038. 戦いが終わり……

「……ふう。何とかなったみたいだな」

 

 ネイは額の汗をぬぐう。千を超える魔物は全て掃討され、辺りは死屍累々であった。

 

「ぜー、ぜー……。マ、マジで疲れた。二度とやんねー……」


 レヴィアは限界のようだ。全身を大地に投げ出し、あおむけでぜーぜーと荒い呼吸をしている。対し、ネイは全身汗だくではあるものの動けないほどではない。


「ふぅ。疲れた」

 

 そして純花はまだ余裕そうだった。あの暴れっぷりで『疲れた』で済むとは……一体どんな体力をしているのか。

 

(勇者とはこれほどに凄まじいのか……)

 

 魔物の大半は彼女に打ち取られたと言っていい。動きは素人そのものだったが、理不尽すぎる力で大群相手に大暴れしていた。何なら彼女の方が魔物では? と思ったくらいだ。

 

(一人でも軍隊を相手にできそうなのに、同じ存在が三十人以上か。魔王とはどれだけ強いんだ?)

 

 ネイは少々恐ろしく感じてしまう。

 

 勇者を魔王に対抗するための戦力と考えると、魔王は彼らと同等かそれ以上だろう。ならば人間の軍隊など相手になるまい。だからこそ女神ルシャナが神託を与えたのだろうが……。

 

(対抗できるとしたら世界最高峰レベルだろうな。例えばカイル・ドラグネスとか……)


 そんな事を考えながら純花を見ていると、ネイの視線に気づいた彼女はあからさまに不快そうな顔になる。また文句を言われるのかと警戒しているのだろうか。


 如何に気に食わない勇者とはいえ、今回は何千もの人間を救った事になる。その意志は気に食わないとしても、行動自体は称賛されるべきだ。故にネイは純花をねぎらおうと声をかけようとしたが――

 

「すげぇぞ姉ちゃんたち!」


 いつの間にか周りには冒険者たちが。

 

「何て強さなんだ! 流石はAランクだ!」

「もうダメかと思ったぜ!」

「牡丹一華と言ったか! 聞かぬ名前だが、どこから来たんだ!?」

 

 皆が皆、喜びと憧れの表情でネイを見ている。強者故に持ちあげられる事が多いとはいえ、ここまで大勢にされたことはない。ネイは少々照れてしまう。

 

「ま、まあな。皆も大丈夫だったか?」

「ケガ人こそいたが、アンタたちのお陰で全員無事だ! 信じられねぇ! あの数の魔物相手に被害ゼロなんてよ!」


 半分死ぬ覚悟だったのだろう。実際、ネイたちがいなければそうなっていた事は想像に難くない。

 

 次々に贈られる感謝の言葉。嬉しくはあるが、先に純花をねぎらっておきたい。

 

 そう考えたネイが彼女を探すと、純花はレヴィアのそばに移動していた。

 

 純花及びレヴィアの周りに人はいない。一番の功労者である純花だが、その理不尽すぎる力を恐れられたのだろう。それでも中には話しかけようとする者はいたが、いつも通りの塩対応。したがって彼女の近くにいるレヴィアの周りにも人は来ない。

 

 純花はぶっ倒れてるレヴィアに対し、「ねぇ、大丈夫?」と座り込んで問いかけている。

 

「あ、あんまり大丈夫じゃねぇ……。純花、おんぶ」

「は?」

「疲れて動けないけどベッドで寝たい。連れてって」

「……まあいいけど」


 純花はレヴィアを背負い、町の方へと歩き始めた。レヴィアのお願い通り宿へ向かうようだ。それを見たネイは話を切り上げようとする。

 

「皆、悪いが疲れてるんだ。話はあとにしてくれないだろうか」

「お、それもそうか。悪いな気が利かなくて。せめて魔物の処理は俺たちに任せてくれ」

「分かった。頼む」


 そう言い残し、小走りで純花のもとへ向かい、横に並ぶ。何かねぎらいの言葉をかけようと内容を考え始めた。

 

 が、

 

「すごいね」

「うん?」


 先に純花が話しかけてきた。何だろうと思い彼女の方を向くと……

 

 

 

「すごいねアンタ。男の為に仲間を犠牲にできるんだ」




 軽蔑、侮蔑、嫌悪――純花の表情はそんな感情を映し出していた。

 

 一体何故。一瞬疑問に思うネイだが、すぐに思い至る。恐らく指揮官に見惚れていたのに純花は気づいていたのだ。彼にいい格好する為にネイは活躍し、レヴィアを強引に連れ出した――そう思われてしまったのだろう。

 

 違う。確かにちょっぴり見惚れたのは認めるが、そういう意図ではなかった。指揮官がたまたま好みのイケメンだっただけで、目的は士気を上げる事だった。


 レヴィアを連れ出したのも、そうしなければ町が崩壊していたと予測したからだ。事実、町の防衛ラインはギリギリだったので、あそこで行動しなければ被害は深刻な事になっていたはずだ。

 

「ち、違う! アレはたまたま――」

「ネイさん!」


 ネイが弁明しようとしていると、自分を呼ぶ誰かの声。少しイラッとしながらもそちらを向くと――

 

 

 

 子犬系男子がいた。

 

 

 

 茶髪に頼りなさげな容貌。体には騎士の鎧。先ほどの指揮官であった。兜を外した彼はさらにイケメンであり、パタパタと尻尾を振る犬のような表情でこちらへと向かってくる。

 

「素晴らしい戦いでした! ネイさんたちがいなければどうなっていた事か。本当に助かりました!」

「いや、何という事はない。騎士として当然の行為だ」


 キリッとしつつ返答するネイ。指揮官は思った以上にドストライクだったのだ。さっきは無理矢理偉そうにしていたらしく、彼の言葉遣いは丁寧。キラキラと憧れの視線で見つめてくるのがむずがゆくも心地よい。

 

「戦闘前の演説も助かりました。あれがなければ逃げ出していた者もいたかと思います。僕がもう少し頼りになればよかったんですが……」

「その若さでは仕方ないかと。指揮官殿はよくやっておられたと思う」


 自信なさげな表情。その顔にネイはきゅんきゅんしてしまう。抱きしめて慰めてあげたい。

 

「そうですな。あとは経験さえ積めば――――はっ!」


 はっとして純花を見ると、さらなる嫌悪を詰めた瞳。このやり取りで完全に勘違いされてしまったようだ。ネイはあわてて弁明しようとする。

 

「あっ。ちょっ、ええと、これは戦いが終わったからで、つまり……。なあレヴィア、お前からも」

「すぴー……」


 寝ていた。マジで疲弊していたらしく、レヴィアは熟睡している。天使の寝顔だった。


「お、起きろよぉ。仲間の名誉がかかってるんだぞぉ」

「寝かせといてあげなよ。疲れてるんでしょ。誰かさんのせいで」


 情けなくフォローを乞うネイを一睨み。純花は歩き去っていった。


 慌てて追おうとするネイだが、後ろにいる子犬系男子を放置するのも惜しい。出会いは有限なのだ。せめて名前と連絡先くらいは聞いておきたい。

 

 どっちつかずな感じであたふたするネイ。去っていく純花。寝ているレヴィア。

 

 戦闘が終わった事で完全に気を抜いている。

 

 

 

 

 

 

 

 だからこそ気づかなかった。

 

 

 

 

 



「……失敗か。どうする兄ちゃん」

「ぬう……。まさかここにヤツらがいるとは。いや、それよりもあの女は……」

「勇者、だよね。多分」


 遠くからこちらを見つめる、鋭い視線に。

 

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