第三章. 最強娘を再教育
031. 一匹狼の勇者
聖都セントリュオを出て一週間。一行は南のヴィペール王国に向かっていた。
途中で旅商人と知り合う機会があり、今は馬車に載せてもらっている。
徒歩よりも早く、疲れない。順調といっていい旅路だった。
しかし……
「…………」
「…………」
馬車内の空気が悪い。空気がこもってるとかではない。雰囲気が悪いのだ。
その雰囲気に耐えきれなくなったリズが二人へと声をかける。
「ち、ちょっと二人とも。いい加減仲直りしなさいよ」
「喧嘩などしていない」
「必要ないかな」
同時に返事が返ってくる。一人はネイで、もう一人は純花だった。
ネイは剣の手入れをしており、純花は馬車の後方から景色を眺めている。二人とも一切目をあわせようとしない。
旅立った直後はこうではなかった。しかし道中の出来事でこうなってしまったのだ。
何故二人がこのようになったのか。それは……
* * *
お天道様が輝き、さわやかな風が吹く平原の中。
「分かった。逆ハーレムを狙ったのが悪かったんだ」
そのさわやかさとは真逆の言葉をネイがつぶやく。歩きながら腕を組み、うんうんと納得した様子であった。
どうやらセントリュオでの件に整理をつけていたらしい。モテてたのが一転、非モテになってしまったのだ。原因は何だったのか……。三日間考えた末の結論だった。
それを聞いたレヴィアが嫌そうな顔をする。
「ネイ。アナタそんなの狙ってましたの?」
「恥ずかしながら、な。私としたことが、悪魔のつぶやきに耳を傾けてしまった」
「ホントに恥ずかしいですわね……」
レヴィアは心底呆れているような顔をした。
悪魔のつぶやき……などと御大層な事を言ってるものの、いつもの如く恋愛小説の影響である。
勇者召喚後、ヒマなので書店に行った際に見つけてしまったのだ。
それを証明するようにセントリュオではモテモテになった。ならば夢の逆ハーレムとて築けるだろう。その為にネイはあっちこっちでいい顔をしていたのだ。
「ま、身の程を知れたようで何より。というか逆ハーレムってやっぱり需要ありますの?」
「あるとも。普通の恋愛小説でも三角関係は定番だからな。ちょっと大人向けなら二人どころか五人六人と…………い、いや、よくは知らんが、そうらしいぞ」
誤魔化そうとするネイ。既にバレバレなのであるが。
問いかけたレヴィアが「やっぱりあるのか。うーん、分からん」などと呟いている。金目当てでトンデモナイ事をする彼女ではあるが、そういえば複数を同時狙いした事は無い。
「意外だな。お前の事だから百人くらい
「何ソレ。気持ち悪っ」
「き、気持ち悪い……?」
「ええ。男のケツ百個並べるのでしょう? 気持ち悪い以外の何なのです」
「えええ……」
ものすごく妙な想像をされている。一体どんな風に考えたら逆ハーレムで尻を並べるという発想になるのか。どちらかというと男向けの恋愛小説(成人指定)でありそうな考えだ。まあ百個は多いが。
「アンタら……。いいの? 聞かれてるわよ?」
そんな女子トーク(?)に水を差すリズ。ちらりと見た先は純花であった。彼女の言葉を聞き、レヴィアは「やべっ」という表情になる。
「あっ。そ、そうだった。失礼した勇者殿」
ネイも同じく「しまった」という顔をし、純花に向かいぺこりと頭を下げる。全員が女子なので気を抜いていたが、勇者という世界を救う存在の前でするような話ではなかった。
「別にいいよ。どうでもいいし」
幸いにも純花は気にしていないようだ。言葉通り微塵も興味が無いようで、そっけなく返事をされる。ネイとレヴィアはほっと溜息をついた。
「さ、左様ですか。レヴィア、どうでもいいそうだぞ」
「セ、セーフ……。全く、アナタのイメージダウンはどうでもいいですが、わたくしを巻き込まないでくれます?」
「お前もノッてきたじゃないか。というかイメージダウンって……私はまだ何もしてないぞ。ですよね勇者殿」
不安そうに純花へと視線を送る。
「さあ。どうでもいいよ」
「そ、そうですか」
再びそっけない返事。
――スミカ・キハラ。
召喚された勇者の一人で、元の世界に帰る為に遺物を求めている少女だ。
魔王を倒すと言う本来の目的からは外れるが、母子家庭で母想いの彼女は一刻も早い帰還を求めているとの事。そんな不憫な彼女に牡丹一華は協力することを決め、共に旅立つ事となったのだ。ネイの知らない間に。
リーダーの自分を差し置いて、何故。そうは思ったものの、勇者と旅をするなどそうそう出来る経験ではない。何せ、勇者というものはこれまで物語の中の存在にすぎなかったのだ。
弱きを助け、強きをくじく救世の戦士。それこそが勇者だ。そのような方のお力になれるというのだから、大変名誉な事である。故に不満はない。出来れば男の勇者と旅をしたかったところだが、仕方ない
だが……。
「……何?」
「い、いや、何でもない、です」
じーっと見つめていると、純花は不審げな顔を返してくる。その冷たい態度にネイは緊張してしまい、背筋をぴーんと張った。
「こら純花。仲間なんですから、そんな顔をしない。見られて減るものでもないでしょう」
「……まあ、そうか。ごめん」
「あ、いや、気にしておりませんとも」
レヴィアに叱られた純花は素直に謝罪した。ただ、謝罪しつつも表情の変化が少なく、申し訳なさそうな感じには見えない。
(いかん。苦手だ……)
