086. 予選・上

 少しだけ時を戻そう。

 

 千妃祭の予選。それは早朝の英雄殿にて行われた。

 

 流石に千人もの后を会場へと連れていくのは大変である。まずは英雄殿の中で予選が行われ、足切りをされる。大体二十人くらいのグループに分かれて、それぞれのトップが本審査への参加を許されるのだ。また、予選と本選を同日にやるのは、落ちた候補者による介入等を避ける為だ。


 さて、グループのうち一つに分けられたレヴィア。彼女は今、翼の宮という場所に来ていた。別のグループは他の宮へと向かったので、それぞれが別の場所で審査を受けるのだろう。不正防止の為に同時並行で行われるのだと思われる。


「なーんかお高く留まったような場所っすね。正直苦手っす」


 隣にいるレナがぼやいた。彼女の言う通り、翼の宮は豪華でありつつも下品でないという貴族風のデザイン。今いる大広間は家具こそかたづけられているものの、内装や壁の装飾具からはどことなく高貴な感じがする。貴族狙いの泥棒たるレナが居心地の悪さを感じてもおかしくない。

 

「レナさんはそうでしょうね。私としてはそこまではありませんが……」

「あれ? 姉御、何で演技してるんです?」


 最近久しくしてない大人しい女演技をしているレヴィア。ロムルスがいない今、演技の必要はないはずなのに。そう思ったらしいレナが問いかけると、レヴィアはしぶい顔になって耳打ち。

 

「お馬鹿。ロムルスがいつ戻ってくるか分かんねーだろうが。ヤツの性格上、魔物討伐より千妃祭を優先するはずだしな」

「ああ、確かに」


 レヴィアの答えに納得するレナ。彼女に対し、レヴィアは続ける。


「それに周りもだ。知らないヤツばっかじゃん。何があるか分かんねーし、ちゃんと警戒しとけよ」

「そ、それは勿論。つーか確かに知らない人ばっかだな。三階にいたヤツが一人もいないし」


 レヴィアとレナを除く十八人。全員が見た事のない顔だった。恐らく下の階の者だと思われる。

 

 そして何故か彼女らはレヴィアたちが気に入らない様子。ちらちらと不快げな目線をこちらに送ってきており、中には舌打ちする者もいる。

 

 一体何なのだろうか。レヴィアが不思議に思っていると……。

 

「お待たせしました。千妃候補の皆様、こちらをご注目ください」


 部屋にいる文官らしき人物が声を上げた。どうやら予選が始まるらしい。レヴィアは気になる心を抑えつつも傾聴する。

 

「これより予選を開始します。まず、皆さまにはロムルス様の妃候補であるという自覚をして頂きたい。妃にふさわしい心がけで臨まれて頂くようお願い致します。不正行為は見つけ次第失格となりますのでご注意を。また……」


 注意事項を話し始める文官。内容は一般的な事だった。特に変なものはなく、不正をする場合は見つからないようにしようと思う程度のものであった。

  

「本選へ進めるのはこの中で一名のみ。予選の科目は三つありますので、それらの総合的な結果を見て判断いたします。審査員はこちらの五人。左からミトル伯爵、ファビウス将軍、ロムルス様の第十后ルシア殿下、第三后の息子パオロ殿下、そして私ども文官の代表です」


 カールした髭を持つ太った男、いかつい顔で腕を組む武人、金髪ドリル女、生意気そうな子供、目元にクマが出来ている女文官。この五人で審査をするらしい。非常にバリエーションが豊かだ。多角的に判断する為だろうか? それでも子供はいらないと思うが。レヴィアは首をかしげた。

 

「あれ?」

「レナさん、どうしたんですか?」

「いや、あの女……」


 レナの視線の先はドリル女。ドリルが嫌いなのかな? と思ったレヴィアだが、すぐに気づく。

 

「あっ。あの時の……」


 自分の正体をバラしてしまった女、ルシアであった。審査に参加するという彼女は冷めたような瞳でこちらを見ている。

 

「ま、まずい。こないだまで妨害してたのもアイツじゃないか? また何かしてきたら……」

「あり得ますね。審査員の一人ですし、難癖をつけてくる可能性は高いでしょう」


 そう思うレヴィアだが、内心大した心配はしていない。自分のスペックならどんな試験だろうが通る自信がある。

 

 さあ、どんな審査があるのだろう。剣か、学力か、はたまた美しさか。レヴィアが様々な予想を巡らせる中、文官は言う。


「それでは時間も押しているので、早速始めさせて頂きます。第一の審査は――



 

 料理です!」

 

 

 

 …………

 

 

 

 ……は?

 

 レヴィアの目が点になる。

 

 料理。何で妃になる為の審査が料理なのか。王族が自分で料理する事なんてないと思うが。レナも同様の感想のようで、意味不明といった顔をしている。

 

「やった! 得意科目だわ!」

「私も! 料理には少し自信があるのよ」

「うふふ、十数年にわたる花嫁修業の成果、見せてあげるわ……!」


 が、二人の反応とは裏腹に周りの女全てが喜んでいる。どうやら料理は得意らしい。

 

「うふふ、見てあの二人。戸惑ってるわよ」

「きっと料理なんて作ったこともないのでしょうね」

「所詮は小娘。甘やかされて育てられたのでしょう。見た目だけじゃなく、中身が大事なのにねぇ。女子力は」

 

 そして戸惑っているこちらをディスってくる。感じられるのは嘲笑と嫉妬。

 

 一体何故。そんな疑問を抱いていると、隣のレナがはっした顔になった。


「あっ! そ、そういう事か! レヴィア、やっぱり仕掛けてきたみたいだぞ」

「は? 何が?」

「試験科目だよ! 私ら、料理なんてできないだろ? 全部ステラに任せっきりだったし……」


 本当に? レヴィアがそういう気持ちでルシアの方を見ると、彼女はクスリと笑った。あの反応を見るに、レナの言葉は当たっているのかもしれない。

 

「皆さま、お静かに! 調理場及び食材は隣の部屋に用意しておりますので、ご自由にお使い下さい。お作り頂くメニューは自由。制限時間は一時間ですが、試食は早く出来た方から頂きます。私たちの舌をうならせるものが出来る事を期待しております。……では、スタート!」


 文官がそう言った途端、銅鑼どらのようなものが鳴る。その瞬間女たちは我先に隣の部屋へと向かった。審査員である五名もゆうゆうと向かい、壁際の審査員席へ座る。

 

 ポツンと残されるレヴィアたち二人。隣のレナは焦ったままに言う。

 

「ま、まずいっすよ。周りは全員得意そうなのに……。ああ、お宝が、財宝が……」


 レヴィアが千妃とならなければ星の宮に残した宝も回収できない。一つ二つ程度なら懐に隠す事も出来るだろうが、財宝風呂に残った大量のものは諦めざるを得ないだろう。というか落ちた時点で元々の持ち主が持って帰るに違いない。


 頭を抱えるレナ。その見苦しい姿を見たレヴィアはため息を吐く。

 

「まあ、とりあえず行きましょう。料理は出来なくもありませんし」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る