第67話◇雪遊び4(ヴィヴィ)
四番手はヴィヴィだった。
「さて、あたしと言えば何を連想するかしら?」
ヴィヴィは俺に訊いたのだろう。
しかし俺が答える前に声を上げる者達がいた。
「レイン様と再会してから、正式な制服ではなく露出度の多い改造制服を着るようになった変態」とエレノア。
「自分の部下を私的に運用するのはどうかと思います~」とルート。
「こっちは外せない仕事があるのに、自分だけ仕事部下任せにしてれいんさまに逢いにいっててずるい」とレジー。
「『七乙女』唯一の褐色肌をアイデンティティだと思っていそうですわよね」とフローレンス。
「え、えぇと……。情報収集能力が高くて、『え、それも知ってるの?』みたいに驚くことがある、かな」とモナナ。
「レイン様に甘味を過剰に摂取させ体重増加を招いたと聞いた。罪深い」とマッジ。
「貴女達ね……明日には王都中に噂が広まっていると思いなさい」
頬をひくつかせながら、ヴィヴィが怒ったように言う。
思っていることを言い合っても、『七人組』の友情が壊れるような気配はない。
ずけずけとものを言えるのは、それだけ絆が深いという証拠なのかもしれない、と思った。
「マッジ、体重が増えたのは俺の所為だよ。でもそうだな、ヴィヴィといえばスイーツってところは同じ意見だ」
「さすがは勇者レインね! 大正解よ!」
腕を組んだヴィヴィがうんうんと深く頷く。
「雪を見たことがある者なら、こう思ったことがあるでしょう。『おいしそう』と! 今日はその夢を叶えようと思うわ!」
ヴィヴィが、いつの間にか用意していた簡易テーブルの上に、不思議な装置を取り出す。
空の器が置かれている台座だ。
鉋状の刃と、何かを設置・固定するような空間、そして取っ手付きの円盤などが見える。
「これは氷削機というそうよ! ここに用意していた氷の塊を設置して、と」
ヴィヴィが取っ手をぐるぐると回すと。
なんということだろう。
まるで氷が、ふわふわの雪のように器に降り注いでいくではないか。
子供達の「おぉ~」という期待の込められた声が響く。
俺自身、つい視線が引き寄せられていた。
「ちなみに、真っ白に見える雪も実際は汚れていたりするから、間違っても天然の雪を口に入れないようにね。スイーツにしようなんて以ての外だから、注意するように」
ヴィヴィがそんなことを言い、素直な子供達は「はーい」と答えていた。
「良い子達ね」
器に、小さな雪山が出来上がる。
「これで終わりではないわ!」
テーブルの上には、色とりどりの液体が詰まった容器が並べられていた。
「氷蜜というのだけど、この中から好きな味を選んで掛けるのよ。そうしてこの――かき氷は完成を迎えるというわけ!」
子供達がテーブルに押しかける。
ヴィヴィは俺を見たが、俺が頷くと子供達の分から先にかき氷を用意することに。
みんな思い思いの蜜をかき氷に注ぎ、スプーンで掬って口に運ぶ。
「つめたーい」「あまーい」「ベロが蜜の色になった」などと、楽しそうだ。
「身体が冷えないように、温かい飲み物も用意したからね」
心遣いが行き届いている。温かい飲み物も、甘いものからお茶まで各種揃っているようだ。
エレノアの雪から続き、かき氷のおかげで子供達に笑顔が戻った。
「はい、勇者レイン」
真っ白なかき氷が盛られた器を、ヴィヴィが俺に差し出す。
「ありがとう。蜜は何にしようかな……」
と、何故かそこで『七人組』の視線が俺に集中した。
不思議に思いながらも、氷蜜の種類を確認していく。
赤紫色のものは甘酸っぱそうな感じがする。白いのは練乳だろうか。橙色のものは柑橘系で、暗めの紫色はぶどう? 他にも黄色いものや黒いもの、青いものなど味の想像がつかない蜜もある。
全七種類か、悩ましい。
……ん?
七?
それって……と俺の思考が何かを導き出しかけたところで。
「オススメはこれよ」
とヴィヴィが赤紫色の蜜を指し示した。
「じゃあ、そうしようかな」
俺は勧められた蜜を選び、かき氷に掛けていく。
エレノアたちから「ずるい!」「卑怯!」「ルール違反!」と謎の声が上がる。
ヴィヴィはそんな友人らに悪い笑みを向けていた。
それをぼんやり眺めながら、俺はかき氷を口に運ぶ。
口に入れた瞬間、ひんやりとした感覚がツンッと全身に広がる。それは一瞬のことで、あとは口腔内でとろりと解けた氷が、喉の奥に流れていく。
蜜は無味の氷に絡みつき、甘味として充分な楽しみを舌に与えてくれる。
「おいしい」
俺が呟くのが聞こえたのか、ヴィヴィが嬉しそうに微笑んだ。
「よかったわ。はい、これ」
湯気の立つコップを手渡される。
中に入っているのは、やや苦味のある飲み物だった。それがちょうど、口の中の甘さを相殺し、次の一口を欲しくする。
「そ、そうだ勇者レイン。よかったらあたしのも一口どうかしら?」
ヴィヴィのかき氷には、白い氷蜜がとろりと掛けられていた。
「いいのか? 気になってたんだ」
自分のスプーンを使おうとしたが、先んじてヴィヴィが己のスプーンで一口掬い、俺に差し出してきた。
――前にもこんなことがあったような。
「あ、あーん」
ヴィヴィは顔を真っ赤にしていた。
まぁいいか、と口を開ける。
「んぁ」
スプーンが口の中に入るのを確認して、閉じる。
きゅぽんっと、スプーンが抜けていった。
「ん! この蜜すごく甘いな!」
「ふふふ、そうでしょう?」
『……ヴィヴィあんた、スプーンをなんでポケットに仕舞うのよ。まだ使うでしょ』
「何を言っているのか分からないのだわ」
『筆頭情報官が「分からない」だなんて白々しい!』
「現行犯逮捕」
マッジがヴィヴィのスプーンを確保し、彼女の腕を捻り上げる。
「いたたたたっ! 何をするのよマッジ!」
「レイン様のお口に触れた匙を保管して何に使うつもりだった? 怪しい」
「冤罪よ! あたしはたまたまこのタイミングで新たなスプーンを使おうかなと思っただけで……!」
「そう。この匙に特別価値を感じていないというのなら、私が預かっても問題ない筈」
「なっ。貴女こそ勇者レインが口に含んだスプーンをどうするつもり!」
「……どうもしない」
「目を逸らした! 今目を逸らしたわね!?」
「気の所為」
「この筆頭情報官の目を欺けるなどと思わないことね!」
「思ってない。筆頭変態情報官」
「人の役職に不名誉な語を追加しないで頂戴! この――『静かなる変態暗殺者』マッジ!」
「……とにかく、この匙は私が預かる」
「横暴よ!」
「違う」
二人の間で謎の火花が散っている。
「まぁまぁ落ち着きなさいな。ところでマッジ? そのスプーンだけれど、わたくし言い値で買ってもよくてよ?」
「断る。この世には金に代えられないものもあると学ぶべき」
「そうよ! なんでもお金で解決しようだなんて甘いのだわ!」
「ふふ、お嬢様、言われてしまいましたね」
「ぐ、ぐぬぬっ……」
フローレンスが閉じた扇をみしみしいわせている。
俺は彼女たちが何故争っているのか最後まで理解できなかった。
ただ、かき氷おかわりしてもいいのかな……と空の器を眺めながら、そんなことを考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます