032. 外道勇者

「大変! 行商人が襲われてますわ!」


 一番目のいいレヴィアが声の正体を発見。わざとらしく大声を出す。

 

 ネイも彼女と同じ方向を見たが、点にしか見えない。同じく純花も見ようとして目を細くしている。


「本当? 全然見えないんだけど」

「勿論本当ですわ! というか純花ならもっと遠くまで見えるでしょう? 素の視力はわたくしに劣るようですが、強化すればわたくし以上に見えるはず」

「うーん……。やり方が全然分かんない。コツとかないの?」

「高層ビルから女子更衣ゴホンゴホン! じゃなくて、うーん…………まあ、その内できるでしょう」


「二人とも! それどころではないぞ! 襲われてるのなら助けねば!」


 のんきに会話している二人へと叫ぶネイ。リズは「まあ見ちゃったしねぇ」と既に準備しており、レヴィアも「ええ! 雑談なんかより人助けですわ」と妙に乗り気で準備する。

 

 

 

「は? 何で?」




 が、純花は顔をしかめていた。意味が分からないという感じの雰囲気である。

 

「な、何でって……」

「関係ない人でしょ? ならほっといていいじゃん」

「い、いや、しかしですな」

「ああ、道の先にいるから邪魔か。じゃあ敵が疲れてきたところでやろう」


 平然と言う純花。その言葉に三人は驚く。



 見捨てる。


 

 救世主であるはずの勇者が平気でそんな事を言うのだ。驚いて当然だろう。

 

 彼女に対し、ネイは食って掛かるように主張する。


「な、何を言うのです! 助けられる存在が目の前にいるのですぞ!? 助けなくてどうします!」

「ああ、助けたいんだ。なら仕方ないかな。分かった」


 そう言い残すと、純花は声の方へと走り出した。

 

 速い。レヴィアほどではないが、ネイやリズでは追いつけない速さだ。

 

「ほ、ほら二人とも。純花一人に任せるつもり? わたくしたちも行きますわよ。まあ追いつく頃には終わってるでしょうが」

 

 続けてレヴィアも駆け出した。あんまり深刻に考えていないのか、純花と同程度の速さだ。二人に遅れてネイとリズも追従。

 

 しばらく走ると、荷馬車とその周りを囲む人影が見えてくる。

 

「レヴィアの言う通り行商人みたいね。相手は野盗みたい」

「聖都の近くにもかかわらず、か。相当腕がたつのか、馬鹿なのか……」


 いくら野盗とて、首都の周辺で追いはぎをする者は少ない。討伐されてしまう可能性が高いからだ。

 

 セントリュオから歩いて三日なので、駿馬ならば一日とかかるまい。そんな場所で追いはぎをするならせいぜい一度か二度。大当たりの獲物の確率は上がるだろうが、逃げる事を考えるとあまりオイシイ場所ではない。


 故に腕に相当な自信があるか、頭が足りないか……あるいはその両方という事となる。前者ならば人数次第では苦戦するかもしれない。無論、負けるとは思わないが、二人だけでは少々心配である。


 そんな事を考えながら荷馬車にたどり着くと……

 

「う、うう……」

「痛ぇ、痛ぇよぉ……」


 野盗たちが倒れ伏している。全員重症を負っており、中には意識不明の者もいる。

 

「こ、これは……」


 レヴィアではない。レヴィアは魔物相手なら平然と殺すが、人間は殺さない。まあ死んだ方がマシな事はするが、殺しかけるなどという事はしないはず。だとすると……

 

「お前! お前えええ!! 何なんだよ……。何なんだよ一体!!」


 ガタガタと震えながら剣を握る男。剣を構える姿は確かであり、どこかで教えを受けていたのだと思われる。そんな男が涙声で震えていた。

 

「レヴィア。何で邪魔するの?」

「こ、これ以上は過剰防衛ですわ。おまわりさんに捕まってしまいます」

「野盗でしょ? 犯罪にならないよ」

「そ、それはそうですけど」


 そしてその正面には二人の女。拳から血をしたたらせている純花と、彼女を後ろからホールドしているレヴィアだった。


「あ、ネイさん。助けたよ。これでいい?」

「あ、ああ……」


 ネイの方を向き、平然な表情で助けたという純花。一方、話しかけられたネイは固まっていた。

 

 野盗の怯え方が半端じゃない。近くでは助けられたはずの行商人まで怯えている。おまけにいつもやらかす側のレヴィアが抑えに回るという異常事態。故に固まってしまったのだ。

 

「くそっ! くそおおおおーーーっ!!」

 

 男が純花へと切りかかる。中々に鋭い太刀筋。予想通り剣術を習得しているらしい。

 

 レヴィアがぱっとホールドを解く。解放された純花はその斬撃を――片手で掴んだ。


「ひいっ! は、離せっ!」


 男は力を入れて剣を動かそうとするが、全く動かない。しかし次の瞬間。バキッ! という音と共に金属製の剣が折れてしまった。

 

 いや、折れたのではない。――握り潰したのだ。


(馬鹿な! どんな力だ!?)