ネイは純花が苦手だった。
自分とてちょっぴり堅いところがあるのは自覚しているが、この子は堅いどころではない。
仲良くなろうとコミュニケーションを取ろうとしても、全く興味を示してくれない。当然、向こうから話しかけてくるなど皆無。おまけに今のように見ていたら警戒される。まるで一匹狼だ。
(せめて共通の話題があれば……)
共通の話題があればそれをきっかけに仲良くなれるだろう。そう思うも、相手は異世界の人間。共通の話題など思いつかない。どうすればいいかネイが悩んでいると……
「ねえねえスミカ」
リズが純花へと話しかけた。
「……何?」
「スミカのお父さんの名前、何て言うの?」
「は? 何でそんな事聞くの?」
再び不審そうな顔をする純花。その塩対応を気にすることなくリズは続ける。
「いいでしょ。ただの興味本位よ。で、何て名前?」
「……新之助だけど」
「あっ。そ、そうなんだ……」
マジかーという顔をするリズ。一体どんな意図だったのだろう。ネイは首をかしげた。
「ちなみにどんな人だったの?」
「どんなって……知らないよ」
「知らないって事ないでしょう。六歳までは生きてたんでしょ?」
「そうだけど……何でそれ知ってるの?」
「あっ」
リズは「しまった」という風に口をふさぐ。
「お、おほほほほ! し、初日にアナタ自身が言ってたじゃありませんか。六歳のころから母子家庭って」
「? そうだったかな……」
レヴィアが勢いよく話に加わる。汗がダラダラであった。そんなに気温は高くないはずなのに。
「そ、そうそう。その時聞いたのよ。で、どんな人だったの?」
「知らない」
「隠す事じゃないでしょ。そんなに恥ずかしい父親だったの?」
「しつこいな。どうでもいいでしょ」
ひたすらに拒否。ちょっぴり嫌そうな顔だった。その感触にリズは不審がり、小声でレヴィアへとつぶやく。
「……何かアンタ、嫌われてない?」
「そんなはずありませんわ。たくさん遊んであげてましたし、『パパのお嫁さんになる』発言まで経験済みですのよ?」
「うーん、辛い事思い出させちゃったのかしら? 十年も経ってるからって平気かもって考えたんだけど……マズかったわね」
ひそひそと内緒話をする二人。何の話だろう? 一人だけついていけてないネイはちょっぴり寂しくなる。
「オ、オホン! ならお母上はどのようなお人で? 勇者の母というのは興味がありますな」
故に自分も加わろうと彼女は話に乗っかった。それに、勇者と仲良くなるきっかけになるかもしれない。視線の端でレヴィアがビクリとなった。
「ああ、そっちも興味あるわね。どんな人なの?」
リズも話に乗ってくる。勇者の父について知りたがっていたので、母についても同様だったのだろう。ワタワタと焦るレヴィアを尻目に、純花は口を開く。
「母さんは、優しい人かな。優しくて可愛い人」
「へー、優しいんだ。……そうよね。じゃなきゃ無理よね」
「? 無理って、何が?」
「あっ。い、いや、何でもないのよ」
不思議な顔をする純花に、焦るリズ。そのリズ以上の焦りまくるレヴィア。「この話やめません?」と強引に話題を変えようとしている。
(ううむ、様子がおかしいぞ? リズのヤツ、何かあったのか? さっきからちょっぴり変だ)
勇者相手に緊張している? いや、それはないだろう。自分はそれなりにルディオス教を信仰している為、ルシャナ様が遣わしたという勇者に対し少し緊張してしまう。しかしリズにそんな信仰心は無いはず。なにせ神話すら知らなかったのだから。
(それに、レヴィアもだ。何だこの挙動不審っぷりは。そもそも何で勇者殿に協力するんだ? 何かしらメリットがないとヤツは動かないはず)
具体的には金が出ないと動かない。金と名誉――そのどちらが欲しいか聞けば即、金を選ぶだろう。勇者の仲間という名誉などどうでもいいはず。なのにノーギャラ。しかもセントリュオで精霊石の対価を貰わなかったと聞く。あの金の亡者たるレヴィアがである。
さらに勇者に気遣いをかける場面もよく見かける。「純花、お腹減ってません?」とか、「純花、お小遣いは足りてます?」とか、「純花、高い高いしてあげましょうか?」とか。どれも断られた上に微妙にウザがられているが。
とにかくここ最近の彼女の行動はおかしい。おかしすぎる。
(金を貰わずこの子の目的に付き合う。うーむ、何故だ。……もしかして大金持ちの母子家庭なのか? 一億リルクがはした金に感じるほどの家なのか?)
ありそうだ。
レヴィアは精霊石をパクッただけなので、召喚に関しての責任はほぼ無い。が、召喚された者の感情は別だ。これで精霊石の対価を貰っていたらお礼が減額されるかもしれない。それを見越してのノーギャラだったのだ。
(がめついヤツめ。まあいい。それよりも勇者殿だ。この話をきっかけに少しは仲を深めないと。一緒に旅をするんだからな)
冒険者の価値観としては必ずしも仲良くする必要はないが、牡丹一華は割と仲良くしてるグループだ。三人が仲良くしてて一人だけボッチなのは可哀そうだろう。というかボッチにしてる方も気まずい。
「優しい母か。勇者の母という言葉にピッタリだな。因みに見た目はどんな……ん?」
――叫び声。
道の先から助けを求めるような叫び声が聞こえた。
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