085. 千妃祭の朝
パン、パンと空砲が鳴る。
大きなイベントがある際、王都の早朝に響くものだ。その音の元は円形の闘技場だった。
ヴィペール王立闘技場。戦士たちが技を競う場所であり、普段から非常に賑わう場所。しかし今日の賑わいは普段に比べても別格である。戦いに興味のない者すら集まっているのだ。
彼または彼女らの関心事は一つ。
――千妃。ロムルスの千人目の后となる者。
それを決める千妃祭がここ王立闘技場で開催されるのである。
「すごい人。入れるのかな」
「チケットは買ったけどね。下手したら立ち見になるかも」
長い列の中、純花とリズはぼやいた。まだ朝の六時だというのに、闘技場前の広場には長蛇の列。少しでも早く並び、いい席を確保したいのだろう。純花たちもそういうつもりで早く来たのだが、少々出遅れたかもしれない。
「全く。嫁選びを見世物にするなど趣味が悪い。ロムルスめ……」
「ちょっとネイ。気持ちは分かるけどやめなさいよ。侮辱がどーたらで絡まれたらどうするの」
ぶつぶつと文句を言うネイに対し、リズは忠告。ここ
「ねえ。お母さん、大丈夫かな?」
彼女らと共に来たニナが不安げに見上げてくる。ニナだけでなく、そばにはエドとヘンリーもおり、そわそわと落ち着かない様子。恋人や妻が心配なのだろう。
ニナに対し、リズは安心させるように優しい顔で言う。
「大丈夫。これが終われば帰ってくるわ。手紙にもあったじゃない」
「うん……。そうだよね。ありがとう。カマ野郎のお姉ちゃん」
「!?」
のけぞってショックを受けるリズ。一か月経っても演技に慣れていない彼女であった。
そんなリズは置いといて、純花は先日届いた手紙の事を思い出す。レヴィアより送られたソレは「イレーヌとステラは無事。逃げるとマズいらしいのでこちらで保護。千妃に内定したのでご祝儀よろしく」という内容であった。
千妃に内定。つまり篭絡に成功したのだろう。その内容に純花は驚き、リズは「やるときはやるじゃない」と感心。ネイだけは「本当にぃ?」と疑っていたが。
それらの感想はともかくとして、他の千妃候補が外部との連絡を禁じられる中、平気で手紙を送って来たという事実はある。何らかの特別扱いはされているのは間違いないだろう。
そうしたレヴィアの成功とは裏腹に、純花たちの状況は芳しくなかった。いくつかの遺跡を巡ったが……ハズレばかり。“言語理解”のお陰で発見した隠し部屋も、中にある遺物はごくありふれたものでしかなかった。
よって最後のアテはヴィペールの王族が持つ遺物だけ。遺跡がハズレだった以上、それをレヴィアが手に入れる事を期待するしかない。
純花は闘技場を見上げる。今頃は予選を受けているはずなので、まだこの中にはいない。千人のうち五十名程度が本選に進み、ここに運ばれ、衆目の中で千妃として相応しいか審査されるという。
単純に言えば本選へと進む確率は二十分の一。容姿だけなら千どころか万を相手取ってもぶっちぎるレヴィアである。本人は謙遜しているが、戦闘能力も非常に高い。頭も……悪くはないだろう。たぶん。千のうちの五十程度なら間違いなく選ばれる。余程の何かが無い限りは。
そうして待つこと二時間余り。
人混みはさらに増えつつあり、そこら中がごったがいしている。出店なんてのも出ているので完全にお祭り状態だ。それらをうざったく思いながらも開場を待ち続ける純花たち六人。
「だーれだ?」
ふと、近くから悪戯っぽい声が聞こえた。見れば、知らない女がエドを後ろから目隠ししている。その声を聞いたエドはビックリとして振り返った。
「イ、イレーヌ!」
「久しぶり、エド。それとありがとう。迎えに来てくれて」
栗色の髪の少女。その姿を見たエドは表情を喜びに変化させ、彼女を抱きしめた。
一方、別の方でも再会が行われていた。「ニナ! ヘンリー!」と言う声と共にエロそうな人妻が駆け寄ってきており、二人と抱きしめ合う。
「お母さん! うええーん!」
「ニナ、会いたかったわ……!」
「ステラ……! ああ、よく戻って来た……!」
一月以上母と引き離されていたニナは号泣。ヘンリーとステラも涙ぐんでいる。その光景を見たネイはうんうんと満足そうに頷き、純花とリズも少しだけ微笑み――
――クスリ。
ふと、リズががばっと振り向く。一体何だろうと彼女の視線の先を見ると、黒いローブをかぶった人物の後ろ姿。
不審な見た目。しかしその人間は何をする訳でもなく、人込みの中に消えてゆく。精霊が忠告してくる様子もない。
「リズ?」
「……ううん。何でもないわ」
純花が問いかけると、何でもないと言うリズ。何でもないという感じではなかったが……。