 ネイは驚愕に目を見開く。同様にリズも驚いているのか、ぽかーんとしている。

 

 鋼鉄の剣を握り潰す。力には自信のあるネイだが、折るならまだしも握り潰すなど不可能だ。魔力を全開にしても曲げるのがせいぜい。なのに、あんな平然と……


「あ、こんなのも出来たんだ。知らなかった」

「そ、そりゃ出来るでしょうけど、やめなさい。ゴリラと間違われてしまいます」


 レヴィアがおろおろとしている。ものすごくレアな光景だ。いつもおろおろさせる側なのに。

 

「ひっ、ひいいいいっ!」


 ありえない光景にしばらく呆然とした男だったが、正気に戻ったらしく逃げ出してしまう。それはそうだろう。剣を握り潰すような相手なのだ。人間の身体など軽く砕かれてしまう。

 

「逃がさないよ」


 純花は砕けた剣の先端側を投げつけると、男の背中に見事ヒット。血をだくだくと流して倒れ伏した。


「これで全部かな。あとは後始末か」


 そう言うと彼女はつかつかと歩き、瀕死の男のもとへと向かう。そして足を上げ、頭を踏みつぶそうと――

 

「ちょ、ス、ストーーーップ!」

「やっ、やめんか!」

「それ以上はダメー!」


 正気に戻った三人が純花を抑え込む。彼女らの行動に純花は困惑した様子だ。

 

「何で? 野盗を殺すのは違法じゃないって聞いたよ」

「違法ではない! 違法ではないが、全員殺してどうします!」

「仕返しに来たら面倒でしょ。他に使い道でもあるの?」

「こいつらのアジトを吐かせるのです!」


 純花を後ろに引きづりつつネイが叫ぶと、彼女は力を抜く。ネイの話す事に疑問を持ったようだ。三人がホールドを解くと、ネイに向き合った。


「アジトって、野党の住処って事だよね。そんなの聞いてどうするのさ」

「囚われてる女子供がいるかもしれません! そちらも助けてやらねば!」

「はあ? そこまではイヤだよ。旅が遅れちゃうじゃん」

「なっ!」


 純花は顔をしかめて嫌そうな顔をした。

 

 あまりにも冷徹な発言。その言葉にネイは戸惑ってしまう。戸惑いながらも純花に対し、震えた声で口を開く。

 

「な、なら今助けたのは……」

「ネイさんが助けたがってたからだけど。世話になる分は返すつもりだし」


 優しさではなく、義理。つまり純花自身に助けるつもりはさらさらなかったという事。

 

(ゆ、勇者ともあろう者が……。いや、勇者とか言う前に、人としてどうなのだ)

 

 母が心配だ。早く帰りたい。そのこと自体はいい。家族を思う気持ちは大切なものだ。

 

 しかし、だからといって他を無視していい訳が無い。他者に対する優しさも少しはあるべきだ。そういった優しさが巡り巡って良い世の中になるものだとネイは思っている。

 

 弱いのなら、まあ仕方ない。余裕あってこその優しさなのだから。しかし、純花のような強者が……。

 

 ネイは真面目な表情で純花を見据える。

 

「勇者殿。急ぐ気持ちは分からんでもない。しかし、その為に優しさを捨てるのはどうかと思いますぞ。今のアナタをお母上が見たらどう思われる。きっと悲しまれるでしょう?」

「まあ、そうかも。けど言わなければいいよ。知らなきゃ悲しむ事も無いし」

「なっ……!」


 優しい母。それを慕いつつも嘘をつくと言う。

 

「ま、待て。お母上を騙し続けるという事になるのですぞ? 悪いとは思わないので?」

「そりゃまあ、嘘つく訳だし。悪いとはすごく思う。けど仕方ないかな。私の罪悪感より母さんを安心させるのが大事だし」


 その言葉にネイはぽかーんとしてしまう。

 

