第1話 異世界へ


 吸血鬼。それは強く恐ろしい怪物の代表みたいなものだ。夜道を歩く女を襲い、首筋から血を吸って殺す。


 時にはコウモリに姿を変えたり、煙となって消えたり、なんだか不思議な力があったり。


 さらにはこの世のものとは思えない、美しい容姿であるらしい。



「無いわ」


『ブフッwww、無いでござるな、海堂氏』



 ヘッドホン越しに同意の声。俺はパソコンの画面に映る陰気な顔の寝癖だらけの自分を見ながら、もう一度呟く。



「無いわー」


『しかし海堂氏。君はまだマシでござる』



 オンラインゲームを操作しながら通話中の相手、彼も吸血鬼だ。名は……なんだっけ?まあいいや。


 とりあえずゲーム仲間のコイツは、ネチッこい声で言った。



『ぼくなんて、チビデブの白豚でござるよ。これでも吸血鬼、なんて、ヒヒッブヒヒwww』


「ごめんそれはさらに無いわ」



 チビデブのまま容姿が変わらないなんてヤバすぎる。


 そんな会話の元凶となったのは、目の前のオンラインゲームのせいだった。2人で物語を進め、さあラスボスだと期待にワクワクしていたら、なんとまあ古典的な吸血鬼が出てきたのだ。



「古典的過ぎるだろ。今時こんな、黒マントなんかするか?しないだろ」


『確かにwww』


「にんにくって、そういや最近食ってねえわ」


『ぼく氏は昨日餃子を食したでござるよwww』


「ああそう」



 くだらねぇ。一気に冷めてしまった。俺たちは入手したアイテムを注ぎ込んで、そうそうにラスボスを倒す。弱い、弱過ぎるぞ吸血鬼。



「あー、疲れた」


『それでは今日の所は解散とするでござる』



 おつー、と通話を終了。ヘッドホンを放り投げる。


 家にいてもそれなりに不自由しない現代の日本に、俺はとても満足している。


 人を襲わなくても食事はできるし、正体がバレるとか心配しなくてもいいからだ。


 まさに理想の生活。ネットがあればそれでいい。


 さて今日は何を食べようか。と、スマホを取り出したところ、家のチャイムが鳴った。


 昨日頼んだトイレットペーパーが頭を過って、俺は「はいよ」と玄関のドアを開けはなつ。


 ん?宅配の人、じゃないな。


 ドス、と鈍い音がした。



「は、え?」



 タラリと口から血が垂れる。俺の胸から白木の杭が突き出ている。



「吸血鬼、死ね」



 目の前の人間は、目深に被った黒いパーカーで顔を隠し、憎悪の篭った声で言い放つ。


 マジかよ。いつバレた?って、これ死ぬやつじゃん。


 出血とともに身体から力が抜けて、俺は後ろへ倒れる。刺したやつは逃げて行った。



「はあ、はあ」



 弱々しい吐息は俺のものか。等々死ぬのか。まあ、わりと長生きはしたから、悔いはない。それに便利だが代わり映えのしない毎日には、少しだけ飽きが来ていた。



「ふ、まあ、いいさ」



 俺の意識は、そこでお終い。お疲れさんでした。








ーーーーーーーー



 俺はさっき確かに死んだ。


 動く死体、墓から蘇った死人なんて言われているけど、吸血鬼だって生きている。痛いとは思うわけだから、これは生きているうちにはいるだろうと俺は思う。


 それに生きているから弱点があるわけで、俺は確かにその弱点を文字通り突かれて、死んだ。



「よな?俺死んだよな?」



 首を傾げて身体を起こす。そこは満点の星空が綺麗な荒野だった。とりあえず胡座をかいて座り、もう一度首を傾げる。



「どこ?」



 六畳一間のボロいアパートはどこだ?


 どこまでも続くデコボコした荒野には穏やかな風が吹いていて、やっぱりここは室内ではない。もっと言うと日本か、ここ?



