★み、水も言も巡れと言う夢幻話 第三話
「なんで、黒葦様の姿のときは助けてくれたのに、
考えられるのは、「本体が解放されたので、八重の存在が用無しになった」という説だ。──
「……結局、殺せなかっただろ」
亜雷の答えは、八重の望むものではなかった。いま亜雷がどんな顔をしているのか、とても確かめられない。
「だいたいな、八重は毎年俺に向かって
八重はぎょっとした。
思わず亜雷を
まだ亜雷は、八重に少しも心を開いていない。なにか理由があるからこうして
「
「違う、そんなつもりじゃない」
八重の反論には耳を貸さず、亜雷は腕を
「知るか。俺を
勝手に会話を
言い訳の言葉を並べようとしていた八重は、黒い刀身の輝きを見て、口を
(休息目的じゃなくて、はじめから弟のためにこの泉に来たのか)
亜雷は、太刀を両手でかまえると、見えない敵でも斬るかのように水面に向かってぶんっと勢いよく振り下ろした。
──
いや、場所自体は変わっていない。
しかし、泉は
周囲は、青い
「八重、この中に弟がいる」
亜雷は、クレーターのような泉の底を指差した。あちこちに、ビスマス
大きさも形も様々だったが、それらの中にすべて、
「このどれかが、弟さん……?」
美しい形の──それこそ花耆部の段々畑のような形をなす鉱物群を見つめながら八重が
鉱物は、八重の
「そら、八重。
つやめく青に
「廻れって……」
「奇祭と変わらねえ。やれ」
簡単にそう言われても、どんな歌を歌って廻るのが
「弟は奇現に
亜雷が胸を張って言う。
(弟さんを討ち取ってどうするんだ……)
八重は何度も亜雷のほうを
「はよしろ。いつまでも神通力で大気を
亜雷が背後から
なるほど、奇祭のような場を作り出して、呪が乗りやすくしたようだが──。
(ええい、わからない。なるようになれ)
八重は、手に持っていた棒を祭具に見立てて、
奇祭〈廻坂廻り〉の
「ひー ふー みー よー」
唱えた文字の数だけ、
「いー むー なー やー こー とー」
そうして、鉱物の間をゆく。
「えー りー うー ちー いー かー けー よー」
基本的にこの世界の奇祭は大半が
「ひふみよいむなこと
八重がいま唱えているのは〈ひふみいかく〉という奇祭でうたう呪だ。
「日
唱えていると、鉱物の中の虫や魚、動物の骨がわずかに動き始めた。
(あぁ、出てくる)
鉱物から飛び出てきた大きな
「ひふみよ いむな やこと ひふみ よいむ なやこと」
廻れば、呪も巡る。
そのうち、ずれて、
言葉の順が組み
「いむことひとうちとり よみやかえりこむ かけうたなり……」
唱えるうちに、知らず新たな呪が浮かぶのだ。
「忌む
亜雷の望むように、首を討ち取るかのような過激な歌で、
──そうして、気がつけば星のように輝く生き物たちは
「事
組み替えられた言葉が、勝手に八重の口から飛び出す。その直後、骨の獣は
色合いは異なるが、亜雷が綺獣化したときとよく似ている。
「──ああ、ありがとう。おれは栖伊。かつての本質の名はもう
(
その判断を亜雷にしてもらおうと振り向いたとき、奇祭の場がもとの正常な状態に
「ええっ!? ……ごほっ」
──戻れば当然、泉の水も復活する。
一気に
ざぱっと飛び出して、白虎は八重ごと泉の
どうやら一人でさっさと泉の縁に
「八重、どうだ? 弟の魂は無事か?」
ようやく息を整えたびしょ
(私の
八重は
そして指の
窓に映ったのは、肩につきそうな長さの銀髪の男だった。
体格は、亜雷とほぼ同じ。こちらの彼のほうが
着用の
「どうかな。おれの魂は変形していないか?」
八重は指の窓をずらし、直接栖伊を見た。そこにいた白虎が
「……
「そう。それはよかった」
栖伊が
「間に合ったか」
亜雷も
「おまえは八重というのかな?」
栖伊が、八重と亜雷を順に見て、
「八重のおかげで、おれはこうして一時、正気を取り戻すことができた。感謝する」
「いえ、そんな。私は亜雷に
あたたかな目で栖伊に見つめられ、八重は
(え、優しい。亜雷の弟とは思えない)
この虎兄弟は、顔立ちと性格が逆だ。一見
「……あの、『一時』って、どういう意味?」
八重が疑問を口にすると、栖伊は目を伏せて
「おれはたぶん、もう
栖伊は悲しげに説明すると、
「先に
彼の問いに答えたのは、亜雷だ。
「俺は『奇祭』の対象にされて、毎年こいつに
「呪歌? ……祝い歌ではなくてか?」
いぶかしげに首を
「違う、呪歌だ。それも服従を強要する力強い歌だ」
そこで兄弟は同時に八重を見た。なにを考えているのか、二人の表情からは読み取れない。
「いや、あの。呪歌と言われても。私はただ、奇祭の使いに選ばれて、そこで教えられた歌を口にしていただけだから、決して亜雷を服従させるつもりは……。そもそもどんな意味を持つ奇祭なのかもよくわかっていなかった気がする」
張りつめた空気に
「……まあともかく、こいつが『従え従え』とうるさく
もっさりした
重みを感じるその
(あれ。亜雷が私に
実際、この奇祭は百年近く前から始まっていると聞く。もしも亜雷が本当に神仏の
八重に、亜雷を従属させるつもりは
「だが八重の呪歌が結果的に俺の身から少しずつ
亜雷は身を
「ああ、何度も八重に求められることで、存在がはっきりして、清められたわけか……」
なるほどというように栖伊がうなずく。
「八重はどうも変わった魂を持っているようだね。たとえ一時にすぎずとも、
「こいつは
横から亜雷が勝手に人の環性を
「無性。それも
栖伊が目を丸くする。
「いや、だがそうであっても、独特な魂だ」
栖伊は八重の魂を見定めるように目を
幸魂性は神通力持ちが多いので、
おそらく八重が前の人生の
「栖伊が亜雷と兄弟なら……、栖伊もやっぱり、神なる者……ですか」
「そうなんだろうが、すべて遠い過去のことだからなあ」
栖伊は
「いまのおれは、兄様が名付けた『栖伊』という存在だ。それだけだ」
「でも」
もとの自分に未練はないのだろうか。
思わず問いかけそうになったが、八重は急に寒さを感じてくしゃみをした。
夏の季節だとはいえ、山の中は空気がひんやりとしている。おまけに全身
「これはいけない。……いま着ている衣は
親切な栖伊は、自分の
この世界では、
栖伊は袖なしタイプの肌着を袍の下に着ていた。
八重はなんとなく意識してしまい、目のやり場に困って視線を
「大丈夫、そのうち
基本的にこちらの人々は、というより花耆部の
男女ともに袍の作りが丈長なのは、ひとえに肌の保護のためだ。こちらの世界の動植物は生命力が強く、大きい。春夏などの草木がよく育つ季節では、下生えを
「……いや、だめだよ。女の身はか弱いものだ。着なさい」
ぐいぐい来る栖伊に
先ほどはすぐに目を逸らしてしまったので気づかなかったが、肌着の
八重は無意識に
「どすけべ
「ちっ、
「あぁそうかよ、俺を
「なんでだ!」
「とりあえずそのへんで火を
提案する亜雷から
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