塔”と呼ばれる場所。非常に立派な建造物で、その高さは町じゅうどこからでも見えるほど高い。昨日、純花が遠目に見た塔がこれである。
その塔に到着すると、美久は純花だけを連れて行こうとする。何故かと理由を聞くと……
「いや、絶対喧嘩になるでしょ。お嬢様とピンクの人。なら最初から連れて行かない方が良いかなって。話し合いにならないですし」
もっともな言い分であった。レヴィアはそれに反論したが、誰も信じない。リズに「はいはい。私らと一緒にここで待ちましょ」と言われ、ぐぬぬとなりながらも引っ込んだ。
パーティと別れ、塔の中に入る。中は非常に広く、天井も高い。石造りの壁にはめ込まれた色とりどりのステンドグラスは美しくも荘厳な雰囲気を醸し出しており、何かをモチーフにしたような模様が描かれている。難しい顔で本を読む人間、ハンマーを振るう人間、何かを指揮している人間……。
「おーい、何ぼーっとしてるんですか。こっちですよー」
周囲を眺めていた純花に、美久が声をかけてくる。見れば、既に美久は少し向こうの部屋の中にいた。純花が小走りでその部屋に入ると、自動的に扉が閉じられる。ウィーンという機械音が聞こえはじめ、次に感じたのは少しだけの重力。
「エレベーターなんてあるんだ」
「ええ。遺跡で発掘したものを復元したらしいですよー。動力は電気ではないらしいですけど」
ちょっぴり驚いた声を出すと、美久が補足してくる。そういえばヴィペールの闘技場でも同じようなものはあった。遺物研究がさかんな魔法都市であれば存在するのは不思議な事ではない。
そうして最上階へと上がり、部屋の一室へ案内されると……
「対処は早い方がいい。魔法師団を派遣すべきだろう」
「異議なし。学生風情が調子に乗りすぎじゃな。一度痛い目見てもらうべきじゃろう」
円卓の会議机を中心に、議論し合う者たち。全員が老人であり、お偉いさんといった雰囲気だ。ただし恰好は貴族風、魔法使い風、研究者風と、それぞれがかなり異なる。
「あ、純花さん。来たんやね」
「ん? ……おお! キョウコ殿と同じ勇者殿か! 良くおいでなさった!」
その中でも特に異彩な恰好、着物を着た京子がこちらに気づく。すると老人たちが歓迎の声を上げた。
「ささ、こちらへどうぞ。ぜひ勇者殿にも聞いて頂きたい話なのです」
「え、ええと……」
老人の一人に背中を押され、困惑しながらも席につく純花。
「ねえ近衛。何これ? クーデターとか聞いたけど」
「クーデター? ……ああ、美久から聞いたんやな。言いえて妙やけど」
何が起こっているか分からず、純花は隣に座る京子へと問いかけた。その彼女が答える前に、老人の一人――貴族風の衣装を着た男が口を開く。
「まずは名乗らせて頂きましょう。私の名前はアスター・ロウゼ。この都市で代々、“法の賢者”という地位を頂いている家の者です」
賢者。確か魔法都市は六人の賢者なる者が統治しているという話だったはずだ。そのうちの一人がこの男という訳だろう。
さらに他の者らも立ち上がり、名を名乗る。
「あれ? 六賢者だよね? もう一人は?」
ふと疑問に思った純花はつぶやく。純花、京子、美久を除くと、残り五人しかいない。
その疑問に目の前の老人たちが苦い顔をした。
「魔の賢者……ガーベラは、今この都市にいない。ちょっとした用事があるとの事だ。全く、肝心な時にヤツは……」
ぶつぶつと愚痴る、剣の賢者と名乗った者。
そういえば、千后祭に賢者ガーベラとやらが出ていたはず。もしかして用事とはその事だろうか? その割には戻ってくるのが遅いが。
「ま、奴の事は置いておいて……我らがこの魔法都市を統治する六賢者と呼ばれている者です。以後お見知りおきを」
とにかく、この場所にいるのは魔法都市のトップらしい。法だの鉄だのはよく分からないが、要は政治家だろう。その政治家が自分に何の用だろうか? 純花が疑問に思っていると、アスターは語りだす。
「スミカ殿は昨日着いたばかりと聞いております。最初からご説明しましょう。実はですな、最近この学園には良からぬ輩が増えておりまして……」
聞けば、少し前から学生の中に徒党を組む者らが現れたという。彼らはとある主義主張を唱え、学園に要求を叶えるよう求める。当初は無視していた学園側だが、徐々に賛同する者が増え、組織立って再三の申し立てを賢者たちにしてきたらしい。しかしそれが叶えられなかったため、武力で学園の一部を乗っ取ったというのだ。
「奴らの要求など叶えられるはずもありません。魔法都市、ひいては国全体が危機に陥る可能性があります」
頭痛がしたように頭を押さえるアスター。
国の危機。一体どんな要求をされたのだろうか。純花がその内容について尋ねると……
「奴らの要求は、迷宮図書館の開放。あらゆる制限を撤廃し、学びを求めるありとあらゆる者を受け入れるよう求めてきたのです」
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