Side Alice・Carroll p1

 


『あ……』

『そぅら、上手く行ったろう!?ガキも親も仲良く静かになりやがった!ははは!』


 ダディが、マミィが、真っ赤で、返事してくれなくて、事切れて。

 アリスの腕を掴む騎士様は、反対に、うるさいくらいに笑っているの。


 アリスが悪いの?


 アリスが騎士様について行くのを嫌がったから?

 アリスが痛いと泣いたから?

 アリスが、もっとダディとマミィと一緒にいたいと願ったから?


 アリスは、罰を受けたの?

 アリスは、罰を受けるような悪い子なの?


 神父様であるダディには、悪い子になってはいけないと言われていたの。

 ダディの奥さんであるマミィには悪い事をしてはいけないと言われていたの。


 ダディ、マミィ、アリスは悪い子になっちゃったの?

 だから、こんなに悲しくて苦しい思いをするの?


『許さない』


 この感情を持つ事は罪なの?

 騎士様達に復讐したいと思うのは悪い事なの?


『……お願いなの、アーサー!』


 誰か教えて。

 これは、アリスが悪い子だから持ってしまう思いなの?


 いつものようにぬいぐるみのアーサーを操ろうとして、違和感に気づいたの。

 上手く動かせないの。何だか弾かれているような感覚がするの。


『アーサーだぁ?ぬいぐるみが何か出来る訳ねぇだろバァカ!!……は?』

『……あ』


 アーサーの目が光ったと思った瞬間。

 騎士様の首が飛んでいたの。


 一つ、二つ、宙を舞い、そしてダディやマミィと同じように地面に倒れ伏したの。

 気がついた時にはアーサーが見知らぬ血塗れの湾刀を持って、自由に動いていたの。


『アー……サー……?』

『スマナイ、マニアワナカッタ』

『喋ったの!?』


 アリスの天資スキルじゃぬいぐるみを自由に喋らす事は出来ないの。

 号令とか返事とか、簡単な言葉は話させられるけれど長文となると無理なの。


『アーサーは何者──』

『ふうむ?何事だ?』

『!? だ、誰なの?』


 庭の向こうからまた一人、騎士様達とは違う立派な服を着て沢山の従者を引き連れたお爺さんがやって来たの。

 お爺さんの後ろには立派な馬車が一つあって、そこからやって来たみたいなの。


『上手く行かぬだろうとは思っていたが、まさかここまでとは』

『お、お爺さんは誰なの?』

『ワシか?ふん、領主も知らぬとは不敬な下民よな』

『領主様!?』


 アーサーが領主様に刃を向ける。けれど、領主様はちっとも動じなかったの。

 そのよく熟れる前のオリーブみたいな色の瞳が、アリスの目を射抜いたの。


『……ふん、貴様の質問に答えてやろう。そうだ、貴様は悪い子だ』

『え?』


 何で、アリスの考えた事が分かるの?領主様は一体何者なの?

 何でアリスを攫おうとするの?何で、ダディとマミィを傷つけたの?


『貴様が儂の元に大人しく来れば貴様の父母も死ぬ事は無かったし、儂の手を煩わせる事も無かった』

『アリスの、せい?』

『そうだ。貴様の天資は我が領の軍事力強化に役立ち、ひいては戦争に勝てば父母を守る事にも繋がったと言うのに、守るべき者がもういないとは誠に残念な事であるなぁ』

『あ、ああ、あああ』


 アリスの、せい。アリスのせいアリスのせいアリスのせい。

 アリスが嫌がらなければダディもマミィも死ななかった。アリスが悪い子だから、ずっと一緒に居たいと願ったから、死んじゃったの。


『キクナ、アリス──』

『復讐の心を持つのも悪い。聖人様も精霊様も復讐などお認めにならない』


 アーサーの声がどこか遠くから聞こえた気がしたの。

 でも気のせいなの。悪い子のアリスは都合の良い声を聞いてしまっただけなの。


『だが、儂は騎士共を切り捨てた所で罪には問わない。儂は寛大だからな。

 儂の元に来い。貴様ならこの街を守れるであろうよ。光栄に思うが良い。立て!』

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいなさいごめんなさい……』

『ふん?少し精神魔法が効きすぎたか?』


 倒れ伏したダディとマミィがアリスを見ているの。恨み、辛み、怨嗟。そんな感情の籠った目。

 アリスが悪い子になったから、約束を守れなかったから、我が儘を言ったから、そんな目で見るの。


『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……』


 謝っても足りない、泣いても足りない、その罪は償えない。

 苦しい、苦しいの。聖人様、どうか、こんな罪深きアリスに罰を。誰も入れない懺悔の部屋を。与えて欲しいの──。


『っ!? な、何だこの魔法陣は、何が起こって──』


 領主様が驚きの声を上げたの。

 そこで、アリスの目は覚めたの。


 ♡♚♕♠︎♜¯ ☾☽_ᙏ̤̫_☾☽¯ ♗♣︎♞♙♢


「……はっ!」


 遠い、昔の夢を見ていたの。

 眠たい目を擦り、天蓋付きのベッドから降りて、マミィの作ってくれた服に着替えるの。


 夢の中でも眠り、食べ、着替える必要があるの。

 何故かは分からないけれど、アリスはそうしないと動けなくなるの。


 ……あの後、不思議な事にアリスはこの世界に放り出されたの。

 そこで思いっきり泣いて、許しを乞い、暫くした後に気付いたの。


 アリスが泣いても、何にも変わりはしない。

 許されないし、悪い子なのは変わらないの。


 でもせめて、ダディとマミィのお墓だけでも作らなきゃ、って思ってこの世界から出ようとしたの。

 その時、やっと気付いたの。


 ……どうやって出るの?