「わからん。まあ、いいさ。俺は無敵の吸血鬼。今更何が起こっても怖くなんかないさ」



 態々口に出して言うのだ、察してほしい。それに死んだのは確かだから無敵でもない。


 とりあえずここが何処か知るために、俺はトボトボと歩き出す。



「飛んだりできたら楽なのになあ」



 コウモリになったりなんかして、空を飛べたらこんな荒野もひとっ飛び出来るのに。


 かなりの距離を歩いた頃、前方に明かりが見えてきた。現代日本のギラついた明かりではなく、なんだかファンタジー映画のような柔らかい幻想的な光だ。


 明かりがあるならば街があるのだろう。俺はそこへ向かってさらに進む。


 一際高い丘の上。そこから眺める明かりは、やはり街のもので。



「ファンタジーだ!!」



 俺は嬉しくて叫ぶ。まるでファンタジー。石造りの建物。自動車ではなく、人々の活気に満ちた声。


 あのネトゲオタの白豚が見たらさぞ喜ぶだろうなあ。


 駆け出した俺は、小石につまづいて転んだ。








ーーーーーーーー



「街だ……」



 やっと着いた街。しかしまあ当然と言うか、そこにはやはり外壁が待ち構えていた。ファンタジー系RPGにありがちな展開だ。


 レンガ造りのそれなりに高い壁。夜間は閉めてしまうのだろう、重そうな鉄の門。



「フハハハ、こんなんで俺の前進は止まらないぜ」



 そう、なぜなら俺は吸血鬼だからだ。


 壁から少し遠去かり、勢いを付けて走る。スピードが乗ってきたところで、そのまま壁を翔け上がる。



「よいしょ」



 吸血鬼で良かった。こんな壁、俺にはちょっと高いハードルくらいだ。


 壁の上から見渡す街は、丘城になっていて、てっぺんにお城があった。なるほど、さながら始まりの街、というわけか。


 ひょいと飛び降り、近くの建物の屋根に飛び移る。パリ、と少し、瓦のなる音がした。



「フフン、死後の世界にしては上出来だな」



 死んだら天国も地獄もないと思っていた。もしも存在するのなら、俺は間違いなく地獄行きだろう。現代日本こそ引きこもっていられたけど、やはり戦後の日本は酷かった。お腹が空いて、人の2人3人平気で殺した。


 そう思うと、やっぱり現代日本は良かった。



「死んでもお腹が減るんだなあ」



 感慨に耽っていると、空気を読まない腹の虫が鳴る。あれだけ歩けば、まあ、そりゃそうだろう。



「これだけ人間がいたら、一人くらい消えてもいいか」



 つまり、俺は至極原始的な方法で狩りをしようとしたわけだ。


 建物の屋根伝いに移動して、暗がりの路地を行き交う人の中から、まあまあ美味そうな人間を探す。


 俺の守備範囲はかなり広い。美味しくいただけるのなら外見は然程気にならない。



「よーし、アレにしよう」



 どうせ死んだ身。ちょっとばかり強引でもいいか。どうせこれは、死後の夢なのだから。


 そう言い聞かせ、俺は屋根から飛び降りた。









ーーーーーー


 ストンと地面に飛び降りて、背後から獲物を襲う。俺は吸血鬼だから、身体能力には自信があった。


 あと30センチで色白の細い首に手が届く。



「っ、何者!?」



 キン、と鉄が弾ける音がした。


 咄嗟に後方へ跳ぶ。距離を置き、俺は見た。



「え、あれ?マジ?」



 鈍く光を反射する、銀の長剣。それを構えるのは、栗色の長い髪の少女。服装はファンタジーよろしく薄い革の鎧姿。



「あなた、何者です?」



 キッと睨み付ける顔は、大きな紫の瞳のせいで迫力がない。むしろ可愛い。



「いや、ただの通りすがりだ」



 なんて誤魔化すのは、鋭い切っ尖がこっちを狙っているから。



「そんなわけないでしょ?確かに殺気を感じたんだから」


「殺気!?そんなんわかんの!?」


「はあ?」



 二次元の世界だけかと思っていた。殺気って感じるんだなあ。



「ふざけないで!あなたの目的はなに?」



 あくまでも真剣な表情の少女に、俺は素直に薄情する。



「実は、お腹すいててさ」


「嘘ね。追い剥ぎかなんかでしょう!?」



 えー。追い剥ぎって、また、古風な。



「もうなんでもいいや。それよりさ、ここなんて街?」


「はあ?知らないの?」



 少女な素っ頓狂な声を出した。バカじゃないのー?という、某有名アニメのアレみたいだ。



「ここはクリスティエラの街よ。この辺りでは最も大きい街」


「ふーん」



 やっぱり日本ではなかった。てか、地球に、そんな街あったかな?



「そんな大きな街だから、あなたみたいな輩も多いのよ」


「俺?」


「そうよ。か弱い女の子を暗がりで襲う、サイテーな奴よ!」



 そう言って少女が左腕を伸ばす。すると掌にはなんとも奇妙な事に火の玉が現れた。



「消し飛べ、〈ファイヤーボール〉!!」



 シュッ、と顔くらいの大きさの火の玉が、俺めがけて飛んできた。


 でも、俺、吸血鬼だから。



「おっと」



 フワリと後方宙返りで躱す。火の玉は地面に当たって弾けて消えた。



「くっ、あなた、身体強化魔法が使えるのね!?」



 少女は悔しそうに唇を噛んだ。盛大な勘違いだ。



「ちょ、魔法って。マジか」


「これならどう!?切り裂け、ウィンドシャドウ!!」



 ズバッと唸りを上げて、3つの風の刃が飛んでくる。それを俺は跳び上がって1つ避け、空中で身体を捻ってもう2つを避ける。中々の速さだった。



「うそ……」


「いや、ウソもヘチマもないって」



 驚いているのはこっちも同じだ。魔法って、マジかよ?



「あなた、本当にただの追い剥ぎ?」


「追い剥ぎではない!!」



 うぬう、と少女は悔しげな声を出した。



「追い剥ぎじゃないんなら、ちょっとあたしに付き合って」


「え?」


「後で欲しいものをあげるわ。だから、ちょっと付いて来なさいよ!!」



 少女は剣を納め、俺を睨みつけながら言う。


 見返りがあるのならありがたい。これからどうすべきか、ヒントになるなら付き合ってもいい。



「わかったよ。そのかわり、ちゃんと俺の欲しいものをくれよ?」


「わかってるわよ!」



 ひとまず空腹は忘れるとしよう。


 俺は少女について行く事にした。

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