「しかし、二人は何で戻ってこれたんだ? 他の后たちはまだ解放されてないのに」
そうしている間も話は進んでいたらしく、イレーヌたちへと問いかけるネイの声。確かに他の后はまだ解放されておらず、イレーヌとステラだけが戻ってきている。その答えが気になり、純花とリズは視線をイレーヌたちへと戻す。
「レヴィア様が出してくれたの。予選は受かっちゃったんだけど、千妃は自分で確定だから二人くらい解放していいだろうって」
「そうなのよ。レヴィア様の下僕には貴族もいるから、その方経由で……」
「「下僕!?」」
二人して驚くリズとネイ。
下僕。確かに放っておけない言葉だった。ついでにナチュラルに様付けしているのも非常に気になる。
聞けば、レヴィアは本当に千妃に内定しているらしい。ロムルスの関心を一身に受けているのだとか。それを知った他の女たちは初めこそ邪魔してきたものの、最終的に媚びを売るようになったという。
「ほら。レヴィアだってやるときはやるんだから」
「う、うーむ。信じられん。一月持たせたというのか……」
嬉しそうに言うリズに、信じられないという表情をするネイ。純花も「すごいな」と素直に感心していた。
……が、
「それで途中から演技の必要がなくなって、女王様状態だったの。王子も途中からいなくなったし」
「あんな無駄な贅沢見た事ないわ。本当にやりたい放題というか……」
玉座を造る、
以上、二人が話した内容。それを聞いたリズは顔を引きつらせ、ネイは「だろうな」と呆れ顔になる。思いっきり楽しんでいる様子であった。恩に感じていた純花でさえ「自分の為だと思ってたけど、勘違いだったのかな?」と思い直す程に。
「そ、それよりもさ。ロムルス王子がいなくなったってどういう事? もう千妃祭は始まっちゃうけど」
「ヴィペール東部の魔物討伐に行ったみたいです。噂では魔王と関係があるとかないとか……。ただ、あの王子の事ですから千妃祭までには戻ってくるかと……」
リズの疑問にステラが答えたその時、道の向こうから馬鉄の音が聞こえてきた。乗っているのは赤毛の男、ロムルス。その暴走車ならぬ暴走馬っぷりに人々はビビり、道を開ける。
「う、うおおおお! レヴィア! 水着ィ!」
そして意味の分からない言葉を発しながら闘技場へと突入していった。彼の様子に純花たちはぽかーんとなる。反面、王都の人々は「またか」といった顔だった。
「む、むう。あれがロムルスか。見た目は中々だったな」
「ネイ……」
「い、いや、私はあくまで一般論をだな……」
ぽっと顔を赤らめたネイに、呆れた顔を向けるリズ。純花も同様である。「こないだ聞いてたけど、本当に惚れっぽいな」なんて内心思っていた。
「と、とにかく! レヴィアに篭絡されているのは本当のようだな。大声で叫んでいたし」
「まあね。後は千妃祭だけ。これさえ切り抜ければ……」
誤魔化すようなネイの言葉に、リズは同意。
レヴィアが千妃となり、遺物が手に入る。もちろんすぐ手に入るとは限らないが、それでもどんな遺物があるかくらいは聞き出せるだろう。女の前で男の口は軽くなる、なんて話は純花も聞いたことがある。
しかしそこからはどうするのだろうか。后となったレヴィア。戻ってくるとは言っていたが、彼女の様子を聞くにものすごくエンジョイしている模様。
もしかしたら戻ってこないかもしれない。その考えに対し、言いようのない寂しさに襲われる純花。妙な行動が多いレヴィア。自分もその被害を微妙に受けた事がある。しかし、あまり嫌とも思えないのだ。他人に対し面倒としか思わない純花にとっては珍しい感情だった。
やはりどこかで見た事があるような。この間と同様の考えに行き着く。いや、流石にあのピンク色の髪は一度見たら忘れないような……。
「その千妃祭ですが、難しいかもしれません」
そんな事を考えていると、ふとステラが発言。
一体何故。ロムルスに気に入られているのは間違いなさそうだが。そう思いながらも事情を聞くと、何やら后の一人に目をつけられているのだとか。
「間違いなく千妃祭にも介入しています。予選の内容を見れば間違いありません」
「内容? どんな内容だったの?」
「最初にグループ分けされたのですが、私とイレーヌちゃんが受けた試験はほぼ同じものでした。けど、レヴィア様は違う。明らかにレヴィア様が苦手と思われる試験だったんです。もちろん切り抜けはされたのですが……」
闘技場を見上げながら心配げな視線を送るステラとイレーヌ。一体どんな内容だったのだろうか?
これから始まる本審査。その内容に、言いようのない不安を覚える純花であった。
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