 入り方も分からないのに出方が分かる筈も無かったの。

 アーサーだけは何とか外の世界に出られるみたいだったけれど、アリスは、アリスだけはどうしても無理だったの。


 困ったアリスの前に、ある日紫色の髪をした人がやって来たの。

 アリスはどうかここから連れ出してとお願いしたけれど、その人は横に首を振ったの。


『悪いが、ちッと無理だ。お前の結界は綻びと言う物がねェ。せいぜいがぬいぐるみ一匹逃すのが限界だろうさ。

 まァ、でも、そうさな。出る条件は揃ッてるンだから後は気の持ちようだな』


 それだけ言って、魔法を使ってこの世界から去ってしまったの。

 そこで、アリスは気付いたの。


 ……アリスが聖人様に『誰も入れない懺悔の部屋を作って』と頼んだから、実現してしまったの?


 だとしたら、アリスはなんて我が儘なの?『作って』とお願いしたのに今度は『出たい』だなんて、聖人様も怒るに決まってるの。

 この世界はアリスに与えられた罰で、懺悔室で、牢獄だったの。


 アリスが調べた結果、どうやらアリスはこの世界では一応トップらしいの。

 殆どの不思議な存在がアリスの言う事を聞いてくれるけれど、ハートのクイーンを名乗る存在はちゃんと聞いてくれないの。


 前にライオンとユニコーンに詩の通り勝負して貰うように頼んだら、勝負に熱が入ってアリスの『ストップ』の声を聞いてくれなくてそのまま放っといた事があるの。

 それとジャバウォッキだけは例外なの。


 また暫くしたある日、空間に異変を感じたの。

 それが、部屋の端に唯一の出口の出来た日だったの。


 そこから入って来たのは領主様に顔はとても似ているけれど、それ以外は似てない人だったの。

 アリスの知っている領主様より若くて、体型は丸々としていたの。


 その人……現領主様から色々と聞いたの。

 アリスの知っている領主様は亡くなった事、現領主様が家督を継いだ事、現領主様の力ではないにせよアリスの世界に干渉できる能力を持っている事……。


 その日を以ってアリスの仮の平穏は終わったの。監獄に看守が来たの。

 領主様はアリスの事を殴ったり蹴ったりしたの。そして、アリスは悪い子だから何をされても文句は言えないのだと何度も言ったの。


 更に、何の偶然か領主様が苛立って家具を蹴り付けた結果時の魔石が生成されて以来、アリスはずっと血を吐いているの。

 でも、良いの。これが罪に対する罰に違い無いの。懺悔じゃ罪を贖えないの。


 あの扉を通れば外に出られるのはアリスだって分かるの。

 でも、アリスはドアに近づいただけで弾き飛ばされちゃうし、何より領主様が先代の領主様とそっくりで怖くて抗えないの。


「アーサー?どこなの?……むぅ?」


 いつもならアリスが起きたら直ぐにやって来るアーサーがなかなか現れないの。

 目を閉じて、アーサーの事を考えるの。そうすると、何故かアーサーの視界と共有出来るの。


「何やってるの、アーサー!?」


 茶色い髪のお姉ちゃんとピンク色?の髪のお姉ちゃんがアーサーの作った穴に落ちちゃったの!

 アーサーが狙っているのかは知らないけれど、偶にアーサーが作ったこの世界と外の世界が繋がる穴に落ちちゃう人がいるの。


 あぁ、またハートのクイーンかジャバウォッキに真っ赤にされちゃうの……。

 でも、二人は思った通りにはならなかったの。


 アリスは我が儘にもアリスの元に来るまでにこの世界から逃げちゃったら悲しいから、会いたいからと茶色い髪のお姉ちゃんの槍を取っちゃったの。

 それにも関わらず、あのお姉ちゃん達はジャバウォッキに勝ったの!


 ジャバウォッキはアリスの悪夢、過去の罪の具現化的存在なの。

 暴れん坊で、醜くて、アリスにも御せないとっても危険な存在なの。


 それに勝ったの。お姉ちゃん達は勝ったの。あり得ない筈の事が、起こったの!

 このお姉ちゃん達なら本当に、アリスの元まで来てくれるかもなの!


 それならちゃんと招待状を出さないとなの!

 遠隔操作でジャバウォッキを招待状に変えるの。それくらいならジャバウォッキに対しても出来るの。


 楽しみなの!領主様以外と話すなんて一体何十年ぶりなの!?

 アリス、こんなに楽しみなのは久しぶりなの!



 この出会いの果てに、彼女が願いを肯定し、心因を克服し、前に向かって歩き出すまでもう少し。

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