夏が嫌いな人

春根号

夏と出会いが大嫌い。

 僕がこの世で一番嫌いなものは人との出会いである。

何故か、人と出会ってしまえばその後に待ち受ける出来事や衝突、人間関係、これらに多大な労力を費やさなければいけないからだ。

そんなもの僕は一度だって求めたことはない。

だがしかしきっと、それはどうしようもなく訪れて、僕は流されてしまう。



 夏が一番嫌いだ。

よく四季においてどれが一番好きか、といった問が投げかけられそのたびに冬か夏の二択になる。

おおよそが長期休暇と連動していて「遊び」つまりは楽しい印象に結びついているからだろう。

それら夏の実態を紐解いてみると、まず暑い。

地球温暖化が進む今、夏の平均気温は30度を余裕で超えている。

対策として室内に備え付けられた冷風製造機の出す風が生まれてこの方17年、未だに馴染めずにいる。

かといって外に出ようものなら燦々と地表を照り尽くす日光、その光を熱に変換し鉄板と化した地面、そしてその照り返しによるさらなる温度上昇。

溜まったものではない。

だからこそ、海だ。という声もある。

しかし街中が暑いから海へ行き、軽装になって海水へ潜るというのはただ暑さから逃避しているだけである。夏が暑くなければそんな逃避、必要ないのだ。



こんな独白で謙虚になっても仕方がない。僕の家庭は裕福だ。

家そのものは派手さも大きさもないが、軽井沢に一つ別荘を持っている。

避暑地、とは言い得て妙で夏の暑さから逃避する海以外の場所である。

密集した室外機や建物の暑さの密林とは程遠い比較的涼やかな土地に別荘がある。

両親は管理の面倒臭さなどからあまり行きたがらないので、今はほぼ自分だけが利用している。自分の部屋だと思えば、掃除も管理もそこまで苦ではなかった。

夏休みともなれば、一人赴いて夏に課せられた特別な課題をこなしたり、積みすぎて賽の河原の鬼が喜んで崩しそうになるほどの本の山を崩したり、自由に過ごしている。

しかし、あくまでこれは夏が嫌いな僕が見つけた一つの対処であり、夏が嫌いなことへの根本的な解決策にはならない。



本は現実からの逃避だ。

僕は毎年この夏をどのように解決してやろうかと考え、もはや妄想している。

四季のない国へ引っ越す――文化への馴染みなどが難しいと考え断念。

火星を人類が生存できる環境へ最適化し一定の気温を保つようにする――資金集めが難しいと考え保留。

人の周辺を常に一定気温に保つ装置の開発――上2つよりはまだ現実的だと考え検討中。

別荘にて一国一城の主となった僕は、そんな出鱈目、荒唐無稽、無謀無茶な妄想を繰り広げつつ本を読み勧めていく。

最近は特にSFが面白く「あぁ、こんな世界はいいなあ」とあり得るかもしれない未来に思いを馳せている。


 別荘の庭で、木陰の下に椅子をもってきて読書をしていた。

今読んでいるのはSFでボーイ・ミーツ・ガールな話だった。

普段接点の無いような男女が、偶然に出会い、同じ目的をもって行動をする。そんな話だ。

ぺらり、と一枚ページを捲るごとに物語が進展していく、出会った二人が目的達成のため協力、衝突、別離、対立……。

ハラハラとさせられる展開に楽しくなりながら次へ次へと捲っていく。


 集中しすぎた視線と意識を一度緩めようと、手元に置いていた紅茶を飲む。

氷で冷やされたそれは口から喉を通って、全身を冷やしていった。

その時、涼やかな風が通り抜けていった。

ふと外に目をやると、白いワンピースの人がいた。

長い黒髪を風になびかせながら、頭の帽子を押さえながらこちらを見る。

そして微笑んで、

「――あなたも、夏がお嫌い?」そう語りかけてきた。

 諦めて本を閉じる。

「……あぁ。君と同じくらいね」

 そうして僕らは2020年の夏に出会った。

本と違ったのはガール・ミーツ・ガールなことぐらい。

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