 他人だけじゃない。自分の感情すら排して母を安心させたいのだという。

 

 母想い。いや、これを母想いと言っていいのだろうか? 確かに想ってはいるようだが、そう表現するにはちょっと拒否感がある。


「け、けど、もしそれが知られちゃったらどうするの? 人のうわさなんてどこから伝わるか分かんないんだから」


 リズが話に加わった。ちらちらとレヴィアを気にしつつ。

 

 成程、異世界だからバレないと純花は考えているのかもしれない。しかし万が一バレたら悲しませることになる。そこを糸口にするつもりだろう。


 が、


「その時は向こうでいい事をするよ。ボランティアとか、人助けとか。悲しませたのを帳消しにするくらい頑張れば母さんも喜んでくれると思う」

「えええ……」


 マイナスを重ねた分、後でプラスにすると言う。

 

 確かに親からすれば『反省していい子になった』というのは喜ぶべき事だ。取り返しのつかない犯罪とかは流石に駄目だが、今のところ純花の行動は法律的に問題ない。それを考慮した上での行動なのだろう。


(極端すぎる……)


 価値基準が定まりすぎている。母が第一であり、次に自分。ネイへの配慮を見せる辺り、その次は義理のある協力者だろう。それらに含まれない者はどうでもいいと本気で考えている。あのワルモノのレヴィアとて時には優しさを見せるというのに。

 

 そのワルモノがゴホン! と咳ばらいをする。

 

「す、純花。旅が遅れるとアナタは言いますが、これは必要な寄り道なんですのよ?」

「必要?」

「ええ。盗賊の拠点ともなれば金目の物がある。まあちょびっとは捕まってる被害者に返す必要があるかもしれませんが、その塩梅はわたくしたち次第。何なら全額返すフリをして、こっそりネコババしていい人ぶる事もできますわ」


 ……やはりワルモノはワルモノであった。


 そんな説得で納得するはずないだろう。するのはお前だけだ。そう思うネイだが……

 

「そっか。なら仕方ないかな。お金は大事だもん」

「分かってくれて何よりですわ。さ、人助けと参りましょう」


 あっさりと頷く純花。殺すのをやめて二人して脅し始めた。アジトの場所を吐かせようと。リズが顔を引きつらせつつ「お、親子だわ……」と意味不明な事をつぶやいている。


 ネイの考える勇者像がガラガラと崩れていく。

 

 弱きを助け、強きをくじく、正義の使者。それが勇者のはずだ。

 

 「仲間は売れない? 指何本無くなるまでそう言ってられるかな」なんて言うような人間では決してない。関節と逆方向に指を曲げるなど拷問めいた真似をするはずがない。野盗(女)の鼻の穴に棒切れ突きつけて「早く話さないと面白い顔になってしまいますわよ」なんてやってるレヴィアの方がまだマシだ。


「そ、それが勇者のやることか!」


 ネイは激高し、叫んだ。いきなりの叫び声に純花は後ろを向き「は? 何?」と不思議がる。

 

「野盗とはいえ人間だ! 過剰に痛めつけるようなマネはやめろ!」

「場所を教えてくれればやらないよ。苦しまないよう一思いにやってあげる」

「き、貴様には罪悪感というものがないのか!」

「ないかな」


 本気で家族以外はどうでもいいようだ。母を騙すことになると言ったときは少々顔をしかめていた。しかし今回はそれすらない。虫を殺すのとどう違う? といった表情だ。

 

「貴様は勇者なんだぞ!? 世界を救うという名誉ある役目を与えられた存在だ! 役目を放棄したとはいえ、それに見合った行動をしないか!」

「は? 戦うのには同意したけど、勇者になるなんて言った覚えはないよ」

「他の勇者の方々の迷惑になる!」

「どうでもいいかな。ただのクラスメイトだし」


 喧嘩するように激しく言い合う二人。怒鳴っているのはネイだけで、純花はウザそうに返しているだけだが。

 

「ちょ、喧嘩しないで下さいまし」

「そ、そうよ。仲間同士で喧嘩してもいい事ないわよ」


 喧嘩を止めようとレヴィアとリズが間に入った。しかし、二人が止まる気配は無い。

 

「仲間? 私は仲間と認めた覚えは無い!」

「喧嘩するつもりなんてないよ。ただこの人が絡んでくるだけ」

「何ぃ!?」


 再び始まる言い争い。人道を説くネイに、知ったこっちゃない純花。双方の言い分は平行線で、交わる事は無かった。

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